第34話 いつでもふたりでお風呂①
「ママはあれで自分を表現するのが苦手でね、好きな人やものに対して、こう、裏腹な態度をとっちゃうっていうか。素直になれないの」
「どこぞの誰かといっしょだな」
「......うるさい」
ラビはキッと鋭い目を向ける。
土曜日、つまり次の日の昼。
宇佐美姉妹は早めに風呂に入るため、俺の部屋を訪れていた。
昨日いろいろあったからゆっくりしてきてと、宇佐美さんに先に入るよう促し、ローテーブルの一角を陣取るラビ。
俺が向かいに座ると、ぽつぽつ、宇佐美家の事情を語り始めた。
「じゃあ、離れて暮らしてるのは、嫌っているからじゃないのか」
「気まずかったのはほんと。ねえねはパパの前のワイフ、つまりねえねのママね。その人にとっても似ているから」
「嫉妬、ってやつ?」
「それもあったかもしれない。でも、ねえねがアパート暮らしを望んだのも事実だって、昨日、本人から聞いた。ねえねもママとの関係に悩んでいたから」
「この貧困生活は?」
「これがまた、ママの世間慣れしてないところなんだけど、余計なお金は異性交友に繋がると思ってたみたい。実際、最近ねえねは犬山さんと遊びに行くためにお小遣いを要求したし、ね?」
まるで俺が悪巧みの片棒を担いでいたかのように聞いてくる。そもそもデートするよう仕向けたのは、ラビだったはずだが。
まあ、喫茶店やコンビニなど急に金回りがよくなったと思ってはいたが、まさか母親に頼み込んでいたとは。
「それにしても、不純な異性交友を防ぐために生活費を削るとは。過保護ゆえの過ちというか、なんというか」
「呆れちゃうよね......」
だが、さらに話を聞けば、これもまた母親の独断でなく、宇佐美さんの希望であったらしい。
家を出るというわがままを聞いてもらう代わりに、自分の生活費を減らし、その分、ラビの学費に充ててほしいと。
ラビはそれを聞いて、もちろん激怒。ラビが私学に通って、何不自由ない暮らしを送る一方で、姉が毎日の食事にも困っていただなんて、笑えない。
それで月曜は怒りに任せて、音楽を大音量で流したりして。やり方はガキだが、本人としては必死の抗議だったのだろう。
「お前も苦労するな」
「ラビはおっさんのほうが心配だけど?」
「俺?」
「そ。ファミリーのことが落ち着いた今、もしかしたら、ねえね、家に帰っちゃうかもよ?」
いきなりなんだとは思ったが。
確かに、考えてはいた。
母親が宇佐美さんを嫌ってない以上、宇佐美さんがここに暮らす理由はない。そもそも、実家から離れているのが不自然なのだから、落ち着けば帰るのが道理だ。
「それでなくても、今日、お風呂の修理やさん、来ちゃうんでしょ。どうするの?」
「どうするの、って」
家族関係が良好になりそうで。
生活環境もよくなりそうで。
おまけにお風呂まで直りそうで。
宇佐美さんにはいいことだらけ。
でも全部、俺には関係のないこと。
「どうもしないよ」
「素直じゃないなあ、おっさんは」
「また、おっさんって」
「気づいてるんでしょ、ねえねの気持ち」
「......っ、それは」
相変わらずの直球ストレート発言。
動揺に軽くむせる。
「それと、自分の気持ちにも」
「......」
ラビはテーブルに両肘をつき、その手に顎を乗せる。大きな瞳をぱちくり、上目遣いで俺に言う。
「何事も素直が一番なんて言わないよ。真っ直ぐじゃないほうがいいときもある。自分のためにも、誰かのためにも」
珍しく真面目な言葉だ。
普段はおちゃらけたやつなのに、たまにこんな、悟ったような表情を見せる。ガキのくせに。
「でも、おっさんとねえねには、素直でいてほしい。そして、できれば、おっさんから。真っ直ぐな気持ちを伝えてほしいんだ」
「宇佐美さんは女子高生だ」
「うん」
「......俺は、おっさんだ」
「ふふっ、知ってるよ」
「それでも、か?」
そう問うと、ラビは首を傾けて、
「想いを伝えるのは、罪なの?」
なにを言っているの、という調子で返す。
生意気な小娘に、背中を押されているような気がした。
「お風呂上がりましたよー、ってどうかしましたか?」
そこに、後方から部屋着姿の宇佐美さんが現れる。濡れた毛先をタオルで絞りながら、漂う異様な雰囲気に首を捻る。
なんでもなあい、とラビは一言。
着替えとスキンケア用品を持って、風呂場へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます