第14話 初めてのお部屋訪問②



 宇佐美さんをひとり部屋に残して会社に行くのはのは、かなり心配だった。熱は高くないが、他人思いの彼女のことだ。多少具合が悪くなっても連絡してこない可能性がある。


 だけど、出勤しないわけにはいかない。

 不安な気持ちを抱えたまま、業務を急いで終わらせる。それでも、帰宅の途に着くころには、もう日が傾いていた。



「犬山さん、おかえりなさい」



 インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。隙間から顔を覗かせた宇佐美さんは、にっこりして、俺を迎え入れる。


 おかえり、なんて久しぶりだ。

 帰ってくるのを待っていたとはにかむ宇佐美さんは、まるで夫を迎える新妻のよう。


 こんな可愛い奥さんがいたら、どんな仕事だろうと耐えていけそうだ。



「熱は?」



「もう下がりました。お昼は犬山さんからもらったものを食べて。よく寝たので、身体も軽くなりましたよ」



「そうか、よかった」



 部屋に入り、畳んだ布団の横に座って、宇佐美さんは頭を下げた。



「ほんとに、ありがとうございます」



「いや、そんなかしこまらなくても。誰であれ、病人を放ってはおけないでしょ。俺は普通のことをしただけ。汝の隣人を愛せよ、だよ」



「隣人を、愛せよ?」



「そうそう」



 ふうん、と相槌を打って、口元に手をやる。一度着替えたらしく、宇佐美さんは朝とは違うパジャマを着ていた。初めて風呂を借りたときに着ていたものだ。


 この分だと、宇佐美さんは今着ている水色のパジャマと朝着ていたオレンジのやつしか寝間着を持っていないんじゃないか。


 とかなんとか考えていると、宇佐美さんが膝の上に手を置いて、ちょこんと首を傾けた。



「じゃあ、わたしのことも?」



「......え?」



「わたしのことも愛してくれますか?」



「......?」



 愛して、くれる?

 隣人を愛せよ、って周りの人に慈愛をもって接しようって意味だよな。


 まったくの他人ならともかく、ここ数日彼女と関わりをもって、今までにない楽しみを得ている。そんな宇佐美さんを無下に扱うわけがない。



「もちろんだ」



 そう返した途端、宇佐美さんが俯いた。



「......っ、そうですか」



 垂れた髪の間から、じわじわと頰が赤く染まっていくのが見えて。



「あれ、また熱上がってきた?」



 顔が赤いけど、と覗き込む。

 すると、宇佐美さんはパッと顔全体を手で覆ってしまった。そして、そのまま背中を向ける。



「そ、そろそろ、お風呂に入ります!」



 急な入浴表明。

 玄関に行こうとするが、顔を隠したまま立とうとしたせいか。宇佐美さんは衣装ケースの横のカゴにぶつかり、膝立ちの姿勢からバランスを崩す。


 慌てて、俺は宇佐美さんを抱き留めた。

 膝の上でお姫様抱っこをするように。


 瞬間、視界の端に散らばるなにか。

 カゴの中身は洗濯した衣服だったようで、白シャツや学校指定の靴下に混じってオレンジや桃色、黄色い布が足元にまで滑ってきた。


 これって、もしかして......



「あわわわわわ」



「宇佐美さん、落ち着いて」



 身体の上で暴れ出す宇佐美さん。

 驚異のスピードで俺の膝から降りると、素早く衣服を回収。その豊満な胸にぎゅうと抱き寄せた。



「忘れて、ください......」



 と言われましても。


 こっちは艶やかな布地についたレースやリボン、細やかな刺繍までしっかり見てしまったわけで。となると、それを身につけ、恥じらう彼女の姿を想像することは避けられず。


 脳裏に焼きついた光景パンツを忘れるなど、健全な男に、それは土台無理な相談だった。



「......善処します」



「うう......頭が痛くなってきました」


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