第3 Enantiomorphism

透明人間に一目惚れなんて笑われてしまうだろうか?いや、自分でもこう書いてみるとバカバカしいなと感じているところである。夜大した理由なんてなくて、確かコンビニにアイスでも買いに行ったのだと思う。

記憶があやふやなのは許して欲しい。それくらい私に取っては劇的な出会いだったのだ。

行く途中だったか帰り道か、たぶんアイスは食べた覚えがないので行きだったと思う。その子はこちらに向かって歩いてきた、こちらのことを見ていたので実は知り合いなのかと勘違いして会釈した。

突然だ、その子は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。その時私はまた逢いたいだなんて思った。名前もどこに住んでいるかも分からないのにも関わらず。

彼女の正体を知ったのは隣の席のオカルト好きのやつの話だ。普段なら何となくで聞き流すのだが、その『透明人間』の特徴が彼女に酷似したのだ。一目惚れ以上に、いま考え直すとバカバカしいような気もするのだが、なぜだかそうとしか思えなかった。どうすることも出来ない衝動があったのだ。なぜならその透明人間の逸話は『私を見つけてくれる人を探している』らしいとのはなしも聞こえてきたからだ。そう聞いてなぜだか、1人になんてしてられないと思ったのだ。その日から学校が終わると街をぶらつくようになった。ランニングだとか適当な言い訳をしたけれどほんとうはもう一度会いたいだけだった。奇跡が起きることを、透明な私を見つけて欲しかっただけだった。何ヶ月か過ぎて、期待よりも祈りや慣れが勝ったころ。『彼女』に出会った。彼女のための気持ちが薄れて、私の気持ちだけになったころだった。何者にも観測されない代わりに何者にも干渉されない美しさであった。

私はなんて声をかけていいか逡巡した。また会いましたねなんて気持ち悪いだろう。


「あなたは……私を見てくれるのですか?」


そんなふうに円環的に閉塞した思考を続けていると相手から声をかけられた。こちらを不安な表情で見つめる瞳に心臓が高鳴る。自分の醜い考えが見とがめられて居ないか不安になり息が詰まる。酸素が薄くなっているようにすら感じる。だってそうだ、私はここ数年家族以外と目を合したことがないのだから。


「いままで私を見てくれた人はいなかったから、でも……」

「私がどんな姿なのか知るのが怖いのです」「自分にも見えないですし、それに化け物として噂されていることは知っていますから」


そんなことないよ、可愛いだなんて好きだなんて言えたらどんなに良かったか、むしろそんな勇気があればこんな風になんてなっていない。この件に限らず。ああ、これから言おうとしていることを考えると心が折れそうになる、この恋は叶わないってわかっているから、透明なのは私なんだ、誰からも見られない、クラスで寝たふりして周りの人の話を聞いてるだけ。それでも決断するように息を吸い込んだ。言葉を待つ彼女に伝えるように。


「いえ、あなたは美しい。私はあなたに一目惚れをしてしまったのですから」

「透明人間に一目惚れなんて笑われてしまいますよね、それでも本気なのです。」


暗転し影はひとつになり、悲しい風が吹く。


「ありがとう、私。私を見つけてくれて。」

「あなたの思いには答えられないけど、それでも愛してあげてね」



それ以来透明人間はいなくなったらしい。って最近話すようになった友達が言うんだ。意外とあの子良い奴だったんだって私は思って何となく損した気分になるのです。

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