第41話 キスしてください②
──自分の鼓動しかもう聞こえない。
あと三センチ。
宇佐美さんの息を感じられる距離にまで近づいて。
ふと、視界の端でなにかが光っているのに気がついた。布団脇のスマホだ。どうやらメッセージが来たらしい。
最初は無視しようと思ったが、続けて通知が来て、そのアカウント名に目が留まった。
ラビ:どう?
うまくヤれた?
ママ:指一本触れてはなりませんよ
なんというタイミング。
しかも宇佐美さんのお義母さんからも。
さっきの文言とほとんど同じではないか。
そのとき、俺は強烈な違和感を覚えた。
ラビの発言内容が気になったのだ。
品のなさは相変わらずだとして、うまくヤれたかというのは先刻届いたものの続きだろう。
しかし、今光っているのは俺のではない。
宇佐美さんのスマホだ。
もしかしてあのLINEグループ、宇佐美さんもメンバーなのか。
とすれば、だ。
あのメッセージは俺ではなく宇佐美さん宛ての可能性がある。そのうえ、それに対する俺の返信を見たとすれば......
「ごめん、宇佐美さん」
「......へ?」
薄目を開けて答える宇佐美さん。
顔が赤いことは暗がりにも分かる。
きっと期待していたのだろう。
「さっきのLINEは、あれは誤解だから。宇佐美さんにそういう気持ちがないとか、それはないよ」
「そう、なんですか?」
「あれはお義母さんの手前、言えなかったというか。......宇佐美さんのことは特別に思ってる。だからこそ、雰囲気に流されて、感情のまま進むような真似はしたくない」
「犬山さん......」
「俺も男だからそういう願望がないわけじゃないが、宇佐美さんはまだ女子高生で、未成年で、その、もう少しゆっくりと」
距離を開けながら、俺は言う。
宇佐美さんが肩を落としのが、置いた腕から伝わってきた。なんだか、申し訳ない。
すると、離れると思っていた宇佐美さんが急に服の袖を引いて、身を寄せた。
額になにかが当たる感触。
この柔らかさを俺は知っている。
「えへ......今は、これで我慢します」
恥ずかしそうに笑う。
その表情はどこか安堵したように見えて。やはり無理をしていたのだ、止めてよかったのだと思う。
どんなに身体は大きくても、まだ子ども。
誰かの気持ちを確かめたい、繋ぎとめたいとかではなく、宇佐美さんが心からしたいと思えるまで、焦らずに。俺は待ちたい。
「ミキちゃん、今日もいるんですよね」
「ああ、隣の部屋で遊んでる」
「じゃあ、行きましょうか」
布団から立ち上がる宇佐美さん。
スマホを拾って、苦笑い。
なにやら打っているところを見ると、妹と義母に返信しているのだろう。
指一本、は守れなかったけど、大事な娘さんはまだ清いままですよ、お義母さん。
心の中で俺もそう返すのだった。
「お兄ちゃん、遅いです」
「ごめんな」
「お姉ちゃんとキスしたんですか?」
「おま......っ!」
部屋に帰ると、ミキが平然と聞いてきた。こちらはこちらで、もう少し年相応の恥じらいをもって欲しいのだが。
クロを膝の上に、ローテーブルに課題を広げるミキは顎にシャーペンを当てて、首を傾ける。
「お兄ちゃん、さては童貞ですか?」
「そんな言葉、どこで」
「中学生ですから」
知ってますよ、と胸を張るミキ。
お兄ちゃんみたいな人をヘタレっていうんですよね、と続ける少女に、俺はなにも返せず。大人しく座る。
「いいんですよ、ヘタレでも」
なぜか俺の隣に腰を下ろした宇佐美さんが、朗らかに言う。
「わたしはそんな犬山さんとずっといっしょにお風呂に入るって決めてますから」
にっこりと微笑んで、俺を見る。
無防備で、大胆な彼女も手強かったが、純粋にぶつかってくる宇佐美さんもなかなか対応に困るな。
もろに攻撃をくらい、戸惑う俺の向かいで、ミキは素晴らしいとばかりに手をパチパチと打ち合わせる。
お腹が空いたのか、クロが大きく伸びをして。俺に向かって、みゃおうと鳴いた。
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