ワイルドスピリット〜赤〜3

はすき

第1話 ユカくん

「ユカくん!」

どこかで声が聞こえる。

ハッと振り向くと母親が小さい子供を呼びつけていた。

幻聴、ではないが、恐ろしく感じた。

僕のことをユカくんと呼んでいたのは、霧ちゃんだけだった。

フカザワなのに、なんでユカなんだろうってずっと気になっていたのに、そんなどうでもいいことさえも聞けずに、ほぼ、今生の別れになってしまっ……


「…!霧ちゃん!」

振り返ると霧ちゃんは霧さんになっていた。

ピシッとしたパンツスーツに、社内ケータイと思われるガラホ。手帳を片手に営業スマイルを作っている。

「あっ…。」

声をかけてからそのことに気づき、足を止める。

「はい、ありがとうございます。では、よろしくお願いします〜。失礼します〜。」

「でっ…電話、終わった?」

「……何か用?」

「そっそんな……。」

冷たく返さなくてもいいじゃないか。


「……。」

お互い沈黙が続いている。

雨が振りそうだからってとりあえず駅ナカに入ったけど、可愛くも無い服を、棒読みで可愛いー。と言って、本題を避けている。

「ねえ、霧ちゃん。」

「なあに。」

「聞きたいことがあって。」

「なに。」

怖い。悪魔だ悪魔。

「なんで僕って、フカザワなのに、ユカってあだ名なの?」

「は?そんなこと?」

はい、そんなことです。

「……それは、あなたの名前を初めて聞いた時、ユカザワに聞こえちゃったのよ。」

「え?そんだけ?」

「はい、そんだけです。」

お互いにかぶりを扇形に動かした。

「……は、そんだけが聞きたくて私を呼び止めたわけ!?」

「ちっ違うよ!霧ちゃんに、会いたかったんだよ……。」

話しながらいつの間にかまた外に出てしまっていた。

「ねえ、ここなら誰もいないから……霧ちゃんのことぎゅってしたい。」

張りビンタ。

これがシナリオだった。

が、しかし。

「それで?また迷走でもしてるわけ?」

どういうわけか、僕はあの頃ベッドでむせそうになるまで吸い込んだ霧ちゃんの匂いの中にいる。

「……め、迷走もそうだけど、霧ちゃんとまだ話したかった。謝りたかった。本当は、こんな形じゃなくて、普通に恋人になりたかった。でもそれは、フツウじゃない僕には無理なことって分かってた。なのに、僕は霧ちゃんを取り込んで……。」

「えっちょっとなに、まじでどうしたの?」

さっき、失礼します〜。とか営業スマイル作ってたのに、それももう僕という魔剤で溶けてしまったようだった。

「霧ちゃん。」

だから、なあにって。


そのまま暫く雨が降るのを待つように下らない会話をした。

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