4話 あともうちょっと
ボロの木刀は、この一カ月で大きく分厚いものに変わっていた。
元々は俺と同じ木刀を使っていたが、ボロが持っている木刀は刀身部分が倍ほどの分厚さになっている。
この世界の生物は大きく力が強いものが多いらしい。
そのため、人はそれに対抗するためにより大きく、重い武器を求めた。
この村にいる人間の剣術はいかに力を込めることができるかに特化しており、その訓練で扱う木刀も大きく重いものになる。
ボロの持つ木刀は地球にいる普通の子供であれば、振り回す事は不可能な重さだ。だがこの世界の人には大地の加護が宿る。ボロは俺より遥かに長い間マナを取り込んでいる上、この一カ月で体自体が成長している。
ボロの素振りする時の初速と、振り終わった後の体の揺れ、明らかに俺より力は上だ。
そんなボロと俺は対面している。
ボロは木刀を頭上に構えた。重い武器を最も効率的に最速で振り下ろす構えだ。
俺は木刀を正眼に構える。
様子見の時間は一瞬だけであった。ボロは直ぐに踏み込み、全力で振り下ろしてくる。
俺は前に出していた右足の親指に力を込め、後ろに飛ぶと、ボロの一撃は髪先をかすめるに留まり回避に成功する。
俺は木刀を振り下ろしたばかりのボロの腕に向かって振り下ろすが、ボロは歯を食いしばりながら腕を振り上げて俺の木刀を迎撃してきた。
重い木刀を、重力と逆らいながら無理やり切り上げに移ったにも関わらず、俺の木刀は力で負けて弾かれる。
ボロは両手を木刀から離し、そのまま踏み込んで片手で俺の服を掴んできた。俺はあわててボロに木刀を振り下ろそうとするが、掴まれた服を引っ張られる事で体勢を崩した上に、密着状態になったため木刀を振り下ろすことができない。
ボロは半身の状態で左腕で俺の服を掴んで引っ張り、体を回転させるようにして小さいが重い拳を腹に叩き込んでくる。拳は俺の腹に深く突き刺さり、俺は空気を吐き出しながら木刀を取り落とし、体をくの字に曲げ膝を着いた。
さらに顔面に向かって膝の追撃が向かってくる。俺は思わず目を固く瞑り衝撃に備える。
だがいつまでも衝撃が襲ってこない。恐る恐る目をあけるとボロの膝が目の前で静止していた。
「ミナト、目を瞑っちゃだめだよ。戦いにおいて目を瞑るのは戦いをあきらめた時。
僕たち男が負けると言う事は女達の命が奪われるというのと同義だ。だから僕たちは死ぬ最後の瞬間まで諦める事は許されない」
真っ直ぐ俺を見つめるボロの目は訓練終わりにいつも遊んでやってる無邪気な目ではなく、どこまでも深い決意の目だった。
アンジが話してくれた。
獣を殺すためには尋常ではなく重く巨大な武器が必要だ。だが力に劣る女ではそれらを扱う事が出来ない。魔法というものもあるがそれらは決して決定打になり得るような物ではなく、獣相手には目くらまし程度の効果しかない。それゆえ男は強くあらねばならないのだ。
このボロと言う少年は十歳と言う若さにして、その身に背負う使命を十全に理解している。
静かに語るこの少年が俺には不思議と大きく見えた。
その後、何度かボロと模擬戦を行ったが、一度たりとも勝つことができなかった。
夜庭に寝転びながら考える。
俺は一体何をしているのだろうか。
この世界に来てやったことといえば薪割りくらいで、別に俺がやらなくても子供達がやることだ。この世界は男の出生率が低いが、男の腕力は必要で、ハーレムを作るのはむしろ義務のような物だ。
だが俺は弱い。女に負け、子供にも負け、挙句の果てには子供に男の在り様を教えられる。
この世界において弱い男には価値がない。最初は俺に興味を示していた村の女性たちは今では興味を失い、見向きもされない。
俺はぐるぐると出口のない考えを一人巡らせていると、足音が近づいてきた。
「何やってるの?」
顔を覗き込むように俺に声を掛けてきたのは俺の天敵であるセツだった。
いつもの分厚い戦闘用の皮鎧ではなく、ゆったりとした服を着ている。
いつもブーツに包まれたサンダルをから覗く素足が妙に気になってしまい、俺は目を逸らしながら答える。
「ちょっと自分自身の不甲斐無さに落ち込んでただけだよ。今の状態じゃただの穀潰しだからな」
多分また嫌な顔されるんだろうなと若干うんざりしながらセツの返事を待つ。
セツは父親であるアンジを尊敬しているようで、彼女の戦闘能力は若いながらも村で上位に入るほどの天才だ。そのためか弱い俺に対して当たりが強い。口を開けば情けないや、男のくせに弱いといった言葉ばかり出てくる。そんな態度だし歳が近いというのもあるが、俺の方も既にセツに対しては敬語を使うのをやめていた。
だが返ってきた答えは意外にも棘のないものだった。
「お前は目がいい。動きの本質を理解しようとする。多分いい戦士になる」
「え?それってどういう……」
セツは俺の質問に応えず既に家に向かっていた。
「どういう風の吹きまわしだ……」
突然の肯定に何か企んでいるんだろうかと思わず考えてしまう。
だが彼女はハッキリと物を言う人間だ。
そんな彼女から言われた肯定の言葉はスッと俺の胸の中に入ってくる。
「もうちょっと頑張ってみるか」
俺は満点の星空に向かってそう呟いた。
明日はいつもより上手くいきそうな気がした。
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