真夏の卓球日和

みずみゆう

第1話

「つまんない人生だな」


 そう、まじで俺の人生つまんねぇ。高校受験の時を俺は思い出す。何となくみんなが行くから、近くの高校を選んだ。偏差値が高い訳でも、低い訳でも無い。無難で平凡な選択だろう。中学の頃は友人が誘ってきたから、何となくで卓球部に入部した。その友人とは勿論同じ高校になり、卓球部への入部を勧められたが、俺は時間が無くなるのがいやという理由で、誘いを断った。今思えば、この時卓球部へ入っていれば、人生変わったのかな、もっと良い高校生活を送れたのかな、と思った。授業が終わり、家に帰ってもダラダラと自堕落な意味の無い生活を送るだけなのに。ダラダラと3年間を過ごした後、やって来たのは大学受験。無意味な3年間だったと自覚してはいるものの、定期テストや普段の授業は真面目に受けていたので、成績はまあまあ良かった。大学受験も、親に勧められた大学を何となくで受験し、合格。特に強い意志も夢も希望も目標も無いまま、大学へ入学。時間が削られるのが嫌だったので(高校と一緒)、サークルにも入らず、興味の無い授業を受て、やりたくもない勉強をして、何のために大学に行っているのか分からなくなってしまった。何もしないまま、俺はこのまま死んでいくんだろうなぁ。俺もう色んな意味で終わってね?死にたい。

 そんなこんなで夏休み。無駄に多い夏休み、サークルに入る訳でもなく彼女友人がいる訳でも無い俺は、時間を持て余していた。

 だからバイトをする事にした。近所のスーパーで知り合いのおばさんが働いているので、じゃあ俺もって感じで働き始めた。所詮金の為だから、客や先輩から褒められようが何とも思わない。やりがいなんて全く感じていない。バイトは面倒だが、金は手に入るし、続けていた。


 でまあ、自堕落な生活から、バイト生活へと変わった俺なのだが、高校時代の例の友人に誘われ、久しぶりに二人で会う事になった。久しぶりといっても、まだ三ヶ月程度なんだけど。

 午前11時45分に、あるレストランに集合。

 一番(というか唯一)の友人とはいえ、一緒にツラを合わせてランチ。

 行きたく無いなぁ。家で引き籠もってたいなぁ。折角のバイト休みなのになぁ。ドロドロと負の感情が溢れて来たが、なんとか堰き止めて、俺は約束の店へ向かう。


 暑い、暑過ぎる。少し自転車を漕いだだけで、猛烈な汗が出てくる。俺は汗が多い方だとは思うが、匂いは出てくれるなよ、頼むから。

 約束のレストランは駅前にある。夏休みだからか、人通りが非常に多い。家族連れや青春している高校生たちを見てると、幸せオーラで精神が崩壊しそうになる。駐輪場に自転車を置き、人混みに交わりながら、歩くと、目的のレストランに到着。自転車をとめていると、丁度私服姿の友人が自転車でやって来た。


「おお、久しぶり」


「あ、ああ。久しぶり」


 俺はぎこちない挨拶を返す。友人の私服姿をあまり見たことが無かったので、一瞬驚いてしまった事は、胸の中にしまっておこう。暑いし、とりあえず入ろうかと言って、俺たちは店の中へ。店内は当たり前の事だが、エアコンがかかっており、涼しかった。店員に案内され、窓際の席に座る。とりあえず注文だけしちゃおうという事で、俺と友人はメニュー表を見る。ランチタイムで比較的安かったので、俺はその中でも一番安い料理を頼む。友人も俺と同じものを頼む。友人はこの店の常連のようで、ドリンクバーの無料券を持っていた。1グループなので、俺も対象のようだ、ありがたい。店内には沢山の人がいる。料理が来るまで少し時間がかからそうだ。お互いに目を合わせず、ひたすらスマホをいじっている。気まずいな。何の為に二人でこんな所きたんだ?だが、そんな雰囲気を友人が唐突に破壊する。


「なあ、大学生活どうだ?」


「あ?ああ。普通だよ。高校と変わらず、ダラダラ過ごしてる」


「サークルとかには入ってないのか?」


「入ってない。あんなの時間の無駄だろ?」


「はぁ。お前は高校の頃から全く変わってないんだな」


「まだ数ヶ月だろ?変わってる方がおかしいだろ。前も駅で山口を見かけたけど、あいつ髪染めてやがった。何だよあの髪」


「みんな変わろうとしているんだよ。大学は社会に出る直前、最後の猶予期間だぜ?もうこんなフリーな時間は二度と来ない。なら、少しでも良いから何かやろうって思うだろ?」


「俺はそうは思わないよ。適当に授業をダラダラ受けて、疲れた状態で電車に乗って、家に帰って即ベッドへダイブ。これが俺のマイライフ。これから3年間こうやって生きていくつもりだよ」


「バイトとかはやってる?」


「まあ、金の為に仕方なく。親にやれって言われたから。めんどくせーし、たるいし、やりたくねーなーって思いながらテキトーにやってる」


「つまんない人生だな。もっと何をやるにしても、強い意志を持たないと、マジでクソつまんない人生になるぞ」


「……何だよ、お前は俺に説教する為にわざわざここへ来たのか?」


「そうじゃ無いよ。ただ、時間は限られてて、今だけにしか出来ない事もあるだろうから、せっかくの夏休みなんだし、なんかやった方がいいんじゃ無いのって思っただけ」


「つまんない人生と言われれば、マジでその通りだと思うし、何かやった方が良いのかなぁとは思うけど、何をすれば良いのか分からない」


「何かやりたい事とかは無いのか?」


「やりたい事か……寝たい」


「寝るのはいつだって出来るだろ?人間に必ず必要な事なんだから。必要睡眠時間以外に寝るのって無駄な事じゃ無い?」


「まあ、確かに。そーだなぁ。シンプルに暑いから、冷たいとこに行きたい」


「冷たいとこ、かぁ。プールとかどうだ?」


「プールか。3年の時プール無かったから一年ぐらい行ってないなぁ」


「だけど水着持ってないから無理か」


「あ、そっか。うーん。なら、体を動かしたいな、ご飯たべて、体重いし」


「体を動かす……卓球とかはどうだ?」


「卓球か……良いけど、ラケットが無いんだよなぁ。俺、妹も卓球部でさ、ラケットあげちゃったんだよ」


「大丈夫!その運動施設は、ラケットもシューズも、ボールも貸してくれるから!行こう!」


「ま、マジか……そんな都合の良い場所があんなのか」


「ただ、駅前からバスで30分かかるんだけど、いいかな?」


「まあ、30分ぐらいなら……え、マジで卓球やるの?」


「やりたくないの?」


「お前がやりたいっていうなら、やらなくともなくもない事もない」


「俺がやりたいって言えば、やってくれる?」


「まあ、でも元々俺もやりたかったし。体動かしたかったから、お前がやりたいって言ってくれるなら、俺もやろうかなって」


 また俺はウジウジと……本心を言えばいいのに。卓球という言葉を友人から聞いた時、俺は嬉しかったんだ。卓球またやりたい、素直に言えない。


「俺はやりたいよ、お前と一緒に」


「……俺もやりたい。行くか」


「よっし!じゃあ、早速バスの時間確認して……」


 レストランから出ると、駅前のバス停に俺たちは向かった。


「丁度このバスだな、乗ろうぜ」


 バスの中は人は多いが、席は案外空いていた。俺たちは空いている席に座る。その後、バスに揺られて、30分後、ある運動施設に到着。この運動施設は、卓球以外にも色々なスポーツが出来る施設らしい。値段もそれ程高くなく、中高生から高齢者まで気軽に利用出来るようだ。


「来たことあるの?」


「まあ、何回かね。とりあえず、受付を……済ませて……」


 受付で金を払い、卓球に必要な、シューズとラケットと、ボールを借りる。

 その後、俺たちは卓球ルームと呼ばれる部屋へ。


「おお、結構広いな」


 卓球ルームは、三つに分かれており、それぞれ4台ずつ台が設置してあった。

 俺たちの部屋は、人がおらず、俺たちだけのようだ。軽く準備体操をして、早速やってみるかと言い、台の前に立つ。軽くラリーを始めるも、中々上手く出来ない。


「ははっ。全然できない、感覚忘れてるもんだねぇ」


「一度染み付いたもんは、結構思い出せるもんだよ」


 友人の言う通り、慣れれば案外出来るもので、ラリーも続くようになった。


 楽しい……!


 俺には何も無いとは思っていたけど、自分にも出来る事があるんだな、と思った。

 中学の頃、友人や部活のメンバーと毎日毎日懸命に汗を流して、頑張っていたのを思い出した。あの頃は俺も生き生きしていたと思う。対して、今はどうだろうか?


「こうやって、ラリーしてると、中学の頃を思い出すな。あの頃が一番楽しかったよなぁ」


「……確かにあの頃は良かったのかもしれない。けど、今のお前だって……過去にはどうやったって戻れないんだから、今を楽しむしか無いと思うよ。大学卒業した後に、大学生活楽しかったなぁって、思えるようにする為にさ」


「つまんない人生なら、面白くすればいいって事か」


「そ!」


 ただの綺麗事じゃねぇか。そう思った俺もいた。だけど、久しぶりに友人と卓球をやって、汗を流して、楽しむ事が出来たんだ。それだけで、充分なのかもしれない。


その後も試合やらドライブ練習やら、中学の頃使ってたサーブを思い出したりして、時間は過ぎていった。

気づけば、既に4時間以上ここにいたらしい。楽しい事ほど、時間の流れを早く感じるのは何故だろうか?


卓球を終えた後は、軽く部屋をモップ掛けして、借りたものを受付に返した。バスに乗り、駅前へ。

俺も友人もかなり疲れているようだった、そりゃそうか。バスの中でも眠たそうにしてたし。


「またやろうな」


「ああ、また」


またやろうな、そう言ってくれるだけで嬉しかった。


「つまんない人生だな」


 友人にそう言われた時、心の中にどっしりとした重みを感じたのを、記憶している。

 つまんない人生にしているのは、俺自身なのかもしれない。長い夏休み、まだ出来る事はあるはずだ。既に夕方。汗で服はベトベト。若干の心地よい冷たい風と夕陽の光を受けながら、俺はペダルを漕ぎ、家に帰った。

 







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真夏の卓球日和 みずみゆう @mizumi_yu

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