5話 サンの村の日常

「ほら、ミナト立って。もう一回やるよ」

「ちょっと! まっ!」


 疲労で地面に倒こんでいた俺にセツが剣を振り上げた。

 俺は慌てて立ち上がってセツから距離を取る。彼女も本気で倒れた俺に打ち込もうとしている訳ではないので、立ち上がる猶予はくれるが、倒れたままだと本当に打ち込んでくるので油断できない。


 俺は訓練を始めた当初は筋力不足と危ないのとで木刀を使っていたが、今では刃引きをした鉄の剣を使って訓練を行うようになっていた。

 こうして刃引きしているとはいえ、本物の剣を扱えるようになったのは心躍るものがある。だがせっかく木刀の重さに慣れて訓練が楽になってきたのに、はるかに重くなった武器を手にした俺は、再び筋肉痛の毎日を送ることになった。


「ぼうっとしてんなよ坊ちゃん!」

「いい男になれないぞ~」

「放っといてください!」


 そんなだらしない俺の様子を見て、訓練場にいる女達からヤジが飛んできてドッと笑い声が起きる。

 この村に来たばかりの頃は、よそ者で男ということから、警戒するような、獲物を狙うような……そういう物珍し気な視線で見られていたが、今ではこのようないじられキャラが定着してしまった。

 残念ながら俺はこの世界でもモテることはできないようだ。


「セツちゃん、ミナト君はどう?」

「ミナト〜そろそろ戦えるようにはなったかい?」


俺はもう一戦セツと始めようと気持ちを切り替え、剣を構えようとすると、二人の少女が訓練場に入ってきた。


「まだまだ弱いよ」


 少しは成長したのだが、セツ先生は中々厳しく褒めてくれることはない。

 あの夜聞いたセツの言葉を励みにやっているのだが、今ではあれが夢だった気がしている。


「俺も成長してるんだけどなあ……」

「ではお姉さん達が鍛えてあげましょう」


 俺のぼやきを聞いて、とてつもなく大きな胸を叩くのはセリア、十八歳。

 おっとりとした口調で周りを安心させる癒し系のお姉さんだ。

 髪は癖のあるふわふわとした明るい栗色の髪を腰まで伸ばしている。

 体系は全体的にややふっくらとしているが、太りすぎというわけではなく、むしろ多くの男が好むであろう丁度いい包容力を感じる。


「ミナトがどれくらい男らしくなったか僕に見せて欲しいな」


 思わず背筋が伸びるような凛とした声の僕っ子はシオ、十七歳。

 シオは綺麗な黒髪をポニーテールにしており、わゆるモデル体形で背が高く手足も長い。

 男装しているわけではないが、まさに男装の麗人という言葉がぴったりな美人である。

 もし彼女が日本の学校に通っているならば、男子より女子からラブレターを貰うタイプに違いない。

 そんな美少女二人だが、立派な狩猟衆の一員であり、幼い頃より戦いに身を置いた人間である。

 確実に俺よりは強い。


(今日も怪我増えるなぁ……)


 

「さて、では始めましょうかぁ♪」

「よ……よろしくお願いします」


 セリアは両手で剣を正面に構えた。

 腕に挟まれた胸が形を変えていて凄い。

 戦い中で敵の視線を固定させるとは中々厄介な胸である。


「えい!」

「やば!」


 咄嗟に剣を掲げ、セリアの剣を受け止める。

 いつの間にか剣を振り上げていたセリアに頭を割られるところだった。

 おっとりした声に反してセリアの剣は重く、受け止めた腕が痺れる。やはり胸に集中していては勝てない相手のようだ。

 未だに俺の腕力では女性にも勝てず、このように鍔迫り合いに持ち込まれると分が悪い。

 セリアの剣はセツの剣と比べれば軽いし、上手くもないが、セツと比べればの話で俺よりは断然強い。


 一先ず体勢を立て直すために鍔迫り合いする手から力を抜き、バックステップで距離をとる。

 セリアは急に腕にかかる力が無くなったはずだが、それで体勢を崩すようなやわな鍛え方はしていないようで、しっかりとまた剣を構えている。

 俺は剣を構えて待ちを選んでいるセリアに対し、足を使って揺さぶることにした。

 正直、正面からセリアを打ち崩せる気がしない。


 足に力を込め全身のバネで加速した俺は、セリアの左手側へと走る。

 するとセリアは俺の動きに合わして体の向きを変え、俺を正面に捉え続けてくる。そのため、俺はセリアの間合いには入らないように円を描くように走ると、地面に足を突き刺すように踏ん張って方向転換した。

 俺はセリアへ向かって走る勢いのまま剣をセリアへと向ける。

 セリアは急な俺の方向転換に、やや体がこちらを向くのに遅れているようだが、それほど意表を突けなかったようで既に剣を受け止める動きを始めている。


(こっからどうやって打ち崩そうか)


 俺は既に攻撃のために前に進む体を止める事は出来ない。

 なので次の動きを剣を振りながら考える。

 今は上から攻撃したので次は足を狙ってみるとか、フェイントを入れてみるとか。

『私の勝ちですねぇ♪』

 だが、俺が気付いた時、空と喋る二つの脂肪の山で顔が見えないセリアがいた。

 また俺は地面に転がっているようだ。

 キーンと耳が鳴っていて、セリアが何を言っているのか、うっすらとしか聞こえなかったが、楽しそうに動くセリアがそう言っているのはかろうじてわかった。

 何が起こったのかわからないが、どうやら負けてしまったらしい。



「次は僕とやろうか」


 少し休憩を挟んで次はシオとの模擬戦だ。

 シオの持っている武器は彼女の得意武器である槍だ。

 リーチで劣る剣を使用する俺が勝つためには、シオの槍を搔い潜って近づくしかない。

 槍を得意とする彼女に穂先を向けられると威圧感で近づける気がしない。


「じゃ、いくよ!」


 シオが掛け声とともに突進してきた。

 とてつもない勢いで真っすぐ俺の胸目掛けて突き出される槍を、俺は剣でいなす……つもりがすり抜けてくる。


「う!」


 当然刃のついていない槍(というか棒)なのと、皮の胸当てに命中したため動けない程ではないが、息が詰まるような鈍い痛みに襲われる。

 俺は剣を胸に突き立った槍に叩きつけようとするが、既に槍は引き戻されていて、間合いの外だ。

 俺は近づこうと一歩踏み出すが、それに合わせて既に槍が頭の前に置かれており、自分から槍に頭をぶつけてしまった。


「クソッ! 舐めんな!」


 今のはシオがやろうと思えば俺を失神させることが出来たはずだ。

 完全に遊ばれている。

 俺はまた足を前に踏み出そうとするが、今度は肩を突き飛ばされた。

 咄嗟に反撃しようとするが、俺の間合いはまだ何歩も先だ。たった数歩の距離ではあるが、そこには見えない壁と、絶対に届かない果てしない距離を感じる。


 槍と剣ではこうもリーチが違うのか。

 しかも防御しようにも、シオの槍は俺の剣を蛇のようにしなりながらすり抜けてくる。

 剣で防御しようとしているにも関わらず、シオの連撃を触れる事もできずに命中させられ、袋叩き状態だ。

 槍とはこんなにもしなるものなのか。

 その槍の穂先が描く軌跡は、直線ではなく曲線を描いており、剣の真裏に隠れた体にも命中してくる。

 ならばと俺は腹をくくった。


 何発も攻撃を受けているが、それは俺を一撃で倒す威力がないという事。

 もし刃があれば致命傷だが、今はないので関係ない。

 俺は腹筋を固め、防御を捨ててシオへ踏み込んだ。


(腹筋固めてれば一撃くらい耐えられる!)


 そう思ったのだが、俺が踏み込んだ時、シオの槍は急に勢いを増した。

 腹に突き立ったシオの槍は、これまで食らってきた攻撃の中で最も重く、俺の腹筋で耐えられるような一撃ではなかった。

 ミシミシと腹筋を押しつぶし、筋肉で守られているはずの胃が潰され、内容物が逆流する。

 痛みと、自分の吐瀉物で呼吸が出来なくなり、俺は膝から崩れ落ちた。


「やぶれかぶれは駄目だね。気持ちを奮い立たせるのは結構だけど常に頭は冷静にね」


シオは槍を肩に担いでしゃがみ込むと、俺の頭をぽんぼんと叩いた。


「ミナトってカワイイね」

「うぅ……」


 子供扱いしてくるシオに俺は痛みで何も言い返す事はできなかった。

 そんな感じでセツ、シオ、セリアの三人に交互にボコボコにされながら訓練を続けた。

 こうやって狩猟衆の女達に順番にやられるのが俺の日課である。

 漫画では殴りあって友情を深めると言った描写があるが、俺は一方的に殴られることでこの村の人たちと打ち解けることが出来た。

 痛いし、辛いが、この村で生きていくには頑張るしかない。

 そして昼頃、一人の男が訓練場に現れた。


「やあ、ミナト。こんにちは」

「あっジークさん! こんにちは!」


 現れたのは男の名はジーク、白い歯がキラリと光るイケメンだ。

 歳は比較的若く、戦士と認められている者の中でもっとも若い二十五歳。


 出会った時は、彼が笑うとキラキラと漏れ出すイケメンオーラに圧倒され、なぜか敗北感を味わったものだ。

 彼はいつも武器を何も持たずに現れ、俺に戦い方の指導と雑談をしてふらっといなくなる。

 俺は彼が訓練しているところを見たことがないが、ジークのいないところでセツに、


「ジークさんもアンジさんみたいに強いんだよね?」


 と尋ねてみたところ、


「強いよ」


 とのこと。

 そのセツの間髪入れない答えに底の知れなさを感じたものだ。

 どうやら今日も俺の面倒を見に来てくれたらしい。


「今日はセリアとシオともやってたんだね。彼はどうだった?」

「これでは私の旦那様にはなれないですねぇ」

「思い切りはいいけど考えなしかな」

「なんだかもう振られ慣れてきました……」


 セリアとシオに振られてしまった。

 告白してないのに振られるのは何回目だろうか。セツや彼女達だけではなく、この村の未婚の若い女には大体振られたと思う。


「じゃあ三人共僕の嫁になる?」

「え?!」


 ジークの突然の発言にセツ達三人ではなく、俺から変な声が漏れた。

 焦る俺に対して、ジークは何ともない様子だ。

 これがこの世界の常識なのだろうか。今までジークがそんなナンパな事をしているところは見たことがなかったので驚いた。

 俺は慌ててイケメンに求婚された三人の顔を見る。

 だが、慌てているのは俺だけで、三人の顔には特に感情が見えなかった。


「う~ん。ジークかボロと結婚することになると思うんだけど、ジークはどちらかと言うとお兄ちゃんって感じでピンとこないんだよね」

「僕は受け入れる用意があるんだけどね」


 さも当たり前のように答えるそんな話をやり取りするシオとジーク。

 こんなにさらっとプロポーズの結果が出るのか。


「私はまだいい」

「相変わらず男に興味なさそうだね」


 セツが好意を持たれても冷たいのは俺にだけではないようだ。

 すこし安心した。


「ジークは妻が多すぎますからねぇ。きっと結婚しても寂しい思いするのが目に見えてるんですよぉ」

「え~うちは皆仲良く楽しくやってるよ?」


 一夫多妻がこの世界の常識らしいが、この世界の女性からしても彼の妻の数は多いらしい。

 いつも装備もつけずに暇そうにしているが、やはり強いのだろう。

 この村に来てほとんどがアンジの家と訓練場を往復するだけの生活が続いているため、ジークの家がどこかは知らない。

 ふらっと現れて、俺に少しアドバイスをして雑談して帰っていく。

 よく考えればジークの事をよく知らなかった。

 それどころか目の前にいる少女達の事も深くは知らない。

 知っているのは戦いに関する事だけ。

 俺は、俺の住む村の人の事を、もう少しどんな人なのか知りたいと思った。


「あ、そうだこれ知ってる?」

「なにをですか?」


 ジークが急に何か思い出したかのように声を上げて近づいてきた。

 武器も防具も持たず、サンダル姿のラフな格好に相応しいなんの気負いもない歩みだ。そのため、俺はジークが何か仕掛けてくるとは思わず、完全に油断していた。


「うぇ?!」


 突如、ジークが俺の前から急に姿を消した。

 かと思うと腕を掴まれ、腕を引かれて体が後ろに倒れ込む。今日何度目かわからない背中と地面のキスと共に、腕に逃れる事の出来ない痛みが走った。

 この痛み、当然知っている。

 日本男児なら父親や友達との遊びで習得するあの技。 

 腕十字固めだ。

 彼の場合は立った状態からなので飛びつき腕十字固めだが。


「ギブ! ギブ!」

「ギブ?」

「参ったってことです!」

「ああそういうことね」


  ジークの足を叩いて参ったアピールをするが、タップの概念がないため伝わらなかったようだ。


「もう……急になんなんですか……」

「ごめんごめん」


 もう今日の訓練も終わりにしようかという時にわざわざすることだろうか。

 剣と魔法の世界でプロレス技をかけられるとは夢にも思わなかった。

 俺は軽く謝りながら手を差し出すジークの手を握ると、ぐっと引き上げられながら立ち上がった。


(なんつー分厚い手だ……)


 ジークが訓練している所は見たことがないが、ジークの手を握っただけでこの人は戦士なんだとあらためて思った。


「人と戦う事もあるからね。覚えておいて損はないよ。鎧を着ていてもこれなら関係ないからね」


 一応おふざけではなくちゃんと教えてくれていたようだ。


「そういえばジークさんは剣の訓練はしないんですか?」

「うん、僕は剣はやめたんだ」

「やめた?」

「うーんなんだか面倒臭くなっちゃって」


 そう言うとジークは笑った。


「ミナトは僕みたいにサボっちゃだめだよ」

「サボりませんよ!」

「ははっ期待してるよ」


 ジークはこうしていつも俺をからかってくる。

 今日はもう満足したのか、ジークは鼻歌を歌いながら帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る