27時限目 旧市街にて(2)


 完全な袋小路にあって、ダンテは最初から追い詰められるような形になった。視界の悪い路地裏で、肉食獣のような男達の目がギラリと光っていた。手にはそれぞれ長尺の剣を握っている。


「死ねぇ!」


 一人の男がダンテに突撃してくる。大ぶりに振られた剣をひらりとかわして、ダンテはみぞおちに拳を入れた。


「構えが雑だ。出直してこい」


「……ぐ、おぉ」


 白目をむいた男を、他の三人に向かって蹴り飛ばす。ボゴッと追撃をくらった男はうつ伏せに昏倒こんとうした。


「舐めんなよ、ジジィ」


 残された男は三人。距離をダンテから距離をとっていた。接近戦で仲間がやられたことで警戒した彼らは、遠くから蜂の巣にする作戦に切り替えていた。


魔導弾マドア!」


 男の一人が弾を発射する。続いて他の2人も合わせて、ダンテめがけて雨のごとく魔導弾マドアを浴びせかけた。衝撃で辺りの地面から粉塵ふんじんが舞い上がり、流れ弾に破壊された水道ポンプから、勢い良く水が吹き出した。


 シュウシュウという音ともに辺りは水浸しになり、徐々に砂埃すなぼこりが消えていく。一人の男の合図で攻撃をやめた彼らは、せせら笑いを浮かべながら、ダンテが立っていたところへ足を向けた。


 ピチョン。

 足音が一つ。蜂の巣にしたはずの場所から聞こえた。反応した男たちが身をこわばらせる。まさか、と思った瞬間にはすでに目前に、黒い影が迫ってきていた。


「……がっ!」


 暗がりの中からダンテが現れる。一人を手刀で沈めると、続いてもう一人のあごを剣の鞘で打突だとつする。ぐるんと目をむいて男の身体が崩れる。一挙に二人を倒したダンテは、疲れを見せず平然とした顔で最後の一人の前に立った。


 握った剣は容赦のなく、男の額に向けられている。男は自分の剣を落として、両手をあげた。


「……あ、う……」


「さぁ、知っていることを話してもらおうか。イムドレッド・ブラッドはどこにいる?」


「い、えない……」


「口の利けない舌はいらないんじゃなかったのか?」


 剣を向けられた男はガタガタと震えてひざまずいた。ダンテがかもし出す殺気に、男の全身を恐怖が走っていた。呆然と空いた口が何か言葉を発しようとした時、後ろから呼びかける声があった。


「やぁ、どうにも楽しそうなことになっていますね」


 この修羅場に似合わないすずやかな雰囲気の声だった。舞台の上で聞いたら、よく通りそうな俳優のような精悍せいかんな声色だった。


 ダンテが声のした方向を振り向く。タッパの良い何人かの男たちに囲まれて、黒いロングコートの若者が立っていた。八対二で分けられた銀髪、几帳面そうな四角いメガネの奥の細目は笑っているように見えた。


「リー……ダー……」


 倒れている男が銀髪の男に助けを求めるように、手を伸ばした。


(……早くもご登場か)


 彼の登場で一気に緊張感が増したのが分かる。戦場と同じ血と悪意の匂いを、あの男は発していた。ある程度予想していたとはいえ、ダンテは事態の早さに思わず驚いていた。


「あんたがロス・エスコバルのリーダーか」


「えぇ、いかにも」


 ここまではダンテの計画通りと言って良かった。

 アジトに怪しいやつが来れば、必ず追ってくる。追ってきたやつを叩きのめせば、さらに上の立ち位置のメンバーが現れると踏んでいた。


(だが、リーダー自らが現れるとはな)


 彼を囲む部下の数は十数人いる。おそらくロス・エスコバルの幹部たちだろう。さっきの奴らのように生半可な実力ではないことは、立ち姿を見て容易に理解できた。

 まともに相手をするのは得策とくさくじゃない。ダンテは剣をおさめて、両手を挙げた。


「悪いな、お前らに手を出すつもりはなかったんだ。こいつらがいきなり襲い掛かってきたんだよ」


「ち、違う! リーダー、こいつがブラッドのことを聞いてきたから……」


 叫んで主張した男を、すっと目を細めてリーダーと呼ばれた銀髪の男がにらんだ。たったそれだけで、震えていた男は口をつぐんだ。ガタガタと脚を震わせると、それ以上何も言わなかった。


 銀髪の男は改めてダンテに向き直った。


「すみませんね。メンバーが増えすぎて、末端まで教育が届いていないんですよ。私はパブロフと言います。それで、どういったご用件でしょうか?」


「俺はダンテって言うんだ。ここに来た用だが……イムドレッド・ブラッドを探している」


 ダンテの言葉に、パブロフはまったく表情を変えなかった。落ち着いた様子で視線を動かさないパブロフは、得体の知れない雰囲気をまとっていた。


 何かを確かめるようにジッとダンテのことを見ていたパブロフは、ようやく口を開いた。


「イムドレッド・ブラッドは現在、我が組織に属しています。確かに居場所は分かりますが、会ってどうするつもりですか?」


「話がしたい。俺はソード・アカデミアの教師だ」


「教師……」


 そこでパブロフの表情が変わった。「ははは!」と吹き出すように笑い始めた彼は、乾いた笑い声を路地裏に響かせた。


「いや失敬。えらい恐ろしい教師がいたものですね」


「事実だ。イムドレッドの退校は決まっていない。ロス・エスコバルに属する前に、俺のクラスの生徒でもある」


「へぇ……」


 笑みをやめたパブロフは隣の屈強な男に視線をやった。男は自分の背の高さほどもある長尺の槍を持っていた。


「トニー、どう思う?」


「嘘をついているとは思いません」


「私もだ。だが、あの男は相当に強い。ひょっとしたら、お前よりもずっと強いかもしれんぞ」


「まさか」


 トニーと呼ばれた男は槍を握る手に力を込めた。


 再び嫌な緊張が走る。いつでも槍を振るえるように、トニーが戦闘態勢を整えているのが分かる。


 ……ただの威嚇いかくだ。こらえろ。ダンテは自身の剣から手を離しながら、パブロフに問いかけた。


「話がしたいだけだ。お前らをどうこうするつもりはない」


「イムドレッド・ブラッドは我が組織の強力な武器です。ブラッド家が所有する異界物質の価値を分からない訳でもないでしょう。ここはお帰りいただきたいのですが」


「それはできない。イムドレッドを出してもらおう」


「……そうですか。それでは」


 パブロフが合図をする。トニーが槍を持って、パブロフの前に立った。黙したまま、その先端をダンテの額に向けている。明らかに殺すつもりであることは間違いなかった。


「そっちがその気ならそうするしかないか」


 ダンテは肩を落として、剣に手をかけた。もう逃げられはしないだろう。厄介な相手だったが、自分に分があるとダンテは見込んでいた。


「……待った」


 身も凍るような緊張感の中、声をあげるものがいた。パブロフの後ろから歩いてきた男が、正面から近づいてくる。その人影はフードを目深にかぶっていて、表情までは分からなかった。


 取り囲んだ男たちを制すると、その人影は呆れたような声で言った。


「パブロフ、あんたらしくもないな。こんな狭い通りでやり合ったら、数の利が活かせない。この男はそれを分かっていて、この袋小路まで誘い込んだんだ」


 ダンテが組んだ作戦を一瞬で見通して、人影はパブロフに小言を言った。


「どうせやるなら、もっと奇襲しがいがあるところを選べ。これじゃあ良いようにやられるだけだ」


「すまないね。君のこととなるとつい、平静を忘れてしまうみたいだ」


「……もう良い。この人は本当に俺の客人みたいだ。あんたらは下がっていてくれ」


 男はそう言うとフードを外して素顔をさらした。肩の近くまで無造作に伸びた黒髪。切れ長の目と端正な鼻筋。薄い唇が開いて、彼は自らの名前をつぶやいた。


「初めまして。俺はイムドレッド・ブラッド。信じられないが、あんたが新しい教師なんだな」


 ダンテが剣をおさめてうなずくと、イムドレッドは「そうか」と年相応の少年のような笑みを浮かべた。

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