チート先輩(厨二)と俺(凡人)の英雄譚

五味葛粉

第1話 異世界転移?

「太郎君!……起きなさい太郎君!」

「ん……んぅん……んにゃ?」

「可愛い顔で寝惚けてる場合じゃないのよ!ほら早く!」

 バチン!

「痛っ!?ちょ!何するんですか先ぱ――え?」

 頬に走った鋭い痛みで目を覚ました俺は、目の前の光景に絶句した。


 そこは森の中だったのだ。

 幼馴染で先輩でボッチで厨二な『片翼の天使』……じゃなかった、『片岡有紗』と登校途中だった俺が、何故か森の中に。


「えっと、何すかコレ?睡眠薬で俺を眠らせて拉致ったんですか?」

「そんな訳無いでしょう?見て分からないの!?」

 両手を広げて先輩は叫ぶ。

 低血圧で、朝はすこぶるテンションが低い普段の先輩からは考えられないほど興奮している。


 しかし、俺には全く理解できない。

「幻覚でも見てるとか?あぁ、アレですね、きっと。ツンデレじゃない幼馴染に絶望した俺が無意識に現実的逃避して――」

「そう異世界転移したんだわ!」

 話に割り込んだ先輩が喜色満面、声高らかに叫ぶ。


「いや、異世界転移て……。散々ディスってたじゃないですか異世界系のやつ。『何で私が書いた至高の作品が読まれないのにこんなチートでハーレムで無双な話が絶賛されてるの!?あり得ない!あり得ないわよ太郎君!ハッ!……そうかこれはアレね!天才的すぎて凡人には理解出来ないって奴ね。……嗚呼!私は自分の才能が恐ろしいわ太郎君!』って」


 ディスってる……とは若干違うか。

 しかし魔眼とか邪眼とか包帯とかの厨二な話が大好きな先輩が異世界の話を嫌ってたのは間違ってない筈……いや、もしかして裏でこっそり読んでたのか?


「フッ?何を言ってるのか分からないわね。嗚呼、もしかしてそれは有紗の事?残念ね太郎君。今の私は片岡有紗の契約者、片翼の天使なの。その話はまた後で、主人格が有紗に戻った時にして頂戴」

「うわぁ……」

 と、思わず嫌な顔になってしまう。


 前述の通り先輩は、朝方はテンションが低い為に比較的大人しいのだが、夕方及び夜になると、この片翼の天使モードに切り替わるのだ。口調も声音も姿も何もかも変化しないのだが、とにかく鬱陶しい。先輩モードが大人しい厨二病なら、天使モードは積極的的な厨二病、といった感じだ。


 見た目は綺麗なだけに本気で勿体ないと思う。

 眼帯と両手両足の包帯をデフォルトで装備し、髪は校則違反にも関わらず腰下まで伸ばしている。


 それが無ければ普通にセーラー服を着た美少女、で済むのに。友達だって恋人だって楽々手に入るって言ってるのに、この人は止めないのだ。

 そしてそんな変人に付きまとわれる俺も学校ではボッチだった。


 故に、俺はこの人があまり好きでは無い。特にこの積極的な天使モードはすこぶる苦手だ。


「とにかく、まずは人がいないか探してみましょう?もしかしたら誰か住んでるかも知れないわ」

「まあ、そうですね。……獣とか出て来そうで怖いですけど、ここでじっとしてるよりはマシか」

「フフン、大丈夫よ太郎君。その時は私が守ってあげるから」

「ハイハイ、そりゃあどーも」

 得意気な顔の先輩に適当に相づちを打ちつつ、俺達は歩き始めた。


「そういえば携帯って――」

「圏外よ」

「……鞄の中に役立ちそうな物は――」

「お弁当と、教科書、ライター、包丁、黒魔術の本、聖書――」

「ちょ、ちょちょちょっと待って下さい!?」

 今、学校鞄に入ってたら物凄くマズイ単語が聞こえた気がするのだが。


「何?どうしたの?」

 発言主の先輩はきょとん、と首を傾げて聞き返してくる。

「いや、さっき包丁って聞こえたんですけど……。さすがに聞き間違いですよね?」

「え?持ってるけど」

 事も無げに答えた先輩は、鞄から布に包まれたブツを取り出した。


 明らかに刃渡り二十センチは越えている凶器だ。銃刀法って確か六センチまでだったよね?それ普通に犯罪では?

「……何でそんな物騒な物持ち歩いてるんですか?」


「だって危ないじゃない?世の中色々と。まあ、封印されたチカラを解放すれば私に敵はいないけれど。フフッ、まあ、強すぎるってのも罪なモノよね」

 先輩はウザったいドヤ顔で笑う。

 危ないのは世の中じゃなくてアンタの方だと言ってやりたいものだ。


 さて、そんな危険人物に反応した訳では無いのだろうが、丁度その時だった。

 ガサリ、と歩いていた先の林が揺れ、そこから見たことの無い生物が三匹、

「「「ギャヒ―――――――――!!!」」」

 と、奇声を上げながら飛び出して来たのは。

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