11話 盗賊団

「あいつらいいんじゃねえか?」


 行商のためアナンの村を出た商人を観察する2人の男と10人の女がいた。

 彼らがアナンの村から近隣の村へと続く道を張り込んで3日、やっと彼らにとってうま味のありそうな獲物が現れた。

 アナンの村は上質な金属製品を作る職人の村である。

 作るという事は売る相手がいるという事。そのためアナンの村で作られた金属製品は商人、もしくは職人が直接、近隣の町や村へ卸すため、この道を通るのだ。


 そして彼らは盗賊、その積み荷を狙ってこの道を張り込んでいた。

 寒空の中、ようやく獲物が現れた盗賊たちは木の上に身を潜め、その時を今か今かと待っている。その様子はご馳走を目の前に舌なめずりする獣だ。

 だがその気持ちに水を差す若い男がいた。


「お前らは見てろよ。親父もだ」

「……しくじるなよ」


 親父と呼ばれた男はあきれた様子で答える。恐らく彼の我儘はいつもの事なのだろう。

 獲物が近づいているため小さな声でのやり取りだが、盗賊の女たちははっきりとその声を聞き取ったようで、気合いが行き場を失って不満そうだ。


「誰に言ってんだ」


 そう言いながら挑発的な笑みを見せると、若い盗賊の男は木の上から倒れるように背中から落ちた。


 頭を真下に地面へとだ。


 木の半ばに達した時、若い盗賊の男は強靭な肉体で無理矢理、足を空中で引っこ抜くように宙を回り態勢をかえて木を蹴り飛ばす。

 何人もの人間を乗せるに足るだけの大木は、小さな人間の踏み付けにより大きく揺らされ、雪が落ちて白から緑へと本来の色を取り戻した。


 盗賊は羽を持つ燕の滑空のように水平に弾かれると、木の揺れる音を聞いた護衛の人間がその方向を見た時には、既に盗賊の持つ刃が首を飛ばしていた。


 護衛の戦士は首を失い、噴水のように血を吹き出すが、その血は盗賊を濡らす事はない。

 既に次の獲物へと向かっているからだ。


「敵しゅ……」


 盗賊の左右の手に持った黒い大鉈が、叫ぶ護衛の女を黙らせる。


 盗賊の着地は既に跳躍だ。

 彼に狙いを定められれば声を発する暇などない。


 更に一人腹を裂かれた頃に、やっと異変に気付いた護衛達が次々に剣を抜き、弓を構えはじめた。


 盗賊は剣を抜いた二人の女の方へと走る。

 女たちの目には盗賊の足に弾かれた雪が、女とは反対方向に吹き飛んでいるにもかかわらず、まるで雪崩が襲い掛かってきているかのように映った。

 女たちは気圧されながらも、長年の鍛錬で染みついた動きで、雪崩のごとく走る盗賊へと剣を振る。


「ビビってんぞ」


 だが盗賊は左右から向かってきた剣を、右の大鉈の横薙ぎの一振りで纏めて吹き飛ばし、左の大鉈で二人の胴を斬り飛ばす。

 血は相変わらず返り血とはならず、雪を染めるのみ。


 足を一切緩めず走る盗賊へ、3本の矢が飛んできた。

 1本は盗賊のいる位置へ、他の2本は盗賊のいない左右へ飛んできている。この盗賊から外れた2本の矢は、外したのではなく避けられないためにあえてそこを狙ったのだろう。

 突然の襲撃にもかかわらず、弓でそのような連携を取れることから、彼女たちのたゆまぬ鍛錬が伺える。


 たとえ女より男が強いこの世界においても、この矢による攻撃を避けるのは至難の業だ。だがこの盗賊は矢を見ていた。


 飛来する3本の矢のうち、2本はこのままいけば自分には当たらない。正面の矢のみ対応すればいい。


 そう考える時間がある程、盗賊には余裕があった。

 盗賊は右手の大鉈を逆手に持って頭の前に掲げ矢を弾く盾とする。

 矢は盗賊の狙い通り大鉈に弾かれると、歩みを止めなかった盗賊が弓を射った女の一人に詰め寄って、左の大鉈で手に持った弓ごと切りこうとした時、突如鉄塊があらわれ大鉈を受け止める。


「貴様……どういうつもりだ」


 言葉に静かな怒りを燃やしながら女を助けたのは、この隊商の中で唯一の男である戦士だった。

 男の武器はこの世界の男が使うには一般的な大剣である。

 その巨獣を砕くために作られた重く頑丈な武器は、盗賊の大鉈の一撃では一切動かない。


「やっと出てきたか。おせぇんだよもう3人やっちまったぞ」

「……ふん!」


 戦士は殿を務めていて直ぐに異変に気付いて走ってきていた。この間、盗賊が現れてから僅か数秒の事で、決して彼は遅くはなく、ただ盗賊の殺傷速度が速すぎただけである。


 盗賊の挑発に戦士は、大鉈を受け止めている大剣を力付く振るって大鉈を頭上へとかち上げる。

 盗賊はまだ20歳にもなっていない若者のようで、刻んだ年数が違う分、どうやら膂力は戦士の方が上のようだ。

 大鉈は盗賊の手から弾き飛ばされ、戦士がそのまま上に構えた大剣を振り下ろす。


「余計なことすんなよ親父……」


 大剣は盗賊の頭上へ振ることはなく、頭上で構えた状態のままで、その首に盗賊の大鉈が突き刺さっていた。

 大剣は後ろに現れた盗賊の父親が握っており、戦士の全力の一撃を片手の握力で無に帰したようだ。


 望まぬ父親の助太刀に、不機嫌そうに文句を言う若い盗賊。

 弾かれた大鉈は一本、盗賊は膂力の違いを攻撃を受け止められた時には理解し、かち上げられた左手の大鉈を自分の腕ごと持ち上げられる前に手放して、右手に残った大鉈で隙をつこうとしていたのだ。


「人は首を斬られようが暫くは動く」

「そんなことはわかってんだよ。親父が邪魔しなければ最後の攻撃も避けれたっつうの!」

「そうかもな」


 怒る盗賊にそれを受け流す盗賊の父親。その様子を見た残りの護衛達は、撤退の判断を下した。


「逃げろ!」


 最大戦力である戦士をやられ、新たな男の盗賊が現れた今、護衛達に勝ち目はない。護衛の叫び声に隊商の人間たちを直ぐに荷物を捨てて逃走し始めた。

 その迷いなく商品を捨てる動きは、焦っての動きではなく、普段から生き残るために、そうするよう訓練していたのだろう。


 対する護衛の女達はその場に残って盗賊の男二人を遠巻きに取り囲む。彼女たちは護衛だ。たとえ勝てない相手だとしても、せめて逃げる時間を稼ごうというのだろう。女たちには覚悟を決めた顔が浮かんでいる。


「ああ~お前らもういいよ」


 だが、もう興味がなくなったという様子で、しっしっと手で女たちを払うしぐさをする。


「荷物置いてったんならもういいからどっかいけ」


 彼らは盗賊ではあって殺人が目的ではない。若い盗賊は闘争を求めたようだが、それも戦士との戦いに水を差され、代わりになるような相手がいないとなるともうどうでもよくなったようだ。

 女たちは警戒し、しばらくその場から動かなかったが、どうやら本当にこちらに興味を失ったと見ると一斉に撤退を始めた。

 

「そろそろ向こうの奴らも帰ってる頃だろう」

「へ~い」


 盗賊は手を挙げて合図を送って、待機させていた女たちを呼んで戦利品を回収させる。


 彼らが隊商を襲ったのはミナト達が来た道とは、アナンの村を挟んで反対方向。

 そして彼らが言う向こうの奴らとは、ミナト達を襲った盗賊である。彼らは最近この辺りに現れた盗賊団だ。


 この若い盗賊の名前はグリード。

 そしてその父親は盗賊団の頭、ダグラス。


 かつて最強と謳われた獣狩り集団、レギオンの生き残りである。

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