舞台裏④
「ほら、飲むんだよ」
「……お前は?」
「今日は秋田が一本丸々、だよ」
「…………」
鈴木は俺を座らせると例のカフェラテを机に叩きつけるように乗せ、こちらへ突き出した。これは怒ってる。反論してもどうにもならないと観念して一気に呷った。甘い。胸焼けしそうなほどに甘い。
「こっちからつつくのはマナー違反だと思って黙ってたけど流石にこれはダメだよ」
「ヤバいか、俺は?」
「ヤバいね。まるで幽霊にでも憑かれているみたいだよ。ほれ、話せ」
「……わかった」
§ §
「つまりは、桜子ちゃんに対してどう答えるかって話、だね」
「ああ……」
取り留めない俺の話をひとしきり聞いた鈴木は大きく頷いてから俺を指さした。
「まさか、言わないよね? 秋田先生?」
「それは……」
「呑み込むべきことだ。子供にとっては酷かもだけど、罪じゃないし、いまさら告白されても困る」
「だけど、彼女は悩んでいる」
俺の戸惑いを諫めるように鈴木はこちらを見つめ続ける。結局、俺の方が目を逸らした。
「確かに彼女は悩んでいる。けれど、君が間男だったと明かしてなんになる?」
「お前、それは……」
「彼女にメリットがあるかって話。そんなこと知っても気持ちが悪いばかりだけだ。そもそも気づいてない可能性もある」
それは体のいい言い訳じゃないだろうか。そんな事ばかりが頭をよぎる。
「桜子ちゃんの様子が君の言う通りなら、彼女が求めているのは質問の回答だと思うな。それを彼女に知らせるためにそんなことを告げる必要がある? それとも、もう知らん顔で過ごしたい?」
「そんなわけ……‼」
鈴木の言葉に思わず立ち上がりかける。それでも、鈴木は微動だにせず俺の瞳を見つめ続けている。
「なんとかしてやりたい動悸は? 何者として桜子ちゃんの前に立つのかを考えなよ。その答えも色々だろうけど、罪の意識だなんて言うならそれはエゴだ」
「俺は……」
その先が見つからない。鈴木にもわからないだろう。きっと先生だって知らない。そして同時に――
「鈴木の言う通り、なんだと思うよ。でも……呑み込めない自分がいる」
「ズルい大人にはなれない?」
柔らかな言葉に頷くことも答えることも出来ない。そんな俺に怒ることもなく鈴木は『私見だけどね』と天井を見上げ呟き始めた。
「大人の条件はズルい汚いと非難されても動じないこと。それでも成すべきを成すために尽力すること、だと思ってる」
「意外と泥臭い信条なんだな」
「必死に格好つけて、明日帳尻が合ってるように今日必死になるだけだよ」
「格好いいよ……鈴木は」
照れくささからか、お互いそっぽを向いて短く笑った。
「秋田先生はどうして教師になった? 教師になれた?」
「それは……」
全部あの人のおかげだ。
勢いや憧れだけで選ぶ職業じゃない。教職を目指すと告げた俺にあの人は別れを突きつけてきた。俺は本気だった。多分、生まれて初めての本気だった。だから俺が教職に就いた後の再会の約束を疑いもしなかった。
採用通知を受けたその日に連絡役を請け負ってくれていた姉から告げられたあの人の死。その年の春に起きた交通事故が原因だった。
後悔以上に結局自分は子供だったんだという無力感を突きつけられた。
追いつき並び立って一緒に生きようなんて、夢物語だった。それでも――
「鈴木、もうひとつ頼まれてくれ」
「駅ビルの新しいケーキ屋のケーキを気が済むまで、で手を打とう♪」
「……甘党め」
素直にありがとうと言えない大人の俺にも出来ることがある。
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