8時限目 少女の恐怖
貴族学校を卒業した生徒たちはほとんどが国政の道へと進む。その最たるものが、国王の下に設置された行政司法機関『
そのための実践戦闘。
強く優秀な人間でなければ、優れた臣下は務まらない。
「行くニャ!」
最初に動いたのはミミだった。あろうことか模擬剣を投げ捨てて、素手のままで跳んできた。人間離れした跳躍力は、彼女の身体的な特徴によるものだった。亜人であるミミは、下半身が恐ろしく成長している。
「もらったニャ!」
「……おいおい、動きやすいからって、いきなり武器を投げ捨てるのはナシだろ」
「ニャ?」
彼女の攻撃を軽々とかわして、ダンテはミミの尻尾をつかんだ。
「ほうら、捕まえた」
「あっ……尻尾はだめニャ……」
「動きは悪くなかったけどな。3点」
「ニャーーーー!」
ダンテは手近な木の上にミミを放り投げた。高い
「強い……」
「さぁ、早くも一人脱落だぞ。どうする?」
かかってこいと言わんばかりに
まずマキネスが動いた。
模擬剣をダンテに向けると、彼女は静かに
「
守護魔導。
本来は自分たちの周りに結界を施す魔導だったが、出てきたのは案の定うごめく触手だった。模擬剣の先端からはじき出されるようにして出てきた触手は、鞭のようにしなりダンテに突撃していった。
「……本当に何やっても触手になるんだな」
手刀で触手を両断した彼は、
「隙……ありですっ!」
シオンが模擬剣を振り下ろす。思いきりの良い攻撃だったが、ダンテはその切っ先を二本の指だけで抑えた。
力いっぱい振り下ろしたはずなのに、ビクともしない。押すことも退くこともできずに、シオンは棒立ちになってしまっていた。
「狙いは良かったが、パワーが足りんな」
「うっ……」
「ジリ貧だぞ。降参するか?」
「……いや、まだです。マキネス!」
「先生……ごめんなさい。
その言葉と同時にダンテの視界を触手が覆う。ぐじゅぐじゅと音を立てて向かってきた触手を避けるために、ダンテはマキネスを放して後退した。
「もうべとべとは勘弁だ」
その一瞬をシオンは見逃さなかった。
ダンテの行動を予想していたかのように、シオンの手のひらから黒い光がひらめいた。魔導展開。模擬剣を振り下ろす前から、シオンは魔導の行使を準備していた。
「
シオンが放ったのは弾丸のように飛ぶ衝撃波。まともに喰らえばその箇所に、少なからず痛みを与えられる。シンプルで使い勝手の良い初等魔導。タイミングも完璧だった。
「悪くない」
「
マキネスのものとは異なる、狂いない魔導結界。
正面に展開したダンテの魔導は、シオンが放った攻撃を全て受け止めた。あっさりと霧散した魔導弾を見て、シオンはがっくりと肩を落とした。
「そんなぁ……」
「だが今一つだったな。チェックメイトだ」
「……あ」
「えっ」
シオンとマキネスはつの間にか後ろに回り込んだダンテに身体を掴まれていた。そのままポイッとミミと同じ
「うわああああ」
「……きゃああああ」
「シオンは7点。マキネスは4点だ」
粗が多すぎる。実戦経験が圧倒的に足りていないのが、三人に対するダンテの評価だった。それでも叩けば幾らでも伸びそうな可能性は感じる。
「さて、残るは……」
ダンテは一人、模擬剣を持って固まるリリアを見つめた。
「リリア。また気絶しているのか?」
「うう……」
「今回は意識はあるようだな」
リリア顔いっぱいに汗をかきながら、ダンテと向かい合っていた。模擬剣を持つ手は震えていて、押せば崩れそうなほどに弱々しかった。
それでも彼女はダンテの前に立っていた。
「どうして……」
ダンテはそんな姿を見て問いかけずにはいられなかった。
「どうしてまだ立っている。逃げ出したかったら、逃げ出しても良いんだぞ。戦うのが怖いなら、無理して戦う必要はない」
「わ、私は……」
「お前はお前だ。戦わなくても、人間は生きていける。剣を置いて生きる道もある。悪いことは言わない。それも選択の一つだ」
「……っ」
リリアは自分の唇を噛み締めた。膨れ上がる恐怖を押さえ込んで、彼女はなんとか言葉を発した。
「わ、私は……剣聖の娘……で」
「それはお前が戦う理由にはならない」
「でも……こんな……」
どうして震えが止まらないんだろう。彼女は自分でも不思議だった。剣を怖いと思ったことはない。けれど、立ちはだかる人間を前にすると、どうしても剣を振ることができなかった。
恐怖に心が飲まれる。
何もかもが怖くて仕方がなくなる。
どうして? どうしてなんだろう?
「リリア」
「う……うわああああああ……っ!」
叫びながら、目の前の敵へ突っ込んでいく。剣を振り上げて、がむしゃらにリリアは剣を振った。
空を切った模擬剣は彼女の手からこぼれ落ちる。崩れ落ちたリリアの身体をダンテが支えた。案の定びっしょりと汗をかいて、失神している。
「……これは重症だな」
ダンテはぐったりと気絶したリリアの身体を抱えた。
強いトラウマ。精神的な問題が彼女を戦闘から遠ざけている。武器を持つことがキーとなり、彼女の心に恐怖が流れ込んでいる。ダンテは彼女のイップスを確信していた。
この子を卒業させるには、それを克服しなければならない。曲がりなりにも剣を持って生きていくのだとしたら、この難点を乗り越えなければ道はない。
「何もここまで追い詰めることはなかっただろうに」
こんな少女が、あそこまで恐怖に怯えながら剣を振るわなければならないことに、ダンテは強く同情した。
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