12話 護衛
アナンの村に来てから二週間が経った。俺は朝起きたらガリアの鍛冶屋まで行って夕方まで手伝いをし、手伝いを終えたら訓練をするという生活をしていた。
セツとはあれ以来気まずいままで、話しかければ反応はするが、彼女はいつも以上に言葉が少なく会話が上手く続けることができない。
好きな子と毎日顔を合わせているのに、心の距離は離れているようで正直辛い。
タロウとはアニカに言われた通り森へ狩りに一緒に行き、いつの間にか仲直りして特に何か残ることなく、普通に一緒に訓練するようになった。
「遅い!もっと早く振れ!」
「はい!」
そして今、俺は長い柄のついた大槌を両手で持ち上げ、ガリアの手元にある金属塊へ向けて振り下ろしている。
金属塊から火花が飛び散り、薄暗い鍛冶場の中、ガリアとリタの顔を赤く照らす。
「真っすぐ振れ! ひん曲がった剣でも作るつもりか!」
「すいません!」
最初はいくつものサンゴの死骸のような穴ぼこの石ころだったものが、今では一つの塊となっている。火花が散るたびにキーンという甲高い音を鳴らし、少しづつ形を変えて、細く、長くなる。
時折、ガリアが俺の大槌より小さい片手で持てる程度の小槌を振り下ろしたり、金属塊を動かして俺の大槌の当たる場所を変えたりしているが、俺にはその一つ一つの動作の意味を理解する事はまだできない。
大槌を打ちおろすときの角度や強弱、タイミングなどさっぱりわからず、ガリアから怒鳴られっぱなしだが、ガリアが手を加えるたびに金属塊が剣へと確かに近づいていっている。
隣では、何も言わず炉の中の火をじっと見つめるリタがいる。
いつもなら、リタが俺の大槌を振る役目をするのだが、俺が代わりにその役目を担う分、彼女は炉の火の管理に集中することになった。
俺には同じにしか見えない火の色で温度を見分け、時には直接手をかざして理想的な炉の状態を維持する。
こと火の扱いに関しては、リタが産まれる前から鍛冶師として生きている父のガリアより上手いらしく、ある日、彼女を指してガリアは言った。
『リタは炉の神に愛されている』
セツに惚れていると自認する俺が言うのもなんだが、炉を見守る彼女の横顔は……美しい。
俺の語彙ではそのカッコいいとか美しいとかしか表現する言葉が思いつかない。
リタは、普段は男勝りな口調で荒々しい印象を受けるが、恋愛が絡むと途端に駄目になってしまうイメージのポンコツキャラだ。
それでも、炉の神様が彼女に惚れたのは、俺には自然なことに思えた。
多分、彼女の美しさは、この火に照らされた空間にあって完成するものなんだろう。
「何ボサッとしてんだ! リタに欲情すんのは後にしろ!」
「え?! うそっ?!」
「誤解です!」
そんな事を考えていると怒られてしまった。
リタの集中力も一瞬で途切れ、
耳まで真っ赤にしたリタは、炉の神様に惚れられたというより、可愛がられているのかもしれない。
作業が一段落して椅子に座って休憩していると、ガリアが俺の前の椅子へと眉間にしわを寄せながら腰を掛けた。さっきまで村人が鍛冶場まで訪ねてきていて、ガリアと何かを話していた。
ガリアが眉間にしわを寄せているのはいつもの事で、いつもはムスッとしている感じだが、今はなんだか困ったような表情に見える。
俺はこの数週間で、怒られ慣れてきて、ガリアの怒り顔にも種類があることが分かってきたのだが、何かあったのだろうか。
「何かあったんですか?」
「盗賊に行商人が襲われたらしい」
「盗賊ですか?」
「ああ、この辺りの町や村へ卸そうとしていた商品を奪われたようだ。中には届けてもらう予定だった俺の武器もある」
「えっと……俺もこの村に来るときに盗賊に襲われたんですけど……護衛とかは雇っていなかったんですか?」
「当然護衛はいた。だが狩猟衆の女が五人、戦士の男が一人殺された」
「戦士が……ですか?」
ガリアのその話を理解するのに俺には少し時間がかかった。
俺にとって、戦士とは何者にも負けない最強の称号だったからだ。
俺のよく知る戦士であるジークも、アンジも、鋼の意志を持ち、俺が敵わなかった獣を軽々と倒してしまう実力者である。
俺は毎日訓練しているが、その背中はいまだ見えず、俺の中では戦士という称号が途轍もないものに思えていたのだ。
その戦士になる準備が整ったと判断され、そのための武器を作ってもらうためにこの村に来たわけだが、正直、自分が戦士になっている未来が俺には未だ見えない。
その戦士を殺した盗賊はいったい何者なんだろう。
もしこの村へ来るときに俺たちを襲った盗賊が、そいつらだったとしたら俺は生き残れただろうか。
犠牲者が出ているのに、こんなことを思いたくはなかったが、少しほっとしてしまった。
そいつらに襲われなくて本当に良かったと思ってしまったのだ。
そんな自分が本当に……情けない。
「男がやられたってことで村は大騒ぎだ」
ただでさえ数の少ない男を失った痛手は相当なものだろう。
男は全て戦士となるサンの村と違い、このアナンの村で生まれた男は、戦士か鍛冶師となるらしく、職業が二分している分、戦士は貴重な存在だ。
「生きて帰ってきたやつらが言うには、どうやら待ち伏せされていたようでな。もしかしたら今も奴らがいるかもしれん」
「この村の人たちはどうするつもりなんですか?」
「正直、手詰まりだ。戦える女はまだいるが、戦士がやられたとなると、護衛の数を増やさねばまたやられるからな。これ以上はこの村の護りもあるし護衛につけられる男の余裕もない」
戦士を倒すほどの力を持った盗賊団が現れるとなると、しっかり戦力を整えて討伐隊を組みたいところだが、盗賊団の居場所がはっきりしない今、村の護りを疎かにするわけにはいかないようだ。
「それって……大丈夫なんですか?」
「大丈夫とはいえねぇな……俺も武器やらなんやらの注文を受けてるしな……」
「うーん……」
どうすればいいのだろうか。
俺がその盗賊を倒せればいいのだが、戦士を倒すほどの盗賊に半人前の俺が敵うはずもない。
いつになったら俺の武器を作ってくれるかはわからないが、こうして鍛冶の技術を教えてくれたりして世話になっているし、なんとか力になってやりたい。
なんとか日本の知識を生かして起死回生の一手は打てないだろうか。
重苦しい空気の中、二人でどうすればいいのかうんうん唸っていると、扉を開ける音が聞こえた。
「ミナト、いるかい?」
ガリアの鍛冶場を訪れたのはジークだった。
最近の彼は、訓練をしていたり、かと思えばウサギを片手にふらっと様子を見に来てくれたりする。
「どうしたんですか?」
「行商人がやられた話は聞いた?」
今聞いたばかりの話をするジークは、いつも通りの軽い感じの様子だった。
戦士が死んだという話は聞いていないのかと思うくらいの気安さだが、この人はいまいち感情が読めないので、俺にはどう思っているかわからない。
「はい、今その話を聞いていたところです」
「なら話は早い、僕達で護衛をすることになったから」
どういう訳か、まあ、そういう訳で、俺は怖い盗賊から行商の護衛をすることになった。
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