鬼火(その6)

久太郎とふたりで、地べたをはいずり回るようにして敷地を隈なく探して回ったが、それらしい痕跡は見つからなかった。

・・・あれから時間も経ち過ぎていた。

工場裏の、玉姫稲荷の先にある木立に分け入った。

めったにひとが足を踏み入れない、下草が伸び放題の小道もない木立だった。

忠吉も弦蔵も、どうしてこんな変哲のない木立に惹かれて、しじゅうやってきたのだろう?

三町四方ほどの木立の中ほどに、傾きかけた祠があった。

その周辺だけが下草が刈り取られ、踏み固められていた。

祠を見ると、台座のところに線香と蝋燭の燃えかすがあった。

・・・近所のだれかが、たまにここでお祈りをしているということだろう。

「こんなところに祠があるのを知ってました?」

久太郎は、首を振った。

祠の横の杉の古木の上の方に注連縄がめぐらされていた。

真横に突き出た太い枝の根元がわずかに裂けていた。

その枝の真下の草地を手で分けると、乾いた血が草の根にこびりついていた。

―浮多郎は、乾いた血をつまんで入れた懐紙を懐に、八丁堀へ向かった。

「溜池の裏の木立の杉の木に逆さに吊るしたようです」

懐紙を見せ、死んだ弦蔵を夜になって溜池に放り込んだのでは、という浮多郎に、

「弦蔵が死んで、お好とお光の母子は喜んだろうよ。悪党を殺したやつを手間暇かけて捕まえてどうする」

と、岡埜は冷ややかだった。

あとは暇な時に続けろと、別の事件の内偵を押しつけられた浮多郎は、聖天稲荷裏のお好の長屋に向かった。

長屋の入り口で、綺麗に髪を結い上げたお光と出会った。

傍らに吉原の亡八と呼ばれる楼主が立っていた。

雑貨屋の店から首を出した大家が、

「お光ちゃん、今日から奉公に出るんだよ」

と、横から口をはさんだ。

お光は、美しい能面のような表情を崩さずに、

「お世話になりました」

と、浮多郎に頭を下げた。

たずねたお好は、座敷で横座りになり、冷や酒を湯呑で呑んでいた。

「おや、泪橋の若親分さん。ちょうどよいところへ。今夜は祝い酒をとことん付き合っておくれではないか」

わざと伝法に誘うお好の目尻には、涙の跡があった。

「弦蔵さんの殺された場所が分かりました」

浮多郎は、冷や水を浴びせるようにいった。

「おや、そうですか」

意表を衝かれたお好は、口へ運びかけた湯呑を畳に置いた。

「たまに働きに出ていた紙漉き工場の近くの木立の中で殺され、溜池に投げ込まれました。下手人は、何か聞き出そうとしたようです。秘密を隠していたんじゃないですか、弦蔵さんは」

お好は、宙を見つめた。

「両耳の後ろに穴を開けられ、杉の木に逆さに吊り下げられた。・・・これって、前の亭主の忠吉さんも同じ目にあったんじゃないですか?」

石像のように固まったお好は、「はっ」と我に返ると、

「帰っておくれ。とっとと帰っておくれ!」

さっき誘ってきたのとは裏腹に、雌鶏のようにけたたましい声をあげた。

―翌朝、紙漉き工場の頭の久太郎が、泪橋の小間物屋の雨戸を激しく叩いた。

「玉姫稲荷の鳥居に、女が逆さ吊りになって死んでいる!」

雨戸を開けた浮多郎に向かって、久太郎が叫んだ。

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