フレーム

「かしゃっ」

光を放つその瞳は何を集めているのかな。

丁寧に磨かれたレンズなど足もとにも及ばないその輝きは、目が合うみんなを笑顔にしフレームいっぱいに納めていく。そしておそらく玄関扉を開けた正面、東からのやわらかな陽が差す壁に飾るはず。

『慈愛』という名の額に入れて。



「かしゃっ」

悪戯なカタチを隠さないその笑みは何を探しているのかな。

きらりと光る三日月を携え、ひとつ残らず食べてしまおうとその手は右へ左へ自由をつかむ。おもちゃの包みはひろげたまま、部屋の扉はあけたまま、ありとあらゆるものをその手のフレームに納めていく。そうして掴んだ宝物を毎朝ほほ笑み愛でてもらうため、寝室のドレッサーに立てている。

『昨日』という名の額に入れて。



「かしゃっ」

赤い風船のように大きく膨らむその心は何を描いているのかな。

お気に入りの帽子をかぶり泥で汚れた靴を履き、まだ知らない境界を探す旅に出る。ふかふかする足もとの感触を楽しみながらあぜ道を直走り、気がつけば雁行する空の色を見つけ、散らかる命を小さなその手でフレームに納めていく。野に山に、川に畑に、何枚もつなげてちぐはぐに仕上がった大きな物語を廊下の隅に置いておく。

『内緒』という名の額に入れて。



「……かしゃ」

螺旋階段を昇るようなしなやかな感情は何を受け継いでいるのかな。

星を数える日もあれば曇天のしかかる寒い日もある。心のすき間に風が抜ければ、手に温かな汗を握り歩くときもある。隣で立ち止まる黒い髪はすき間を満たして溢れんばかり。仄かな感情の輪郭を掴めぬままフレームに納めていく。この一瞬を誰にも見せたくなくて、肌身離さずポケットに入れて持ち歩く。

『無味』という名の額に入れて。



「……」

使命を象り身にまとう広い背中は誰のものかな。

記憶の奥深くのそのまた壁の向こう側。黒くて重い茂みをかき分けると文字が浮かびあがる。まだ青い春の歩む道のうえ、偉大な存在に敬意と畏怖をもってその手を構える。茂みの向こう、白く眩しく背中に浮かぶ感謝の二文字をフレームに納める。この照れくささをいつか誰かが見つけるために『慈愛』のうらにこっそり隠す。

最後の一枚。名を与えず額にも入れず。



はるか昔の記憶は今でもその手に。

こうして両手の指でフレームをつくれば――――ほらね。

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