呑み込まれた夏、泥の匂い。

青柴織部

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「ねえ、本当にオリンピック見に行かないの?」

「行かないよ。だって暑いし、私は仕事あるし」

「ふうん」


 それが、二カ月前の話。


「陸上を観にいくんだ」

「そうなんだ。あなた陸上部だったもんね」


 それが、二週間前の話。


「東京に来たよ! いっぱい人いる。ホテル取れてよかった」

「無理しないでね。とっても暑いっていうから」


 それが、二日前の話。


「あっつーい。そろそろ始まるよ」

「水分取るんだよ」

「分かってるって。ふふ、心配性なんだから」


 それが、二時間前の話。

 今の私は、通じない電話を何度も何度も掛け直している。

 嘘だ、嘘だ、こんな こと。

 私は吐き気を覚えつつ電話をかけ続ける。

 テレビには、おぞましい物体が映されていた。泥のようなものが建物を襲っている。

 こんなの、ありえない。

 あの子は今どこにいる?

 どうかあれがドッキリだって、偽物だって、笑いながら教えてよ。



 ――2020年、東京。おびただしい人間を犠牲にしながら…「ソレ」は目を覚ました。

 21年もの寝坊だ。まったく、笑わせてくれる。

 恐怖の大魔王が、灼熱の大地に君臨したのだ――。

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