繋ぎ目
@areej
兆し
綿毛も桜の花びらも浮ついた人間の足取りも、別れや出会いなどと世間一般に言われているモノも薄っぺらく思えてきてしまうな、春は。と、煙草を吸いながら思う。そしてそう思う自分がまたひどく滑稽に感じられたので今度はたんまりと煙を吐き出した。ゆっくり、そして遠くへ。思考の浄化である。
至高、平穏を得るためには、代償として何かを手離さなければいけないらしい。そしてそんな大切でお手軽な幸福への切符を大人は「夢を壊すといけないから」などという言い分で子どもには教えてはくれない。孤独とそれに伴う漠然とした不安感を背負いながらもわたしはずっと走りつづけたのに、ゴールテープだと信じ込んでいたそれはただの立ち入り禁止の表札だったみたいだ。暗闇の中、ぽつんとさみしくアスファルトを照らす街頭が点滅している。いっそのこと、ぶつっと、ぱちんと、ばあんと、どんな形であれ一瞬で消えてしまえたら楽だろうに、けれどわたしもまたこうして、少しでも、少しでも、と思いながら生きることを選択している。
めでたく(あるいは最悪なことに)これで24回目の春になるけれど、もちろん未だ宇宙の謎は解明しておらず、空の色が突然変異で黄緑色になることもなければ、海が真っ二つに裂けることもない。相変わらず猫はニャアと鳴くし、犬はワンと吠える。つめたい雨。まぶしい太陽の光。人間にはしっぽが生えていないし、朝がくればそれは必ず夜になり、そして星の数がひとつ減ったとて殆どの人間はそれに気がつくことなく一心不乱に祈り続けるのだ。
ひろくて美しいふたつの青の中心で、それでも傲慢に死にたいなどという言葉を溢すのだからたとえ神様であろうと不平等にならざるを得ないだろうに、と呆れる。
カチカチカチ、とキーボードを打つ音。
【2018/04/06】と最後に書き加えてから、更新ボタンをクリックする。一度も吸ったことのない煙草と安っぽい虚無。春の浮ついた空気感はむしろ好きだし、それにとくべつ祈るような神様もいない。
ぼわっと湿った空気が肌に吸い付く夜だった。ひと揺れの風もなく、木々が死んだように佇んでいる。そのまま遠くに目をやると、車のヘッドライトが鮮やかな光の川となって街から街へと流れていく光景が見えた。塗り絵みたいな人生、都会の夜はコンクリートに鮮やかな色を重ね塗るけれど、思考の際にはうまれた空白とやらにはどうにも冷たい。
「はあ。街灯の点滅ねえ、」
(◯※ ◯◯◯※◯ ◯※◯◯ ※◯※◯◯ )
絶え間なく幾度も点いたり消えたりするそれをこうもずっと眺めていると、どこからかジ〜〜〜ッという音が聞こえてきそうだった。眠っている間にもしも点滅が途絶えてしまったらと、もどかしい気持ちに駆られて、もう夜中の2時くらいだというのにずっとその危うさから目を離せずにいる。
18の夏を思いだす。当時、大学一年生だったわたしは母親の過干渉に耐えきれなくなって恋人といわば半同棲のような生活をしていた。
それである日、ジ〜〜〜ッ、ジ〜〜〜ッと、
蛍光灯から漏れる音があまりにもうるさかったので電気の工事業者に問い合わせてみたところ、単なる安定器の劣化との返事がきたのだった。
なにも安定器というのは電流を一定に保つための装置で、熱を溜め込みやすく、放置していたら最悪の場合発火する恐れがあるんだとか。
「なんかさあ、アレだな。彩芽みたいだよ。感情の起伏を抑え込んでさ、ずーっと自分のペースを保つんだけど、我慢の限界がきて爆発しちゃうの」とそれだけ言うと、
この人のことが好きだなあ、と思った。そのまま彼が優しいことに漬け込んで一銭も払わずに長居しても良かったのだろうけどそんなことは割が合わないと思い、それから昼間は古本屋のアルバイト、夜間はネットカフェで働くようになった。彼が家賃や光熱費を払う代わりに、わたしは食事やお互いの交通費、旅行費などに稼いだお金を割り当てた。
なかなか忙しい日々だったけれど、それは決して退屈で苦しいものではなかった。古本屋でのアルバイトでは社員割引の優遇で安く本が買えたし、客足の少ない平日の午前中なんかはそうして買った本を読みながら時間を潰すことが出来た。それに、湿気を吸って酸化した本が醸し出す懐かしいような匂いと積もり積もった埃、しんと静まりかえった空間にいるとどこか落ち着くような気にさえなれた。単純な接客と清掃だけをすればそれで事足りるネットカフェだって、それなりに打って付けがよかった。
けれど自らをどれだけ忙しくさせても、たとえ「自分は正しい決断をした」と何度自分に言い聞かせても、いつかだれかに「親不孝」というレッテルを貼られるのではないかという不安は誤魔化せなかったし、母の望む娘像を裏切ってしまったという罪悪感はついて回った。理想と現実がうまく噛み合わない現状や価値観の違いはあれど、わたしは彼女が与えてくれたものだけで十数年ものあいだ生かされてきたのだ。たしかに生まれたくて生まれたわけではないし、生きたくてずっと生きているわけでもないけれど、もしも充分に愛されたという記憶が欠けていたらきっと人としてここまで生き延びてこれなかっただろうと思う。帰る家があるというのはそれだけでとても幸福なことで、大きな拠り所だった。
加えて、母はよくわたしの髪の毛を梳かしたけれど、他の人にされると違和感や痛みを覚えるであろうそれも彼女がするとかえって心地良いものになった。たとえば耳掃除もそうだ。それに爪切りも、幼い頃の歯みがきも。そういった小さなことの重なりが今のわたしを形成しているのだと一先ず我に返って考えてみると、母を捨てることと自分を捨てることが同義に思えてきてどうにも苦しかった。
そして最初は比較的良好だった彼女との関係は、わたしが中学生に上がると一気に悪化した。
学校へ行けば、その道すがら近隣の人たちにじっとみつめられ、目が合うと皆わたしをいかにも可哀想な子だというふうに眉をひそめた。そして母親はというと、次第に痩せ細り、声を荒げる日が増えた。薄らと勘づいてはいたが、一年ほど経ってようやく母方の叔父に告げられたのは母がうつ病を患っているかもしれないという事実だった。
そしてそのきっかけであろう出来事は容易に想像ついた。ちょうど三年前のこと、母はわたしの弟にあたる息子を妊娠していた。
高齢出産だということもあって前々から「念のために、」と羊水検査を勧められていたので受診をしたところ、出たのは陽性反応だった。
まさか自分の子どもに限って、と母はなんの根拠もなしに、けれど固くそう信じていたのだろう。
中絶が可能な期限を前に重い決断を迫られ、彼女はたったひとりきりで大きな葛藤を乗り越えなければいけなくなった。もちろんその側にはいつだって父親や義母がいたけれど、自分の内側ですくすくと育っている命が急にぼとんと苦しい現実へ、それも死んだ状態でおとされてしまうかもしれない恐怖とその際に感じるであろう痛みをいちばんに抱えなければいけなかったのは紛れもなく彼女であった。
そしてわたしも未熟ながらその事の重さは理解できた。実際、表向きでは優しい声かけに対して愛想良く振る舞っていた母が、愛しい我が子を産みたいという気持ちとしっかりと育てていけるかわからないという不安感のあいだで葛藤するあまり堪えきれず泣いてしまうところを当時のわたしはよく目にした。そんな彼女を見ていると、あまりのやるせなさにどうしても居心地の悪さを覚えた。かけるべき言葉も見当たらず、けれど彼女だったらなんとかやってのけるだろうと、たとえ不憫な結果になったとて時間の流れがすべてを解決してくれるだろうと淡い期待感のようなものがあった。大人とはそういうふうに過去を振り返らずに生きていくことへの強さを持ち合わせていて、一種の諦めや決断があれどその良し悪しを冷静に分析できる人間だと思っていた。
けれどそうではなかった。
ある日、母の顔に張り付いていたこわばった表情は、子を孕んで以来はじめてほわりと緩んだのだ。
「彩芽、きてみなさい。お腹がうごいているわよ」
彼女はそうわたしを呼んで丸く張った腹を撫でさせた。もう中学生にもなる自分が母親のお腹を撫でている様子を客観的に想像すると一種の恥ずかしさに似たような感情が込み上げてきた。けれど腫れた瞼の下で揺れる柔らかな眼差しとへそを中心に浮き出た正中線、手のひらにぼんやりと残る小さな足の輪郭はどれもその内側に祝福すべき純粋なあたたかさを宿しており、わたしはそのときはじめて愛や祈りとも呼べるその美しい物語に触れた。
たったひとつの文字と文字が繋がって、そしてはじめてそこに意味がうまれるとそれは言葉となって、そしてその言葉がまたちがう言葉と交われば今度はひとつの世界ともいえる広い可能性がうまれる。想いが繋がれば愛が育まれ、愛が伝われば世界は自ずと手を差し伸べてくれるものだ。
薄い皮膚のすぐ向こう側で赤ちゃんは必死に生きていたけれど、その命を守ってあげられる強さをわたしはまだ持ち合わせていなかった。
「わたしは絡み合った糸を必死に解こうとしてしまったからきっとだめだったのね。早くしなければと焦れば焦るほど糸はより複雑に絡まってしまうもの。だからあなたはゆっくり、そして丁寧に目の前に立ちはだかる現実を見極めなさい。そうしたらすべては繋がって一本の真っ直ぐな線になるわよ。それはあなたの、あなただけの命綱なのよ。」
しずかにそう言う母は、きっと彼女なりに考え抜いた選択をすでにその心に決めていたのだろう。
赤ん坊は15週間を生きた末、堕された。
命だったカケラはあとで1つ1つピンセットで丁寧に拾い集められ、手のひらに収まるほど小さな容器に詰められた。我関せずとばかりに青い空を眺めても、膨大な宇宙や時の流れに想いを馳せてみても自分の見てきたこと、感じてきたことを「ちっぽけなもの」だと簡単に片付けることは出来なかった。
結果として母はわたしを溺愛するようになった。
まるでしがみつくように、わたしだけが最後の砦であるかのように、生まれてくるはずだった息子に注げなかった愛や未来に抱いていた期待をわたしに向けて広げるようになったのだ。もうなにも失ってはいけない、失わない、その強い思いによってわたしは自らを縛りつけられた。一本の長い糸、きっと彼女は自分にとっての命綱が娘であるわたしだと信じたかったのだ。けれどどうしても耐えられなかった。母には一応頼りないけれど仲の良い夫がいたし、月に二回は精神科でカウンセリングを受けていた。まあなんとかなるだろうと思ったのだ。
わたしは置き手紙だけ書いて、家をでた。
【急用があればメールをください。】
しかし今思えばその決断は正しかった。
「大学の写真はないの?友達はできたの?体調は大丈夫?心配よ、ねえ、今日は何時に帰ってくるの?」などと一向に止まる気配を見せない母からの連絡を尻目にして、はじめてわたしは決して良い子の「フリ」ではなく、けれどほんとうの意味での良い子になれたのだ。自分で自分のことを満たしてあげること、そしてわたし自身が満たされることでそれをまた幸福に思う人がいること、その贅沢さが生活の内側に揺るぎないものとして滲んでいる今の生活は新鮮で、しあわせなものだった。
大切な人とふたりで生活を築き上げていくこと、紡いでいくこと、描いていくこと、それ自体がきっと当時のわたしにとってたったひとつの大きな作品だったのかもしれない。それは学びや芸術や救いとも言い表せたし、ある意味ではきっと天国でも地獄でもあった。地獄が真下にあること、そしてそこで血をだらだら流して喚いている人間がいるのだと分かっていながら過ごす天国なんてほとんど地獄と変わらないのだから。とくに幸福と絶望のコントラストが著しい思春期には、どうしてもその境目も鋭くなりがちで、そこにはそれこそまさに点滅の繰り返し、とでも言い表せるような不安定さがあった。ひとつ足を跨げば、奈落の底で、けれどまたひとつ戻れば幸福で、といったような具合に。そして天国である「今」でさえ、地獄とも表せる「過去」を伴っている。あるいは今この瞬間にもわたしが幸せになることで苦しんでいる人がいるのかもしれない。
【幸福の副産物 : 虚無/不安感】と、メモ。
幸福に満たされた人のまわりには自ずと人が集まるというが、友人らのわたしに対する扱いが見てわかるほどに変わったのもこの頃からだ。
(◯◯※※ ◯◯※◯◯ ※◯※◯※ )
点滅。
そして、わたしの点滅していた人生は明瞭な光を放つようになった。
無機質なものにあたかも生命を吹き込んだかのような不完全さ、荒い光の波と不規則で危ういテンポ。そのままで美しかった現象が劣った変化と書いて劣化と読むたったの二文字で片付けられてしまうことを惜しいと思ったけれど、きっとわたしがそう思ったところで大多数の人間はぴかぴかの新しい街灯のほうを好むだろう。職業柄だとも単なるネタだとも誇張できない自らの思考。わたしだけが知っていれば良い、と思う。わたしだけでいいのだ。「考えすぎだよ」の一言で失われるものよりも、そうすることで得られる愛を信じている。
ぼんやりそんなことを思いながら、手際よく開けていた窓を閉めて、鍵をかけた。鉄製だから触れると少し冷たい。そして最後にカーテンを閉めると、年中窓辺に吊り下げている風鈴がカランカランと音を立てた。肌寒い季節に馴染めない軽く乾いた音の輪郭が骨の髄のずっと奥のほうに漠然と残る。ふう、と深く息を吸った。日常の情報量の多さにどうしても急かされ、焦らさせ、振り回されてしまう。
わかっている。わかっているのに。
小説家になりたいと願う人間が「小説(スペース)どうやって書いてる」などと検索ボックスに入力している時点で、わたしはとうに自分への可能性を諦めたのだ。画面左上に小さく表示された膨大な数の検索件数を見た瞬間、より強い諦め、怒り、劣等感になったそれをどう噛み砕くべきだったのか、今までいくつもの文章を書いてきたのに感情の逃げ場をどこにも見出せずに泣き喚いている自分の姿はあまりに滑稽なものだった。
きっとわたしだけじゃない。誰もが心や、あるいは脳みそのどこかで「あったかもしれない過去」や「選ばれなかった未来」を諦めきれずにいるのだ。いつそれが訪れても掬うことが出来るように。だからこんなにもわたしたちはこわいのだ。
居間へ向かうと凪沙が、真剣な面持ちでパソコンに向かっていた。ハチマキなんかしちゃって。受験生みたい、と少し胸を宥められるような気持ちになる。きっと今月末あたりが期限の創作コンテストのようなものにまた申し込んだのだろう。
凪沙はわたしに気付くと手を止めて、缶ビールを開けた。カシュッという音が部屋に響く。
あ〜の〜さ〜、とため息混じりの大きな声。
「やっぱりさ、わたしの可能性なんて、夏祭りの合間にだけちやほやされる紅色の金魚みたいなものなのよ。たくさんの人が綺麗だと言うけど、小さな水槽の中でそれはたちまち集団の一部になっちゃうの。つまりね、その中で綺麗なのは当たり前なの。普通なの。似たような美しさを持っている同じ生き物が何百匹もいるんだから。ねえ、それってもう死んでるも同然だと思わない?花火が打ち上がったら、今度は本当におしまいよ。誰も金魚なんて見ないわ。たとえね、運良くだれかが掬いとってくれたとしても大切に愛されるとは限らないし、だいたいの場合は窮屈な水槽へと戻されてしまうか、それかあの薄くて小さいビニール袋の中で死んでしまうかのどっちかよ。まして水中で生まれた魚が土に還るなんて最悪だわ。だってそれって世界を救うために生まれたのに、救おうとした結果、すべてを滅ぼしてしまうのと同じじゃない。わたしダサすぎて嫌よ、そんなの。」
一気にそう言葉を吐き捨てると、凪沙はひっくひっくと今度は泣きはじめた。はいはい、そうね、と適当に相槌を打ちながら震える背中をさする。たしかに彼女の放った言葉は決して間違いではなかった。今頃わたしにも弟がいるはずで、幸せな状態で迎えるはずだった未来は一瞬で黒く塗りつぶされた。そしてこれからその闇の中を愛やら奇跡やらと呼ばれる花火がいくつも上がり、その都度に彼の存在はわたしの中で薄れてしまうのだろうと思うと、やるせない気持ちになる。
「ねえ凪沙。」
祭りで売られている金魚はね、ほんとうは大型魚の餌になる運命だったのよ。運命、なんて言葉を使うのもおこがましいかもしれないけれど。それってつまりある意味では殺されるためにうまれてしまうってことことよ。けれど出店に売られているってことはきっと余りものなのね、生きているだけでほんとうはものすごく幸運なのに。でも金魚はそれすらも知らずに、あの窮屈な水槽の中が世界の全てで、もしかしたら地獄だとさえ思っているのかもしれないの。だからね、可能性があると分かっているだけとても喜ばしいことなのよ。わかる?
そう言おうとしたがやめた。金魚と人間を一緒くたに考えては、話はいくらでも広がってしまう。
「その想像力を目の前の原稿用紙にぶちこんだらどうなの、口を開けば止まらないのにペンばかりは頑なに握りしめてるんだから困っちゃうわ。」
凪沙は一瞬イラッとした顔を見せたが、わたしがすこしだけ口角を上げていたからか、すぐにその表情は柔らかくなった。
「原稿用紙に向き合うなんて。ほんとうは物書きになりたいのに、逃げてブログなんて開設しちゃうだれかさんとは違うのね〜、だいたいなによ、点滅って。吸ったこともないくせに『煙草』とか『薄っぺらい春』とか『お手軽な幸福への切符』とか、どこにでも転がっていそうな言葉じゃない。そんなの」
酒を飲むとこうなるから女はめんどうくさい。
「はいはい、もう寝るわね」とだけ言うと、むう、とほっぺを膨らませながら、凪沙は眠たげな目を擦った。
【今夜は凪沙の家に泊まるね、おやすみ】
翔に連絡を入れたあと、しばらく自分で書いたブログを眺めていたら一件の通知がきた。もうすぐ夜が明けることもあいまって、胸がどきりとする。
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