絶対に外に出るんじゃないぞ
海老原ジャコ
第1話 絶対に外に出るんじゃないぞ
「絶対に家から出るんじゃないぞ。絶対に、だ」
最近、仕事に行く玄関先で父さんは毎日こう言う。
父さんがこれを言い始めたのは確か一ヶ月くらい前からだ。
それにそれまでは仕事に行くまではスーツだったのに、最近はなんだかかっこよくて強そうな格好に変わった。
何より何故か小学校もずっと休みだから友達と会えないし。夏休みでもないのになんでだろう。
それもこれも全部含めて父さんは絶対に教えてくれない。
「んなぁぁ、暇だ~」
リビングのベッドでゴロゴロしながら不満を漏らす。
さすがにこんな日が一ヶ月も続くとゲームも漫画も飽きてくる。
それに宿題もないから本当にやることがない。宿題はただの先生の嫌がらせってわけじゃなかったのかもしれない。
そもそもなんで外に出ちゃいけないんだろう。
父さんは外に出るなの一点張りで理由は教えてくれないし、周りの友達がどうしてるか気になる。
「これは自分の目で見て確認しろって父さんからの試練なのかもしれない……」
僕はむくっと起き上がり自分の部屋に靴下を取りに行った。
春らしい温かな日差しに僕は目を細める。
結局家から出てしまった。
父さんが怒る時の顔で言うものだから家を出る前までは少し怖かったけど出てみるとなんてことなかった。
一ヶ月前と何も変わらない。ただ僕以外誰もいないのは少し引っかかったけど多分僕みたいに出てはいけないと言われてるんだと思う。
一ヶ月ぶりに外出したせいか、いつもと変わらないはずの日差しも眩しく感じる。
「さて、どこ行こうかな」
心を踊らせながら僕は家の敷地内をあとにした。
近所に住む佐久間君の家の前で僕はインターホンとにらめっこしている。
きっと佐久間君のお父さんは仕事中だと思うけどお母さんは多分家にいるだろう。
だから佐久間君を遊びに誘いたいけどインターホンを押そうか迷っているのだ。そう言えば僕の母さんはまだおばあちゃんの家から返ってこないのかな。
「まあでも佐久間君真面目だから誘ってもこなそうだなぁ」
結局僕はインターホンを押すことなくまた歩き始めた。
近所の商店街は異様な光景だった。
いつも八百屋のおばちゃんや魚屋のおじちゃん、そこに集まる近所の人達、そんな賑やかないつもの光景は商店街にはなかった。
どこのお店もしまっていて人一人歩いていない。
家の周りにある住宅街はいつもそんなに人通りがあるわけじゃないから気にならなかったけど、これには少し怖くなった。
とはいえ誰もいない商店街はなんだか新鮮で僕だけの街みたいで心地よい。
そんなことを考えながら商店街の真ん中を歩いていると向こうに人影が見える。
「なぁんだ、僕以外にも外に出てる人いるんだ」
僕だけの街じゃなかったと残念に思う反面、僕以外にも約束を破って家を出てる人がいて少し安心した。
でもなんだか様子がおかしい。
相手の人は僕を見つけるなりすごく驚いたような顔をして固まった。もしかして父さんの仕事仲間なのかもしれない。
「き、君こんなところで何をしているんだ!! 早く家に帰りなさい!! 早く!!」
「ど、どうして?」
その男の人の怒鳴り声に気圧されて僕がかろうじて絞り出せた言葉はそれだけだった。
もう父さんに怒られるのは覚悟した、でも理由だけでも知りたかったのだ。
「いいから!! 早く! 早く逃げないと――」
逃げる? 何から?
僕がそれを口にしようとした次の瞬間、男の人の体は縦に真っ二つになった。
二つに分かれたそれらはぼとり、と音を立てて左右に倒れた。コンクリートの地面には赤い水たまりができた。
そして、それは現れた。
だらりとした長い手足、その先には血のついた長く鋭い爪。体はサイみたいな分厚い皮に覆われていて頭はコウモリのよう。
こんなの動物図鑑で見たこともない。
得体のしれない何か。
この時、僕は全てを悟った。
父さんがどうして家を出るなと言っていたのかも。母さんがどうしておばあちゃん家に行っているなんて嘘をつかれていたことも。
そして僕は背を向けてひたすらに走った。
小学校の徒競走でいつも真ん中くらいの僕だけど、ただひたすらに。
僕はまだ死にたくない。
こんなことなら家から出るんじゃなかった。父さんの言うことをちゃんと聞いておけばよかった。
さっきまでの開放感なんて消え失せ心の中には後悔ばかりが湧き上がってくる。
――約束破ってごめんなさい、父さん。だから、だから。
ばたん。
家の玄関の鍵を締めてそこに座り込んだ。
なんとか逃げ切れた。心臓が破裂しそうなくらいドクドクなっている。
恐怖が抜けきれないのか、まだ足が震えている。
それでも助かった。また家に帰ってこられた。
そう安心したところで僕の意識は途絶えた。
「おーい、なんでこんなところで昼寝してるんだ。部屋で寝ろ、部屋で」
父さんの声で僕は目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすりながら自分が玄関で寝ていたことを思い出す。
「ほら、夕飯にするからこっち来い」
靴を脱いだ父さんは足早にリビングへ向かう。
僕も立ち上がって父さんの後ろをついていく。
「そういえばちゃんと留守番してたよな?」
強そうな服を脱ぎ捨てながら父さんは僕に聞いてきた。
思わずびくっと身体をビクッとさせてしまう。
「し、してたよ! いつもそんなこと聞かないのに急にどうしたの?」
「いやドアガードがかかってなかったから」
あ、しまった。
鍵だけ締めて忘れていた。これはもしかしてバレた?
「まあ、朝締め忘れることくらいあるか」
僕は安心してはぁ、と溜め息を漏らした。バレてなかったようだ。
そして父さんは冷蔵庫の中を漁りながら聞き飽きたセリフをまた吐き捨てた。
「何度も言うが外には絶対出るんじゃないぞ。絶対に、だ」
いつもなら鬱陶しく思うその言葉に僕は深く頷いた。
この日以降、僕が父さんとの約束を破ることはなかった。
絶対に外に出るんじゃないぞ 海老原ジャコ @akakara98
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