ぶらっどたいむ!

涼詩路サトル

第1話 とりあえず、おはようございます。優斗様

 薄らぼんやりと願っていた刺激的な毎日の始まりは、平凡すぎて始まったことにすら気づかなかった。


「チュン。……チュンチュンチュン。チュン………チュン」


 妙に覇気の感じられない、鳥の鳴き声。聞きなれたはずが、なんだかこうしっくりこない。


「ぅ……。くっそ眩しい」


 セロハンテープでも着けられているんじゃないかと思うくらい重い瞼を開けると、次に来るのは異常に眩しい太陽光。

 あまりの明るさに身じろぎをすると布団が擦れる音――寝ていたのだから当然だ。昨日は、昨日はえっと、いつ寝たんだっけか。どうせyoutubeでも見ている間に寝落ちしたのだろうけど……。

 目を擦っていると少しずつ目が馴れてきた。明るさ的に朝なんだろうと察しはついているが、そも今日が何曜日だったかもよく思い出せない。頭がぽーっとのぼせているような具合だ。低血圧の人ってこういう気分なんだろうか。


「つか、スマホどこだよ……」


 うだうだと寝起きの頭を動かしつつ、手探りしていたのだが、一向に見つからない。睡眠の質が悪くなるって言われても、どうしても寝る間際までスマホ触っちゃうよね。あるあるだと思う。


「スマホならありませんよ」


「おいおい。こちとら、バリバリの現代っ子でスマホ依存症だぞ」


「現代……」


「うむうむ、ゆとり世代的な……………え?」


 待て待て、俺は今誰と話しているわけ……?

 おそるおそる首を後ろに向けると、首がぎちぎちと音を立てる。なんかやけに凝り固まってるなあ。じゃなくて、


「とりあえず、おはようございます。優斗様」


 メイドがいた。


「あっ、おはようごじあます」


 銀髪碧眼。


「ごじあます……ふふっ」


 爆乳メイド。乳半分でとるぞ。おっと、上乳って意味だから。これ、18禁小説じゃないのでね。


「えっと……」


 噛みまくり、かつドモりまくってしまうのだが、これは世の摂理。この女、えげつないくらい美少女なのである。

 すべすべ(してそう)な肌に、きらきら輝く短めの銀の髪。更には碧眼。金髪碧眼ではなく、銀髪碧眼。端正すぎる顔立ち。そして、豊満なおっぱい。メイド服。……動揺しない方がおかしい。と、多感な時期である一介の高校生である俺が、どぎまぎしていると、「こほん」と銀髪メイドは咳払い。というか、まだ笑ってたのね……。


「戸惑うのも無理はありません。寝起きでこんなにも巨乳かつ美人なメイドを見れば、誰だってそうなります」


「自分で言っちゃうんだ……。それ」


「自覚はありますから。かれこれ、1万年は生きているので。星の数ほど言われてます」


「ふむ、つまり1万歳ということか……ッ」


 つい息を呑む。瞬きの間の速度で、彼女が一気に距離を詰めてきたからである。どこから取り出したのか、短刀が俺の喉元に突き付けられている。殆ど、掠っているような状態で、首元がちりちりする。


「歳の話はしないでください。刺しますよ」


「いっ、いや、ちょっともう若干食い込んでませんかねっ」


「いつから私がTバックを身に付けていると錯覚していた」


「ちょッ、意味わかんないから。まじでなんの話だよっ!」


 起き抜けに刃物付けつけられるわ、このメイドいろいろと言動が無茶苦茶すぎる。俺、このまま殺されるんじゃねえの、勘弁してくれよまじで、こんなんじゃ、笑い話以下。ただのホラだ……。それはそうと……まじで首切られちまうって、、、!


「——これ、やめぬか」


 突如、凛とした声が部屋に響く。俺でもなく、眼前の銀髪メイドでもない。いつから見ていたのか、半開きになったドアの前に金髪の、これまた日本人とは思えないような見た目の女児が居た。真っ赤に光る紅の瞳に、病的なまでに白い肌。そして、床でひきずってしまう程に長い新緑の髪。まるでおとぎ話の登場人物のようで、神秘的かつ、人形めいていた。なんというか、人間らしさのような雰囲気を感じない――いや、というよりも人間らしくない雰囲気が非常に濃いという表現の方が正しいか。


「ナハツェーラ様」


 銀髪メイドは、俺の喉元に添えていた短刀をスカートの中に仕舞う。(ガーターベルトがちらついて、かなりえっちだと思いました。)

 はい。兎も角、銀髪メイドは膝を付き、女児へと平伏した。それだけで、主従関係は一目両全だ。この、ナハツェーラ様とかいう女児に、このサイコパス銀髪メイドは仕えているのだろう。


「すまぬな。赤羽優斗よ、妾の物が無礼をしたみたいじゃの」


「えっと、ありがとうございます?」


 というか、どうして俺の名前を知ってるんだ。


「うむうむ。礼儀のなっているオスは好きじゃぞ。興が乗ったので、名乗ってやろう」


 女児は手を腰に当てて、上体を逸らす。正直、前ならえをしている一番先頭の子供にしか見えなかった。


「妾はナハツェーラ! 原初の吸血鬼、真祖であるぞっ!」


「よっ、ナハツェーラ様。かっこいいです」


 ほぼほぼ棒読みで銀髪メイドがクラッカーを鳴らす。中身が俺の顔面に直撃したので非常に不愉快だった。というか、主従関係にひび入ってない? めっちゃ真顔だよ、銀髪メイド。


「む。唯の人間のくせに吸血鬼というワードに対して、なんのリアクションもなしかっ! それともなんだ、そんなに妾の活舌が悪かったかのう……」


「いいえ、悪いのはこの雄猿でしょう。きっと耳の中に精子でも詰まらしているのです」


「……どういう状況だよ、それ」


 考えても見て欲しい。起き抜けに見知らぬ銀髪メイドに殺されかけ、あまつさえ、第2の不法侵入の幼児まで登場(というか、今気づいたんだけど、こいつ俺のTシャツ勝手に着てやがる。サイズが合わなくて、ビックシルエットみたくなってて可愛いけど)。終いには、吸血鬼を名乗る始末。まともに取り合う方が異常ってもんだ。


 なんにせよ、非情に疲れる。俺はがっくりと項垂れてから、このクソ悪夢から覚めてやろうと二人の不法侵入者を無視して、洗面台へと向かうのであった。


 

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