2時限目 剣聖の娘
貴族学校ソード・アカデミアは文武両道を目指し、国家を運営するのにふさわしい貴族を育成するために創立された。
一三歳から一八歳の男女が集められ、五年の間、親元を離れて帝王学を学ぶ。優れたものから「パラディン」「ルーク」「ボーン」にクラス分けされ、最も優れた「パラディン」クラスのものは、国家の要職に就くことが約束されている。
競争激しい貴族たちにとっての大きな登竜門が、このソード・アカデミアだと位置づけられている。
「クラス『ナッツ』か……」
ダンテは混乱していた。
事前に仕入れていた知識と違う。アカデミアのクラスは3つ。4つ目のクラスなんて聞いていなかった。自分が置かれた状況を理解しようと考え込むダンテを見て、シオンはおかしそうにクスクスと笑った。
「びっくりしました? 僕たち、成績が悪かったり、素行不良でここに厄介払いされているんです」
「前任の教師はどこにいったんだ?」
「一ヶ月前に
「その前の人は一週間で来なくなったニャ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ダンテは握りつぶした手紙を見た。
アイリッシュ卿からの依頼は『全員を必ず卒業させること』だった。要はこの退学寸前クラスを立て直せというのが、本音ということだろう。
(あの婆さん、とんだ厄介仕事を押し付けてくれたな)
とはいえ、今の所やる以外の選択肢がないのも確かだった。王都兵をクビになったダンテには居場所がない。ここでアイリッシュ卿の依頼を断れば、今度は
やるべきことをやるしかない。ダンテはとりあえずの現状を把握することにした。
「この『ナッツ』のクラスは何人いるんだ?」
「五人。みんな、僕と同じ二学年ですよ」
「リリアなら裏の林にいるニャよ」
「リリア?」
「リリア・フラガラッハ。ナッツの一人ニャ」
ミミは窓の向こうにある林を指差した。雑草の生い茂る校庭の奥に、背の高い木々がまっすぐに立っている。
「フラガラッハ卿。剣聖のご令嬢か……あんなところで何をしているんだ?」
「一人で剣の修行をしているんですよ。素振りとか、いろいろ」
フラガラッハ家は王国内でも有名な剣の流派の一族だ。何人もの優れた剣士を輩出しており、当代のフラガラッハ卿は剣聖として有名だった。
「行ってみますか?」
「頼む」
「こっちニャ。こっち」
机からピョンと跳ねたミミは、教室の隅っこの壁に突撃した。くるんと回転した木の板は、裏へと続く抜け道になった。
「からくり屋敷か。ここは……」
「ボロいから色々と近道があるんですよ」
ひらひらとスカートをはためかせて、シオンはダンテを案内した。林の方へ近づいていくと、気合の入った少女の声が彼の耳にも届くようになった。
「やああああっ!」
木々の隙間から木刀を持った少女の姿が見えた。長い茶髪を後ろ手で結んで、等身大の
「あの子がリリアです」
「ほう。なかなか堂に入っているじゃないか。しっかり鍛えている」
構え、剣速、威力。
ダンテが見る限り、王都の新兵よりずっと手練れていた。今に至るまで、しっかり鍛錬を重ねてきたことがうかがえた。
「おーい、リリアー!」
「……む」
シオンの声にリリアが手を止めた。木刀を握ったまま、くるりとこちらを振り返った。
「どうしたのシオン。……誰、その人」
「新しい先生だよ。今日から来るって言ってたじゃん」
「そういえば、そんなこと言ってたね」
リリアは額の汗をぬぐって、ダンテの顔を見た。
「王都兵をクビになったって聞いてる」
「余計なお世話だ。なんでフラガラッハ家のご令嬢が、こんなところにいるんだ」
「それこそ余計なお世話だよ」
リリアはむすっと口を
「バカにするつもりはなかったんだ。むしろ良い意味でだ。お前には十分な実力がある。どうだ、俺と打ち合ってみるか。勝ったらクラスを上げてもらうように交渉してやるよ」
「……え?」
「軽いかかり
「稽古……」
リリアの表情が固まる。瞳を揺らした彼女は、ダンテが握った木刀を見ていた。
「先生、それは止めた方が……」
「口を挟まないで、シオン。良いよ。やるもん」
ごくりと
「それくらいできる」
「安心しろ。こっちは当てはしない。思いっきり打ってこい」
ダンテはリリアの打ち込みに身構えた。
こんな実力者を、まともな訓練設備もない山の中で腐らせておくのはもったいない。アイリッシュ卿に直談判しよう。生徒も減らせて一石二鳥だとダンテは心の中で考えていた。
「よし、来い」
「……」
まずは初撃。フラガラッハの剣術は一撃必殺だと聞いている。一度打ち合えば実力が分かる。
「どうした」
「……」
沈黙。
リリアなかなか仕掛けてこなかった。木刀を持ったまま、身じろぎもせずダンテのことを見ている。
よほど慎重なのか。
「おい。もう攻撃してきて良いんだぞ」
「……」
間合いを詰めてくるダンテ。それでも彼女は動かなかった。
「あのー……先生……」
口を挟んだのはシオンだった。リリアの前に立つと、彼女の手から木刀を取った。それでもリリアは固まったまま動かなかった。
「なんだ、どうしたんだ」
「リリア、気絶しちゃってます」
「気絶?」
シオンが頷く。
ぽんぽんと頭を二回叩くと、リリアの身体がぐらりとシオンに倒れかかった。シオンが言った通り、リリアは完全に気絶していた。
「どうして……」
「彼女、人に対して剣が触れないんです。触れようとすると、怖くなって気絶しちゃうんです」
「そんなバカな」
「本当です。リリアは戦闘恐怖症なんです」
ダンテが顔を覗き込むと、リリアはぐるぐると目を回してしまっていた。
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