第13話 水族館

「荷物まとめなきゃ」


今度こそやっと外に出られる。バリ×2テンション上がるわ。

ハルカは鼻歌交じりで散らかった荷物をまとめる。


マイクはもう先に行ってしまった様だ。早く追いつきたいので、乱暴に荷物をリュックに放り込み、出口の方へ駆け出す。


「ちょー、マイク待ってよ」

浮ついた表情で、扉の先へ足を入れた。


「え?何ここ……」


全身ガラス張りの空間。外には大きな岩が転々としている。まるで異世界に来たかのような感覚に陥る。


「え?嘘でしょ……」


ガラスの外でランダムに動く複数の物体……


よく知っているものだった。





――魚




「ここは海の中ってこと……?」


上を見上げる。数メートル先は暗くて見えない。海面までどれくらいの距離があるか分からない。



――海の底



絶望。



閉じ込められた。



海底に閉じ込められた。脱出不可能。



なんで?誰が一体何の目的で?ワタシなんか悪いことした?



「ハルカ……」

目の前で膝をついて倒れ込むマイクが、藁にもすがる思いで語り掛けるが、これ以上何の言葉も出てこなかった。







しばらく外で泳ぐ魚をぼーっと眺めていたが、飽きてしまった。


このまま餓死して死ぬのかな?それとも空気が足りなくなって……

途端に恐怖が波寄せる。身体が震える。


どうせ死を待つなら……



そうだ。マイクと会話をしよう。さっきまでは孤独だったけど、今は同じ境遇の仲間だ、きっと心も落ち着く。


「ねぇ、マイク……」


マイクも水槽の外を見つめていた。ハルカが2、3度話し掛けると、自分が呼ばれていることに気付き、振り返る。


「Sorry, Haruka」

「マイクが謝ることじゃないよ」


マイクは日本語が分からないが、ハルカの優しい表情からその真意を汲み取り、答えるように頷く。


「なんか、楽しい話してーな。気分悪ぃーし」

何か話題になるものは無いかと、リュックの中を漁った。


「あっ……これいけんじゃん!」

ハルカは取り出したものを、マイクに見せつける。


「えーっと、イットイズ辞書ディクショナリー

そう伝えると、取り出した電子辞書に文字を入力する。

そしてマイクに見せた。


【Let's talk something(これで何か話そう)】

文字盤に映るこの文字を見て、マイクも察しがついた。


「じゃあ、マイクはこっちのボタンね」「そう、それ・オッケーオッケー」

指を差しながら日本語で書かれた電子辞書の使い方を伝える。


【これで良いですか?】

マイクからの返答が来る。使い方はバッチリなようだ。


文明の理により、異国の人間同士のコミュニケーションが一気に進んだ。


【I am a high school student and 16 years old(ワタシ高校生で、16歳)】

【私は大学生で、19歳です】


出身地や、好きなもの、お互いの国のイメージ、そして共通の趣味であるバスケットボールの話で盛り上がった。


打ち解けたところで、ふと疑問が出て来た。


【By the way, Why did you fall on the floor?(そういやさ、なんで床に倒れてたの?)】


マイクは【酸欠】と書かれた画面を見せた後、【君が部屋を開けてくれたから助かった】と伝えた。



ーそうなのか、良かった。部屋の酸素が足りなくなったのね。

余計な心配もしていたが、分かりやすい原因で良かった。胸の重みが降りた気がした。

だがその刹那、脳裏に別の思考が働く。


ーえ?ってことは...私の部屋の空気が無くなったら、酸欠で死ぬってこと?

せっかく暗い気持ちを騙していたのに、壁が崩壊し、恐怖が逆流して来た。悪いイメージが次々と頭を殴る。


治り掛けていたいた心が崩れ、頰に涙が伝う。


「Hey, Haruka」

マイクがもう一度電子辞書を見せて来た。慰めの言葉だろうか?


【あなたの部屋は密室では無いのかもしれません】

え?どういうこと?


【あなたの部屋を調べましょう。もしかすると、そこに出口があるかもしれません】


深淵の地獄に蜘蛛の糸がおろされた。ハルカは涙を擦り、差し出された蜘蛛の糸を掴む。すらりと伸びた褐色の力強い糸はハルカの身体を持ち上げ、細い希望の光へと向かう。



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