ソード・アカデミア 〜兵団を追放された俺は、落ちこぼれ美少女たちを一流魔導師に育てて成り上がります〜

スタジオ.T

1時限目 ダンテ元王都兵


 馬車の窓から見える景色は、小一時間前と様変わりしていた。王都の中心部から離れて、馬車は人里離れた森の中を進んでいた。


「何にもねぇな。ここ」


 脚を組んだ短髪の男がぼそりと呟いた。二十年近く住んでいた王都を離れるのがよほどの未練なのか、目の前に座る案内役の女性に愚痴っぽく言った。


「酒場の一つもないのか」


「当然です。貴族のご子息たちが通われる場所です。そのように行儀の悪い姿勢は、教育によろしくないですよ、ダンテ元王都兵」


「はいはい、『元王都兵』ね」


 目の前に座る案内人の女性にとがめられて、ダンテと呼ばれた男は肩をすくめた。それでも姿勢を崩したままの彼に釘をさすように、その女性は言った。


「あなたがここにあるのも、アイリッシュ卿のご慈悲じひだということをお忘れなく」


「分かってるよ。しかし慈悲にしても妙な話なんだよ」


 手元の紹介状を見ながら、ダンテはため息混じりに言った。まさか自分が学校の教員をやることになるとは、思ってもみなかった。困惑と懸念けねん。彼の脳裏には一ヶ月前の軍事裁判が浮かんでいた。


『王都兵団第三部隊 ダンテ小隊長

 任務の際に持ち場を離れて、

 護衛対象であるバーンズ卿を負傷させた。

 軍の規律を乱す重大違反行為であり、

 相応の処分が求められる』


 その訴状に嘘はなかった。命令違反を犯したのは事実だった。魔獣に囲まれた仲間を救出するためにダンテは持ち場を離れ、動揺したバーンズ卿は転んですり傷を負った。


 そのすり傷を『負傷』とするなら、確かに大問題だった。


「一兵卒が命令を守らんとは何事だ!」


 本来であれば些事さじで済む話を膨らませ、軍上層部に圧力をかけたのは、他ならぬバーンズ卿だった。逆上した彼は、ダンテを厳しく罰するように上層部をけしかけた。


 命令違反であることは間違いない。

 ダンテが兵団をクビになるのは確実だった。バーンズ卿は王都を司る二八人の賢老院けんろういんの一人だ。彼が手を回した軍事裁判で、ダンテが無事でいられるはずがない。最悪、牢獄にぶち込まれることも彼は覚悟していた。


「被告人の王都兵団追放を命じる。しかし、その代わりに……」


 それに水を差したのは同じく賢老院であるアイリッシュ卿だった。変わり者として知られる女老にょろうがダンテに告げた。


「ソード・アカデミア臨時教員の職を命じる」


 何を言っているのか理解できなかった。ダンテの頭は真っ白になり、『教員』というこれまでの人生でまったく縁のなかった単語が、頭の中でぐるぐると回り始めた。


 思わず被告席から身を乗り出して、彼は叫んだ。


「おい、待ってくれ……アカデミア? 教員? 何を考えているんだ?」


「詳細は追って通達する。以上」


 軍事裁判は予想外の判決で閉廷した。

 牢獄行きより突拍子もない事態。断ることもできず、ダンテは流されるままに、今現在、青年貴族養成学校『ソード・アカデミア』へと運ばれていた。


「一体、アイリッシュ卿は何を考えているんだ?」


「私には分かりません。どの派閥にも属さない自由な方ですから」


「『必ず全員を卒業させること』か。貴族の坊ちゃん方なんてどうやったって卒業するだろうに」


 ダンテはアイリッシュ卿から渡された手紙を見ながら言った。担当するクラスの全員を卒業させれば、王都兵団に復職させると書いてある。やることは子ども相手の実施訓練だ。それくらいなら、片手間で終わらせることができる。


 条件としては破格と言って良かった。つまり処罰にしてはぬるすぎる。


 何か裏があるのかと考えながらも、検討はつかず、馬車は森の一本道の行き止まりにたどり着いた。


「到着しました。馬車の外へ」


「ここが……」


 現れた巨大な建物を見て、ダンテは目を見張った。

 巨人のように立ちはだかる黒い正門。荘厳な彫刻が施されている校舎は遥か遠くに立っており、歩くのが嫌になりそうな広々とした庭が広がっていた。


「でかいな。さすが貴族学校だ」


 門に手を置いたダンテを、案内人が止めた。


「ダンテ元王都兵。そちらではありません。こちらへ」


「そっち? 校舎はあれだろ?」


「いえ、もう一つあります」


 彼女は門を通り過ぎて、薄暗い獣道へと入っていった。


「おいおい。嘘だろ」


「本当です。馬車はここから先へは入れません。あなたの担当は旧校舎のクラス。道が入り組んでいますので、迷わないように注意してください」


「……嫌な予感がしてきた」


 清潔な校舎。利口で礼儀正しい生徒。ダンテが描いていた穏やかなイメージが崩れていく。


(どうもきな臭い)


 その予感は獣道を抜けて、今にも崩れそうな木造の校舎を見て、さらに確信に近づいた。傾いた入り口は人気がなく薄暗かった。校舎というよりお化け屋敷と言った方が良かった。


「こちらになります」


「ここは……貴族学校じゃなかったのか」


「こちらは以前使われていた旧校舎です。生徒たちは中で待っているとのことです。私は仕事がありますので、それでは」


「もう行くのか」


「これ以上は勤務外です」


 言うや否や案内人は来た道を戻っていった。関わり合いになりたくないというのが、その背中から伝わってきている。去っていく彼女を見送って、ダンテは改めて旧校舎に視線を送った。


「こんなボロ校舎に本当に生徒がいるのか……?」


 ダンテは恐る恐る校舎の中に入っていた。その足元を、ネズミがサッと走り抜けていく。半開きのロッカーには蜘蛛の巣も貼っていて、ますます幽霊屋敷のようだった。


 一階の廊下を覗くと、ひとつだけ明かりが灯っている教室があった。話し声も聞こえた。扉の前に立ち、一つ息をついて覚悟を決めて、ダンテは扉を開いた。


「あ、新しい先生だ! おはよーございまーす!」


 明るい声が彼を出迎えた。


 金髪のツインテールの少女。

 長くサラサラとした髪は、彼女が寝転んでいる長机から、床の方まで伸びている。仕立ての良さそうなドレスの上には、巨大な灰色の毛玉のようなものが乗っかっていた。


 ダンテに挨拶をした少女は、チョコレート菓子を口に放り込みながら言った。


「初めまして僕はシオンです。ねぇ、新しい先生ですよね」


「そうだ。おい、他の生徒はどこに行った?」


「ここにいますよ。一人」


 シオンが毛玉をポンポンと叩くと、毛玉だと思っていたものがムクリと起き上がった。


「なんだニャ。もう朝ごはんかニャ?」


「違うよ、ミミ。新しい先生だよ」


「ニャ?」


 大きな琥珀こはく色の瞳がダンテを見た。

 頭からぴょこんと突き出した猫耳。灰色のふさふさとした毛は、頭からつま先までを覆っている。顔をグシグシとこすりながら、ミミと呼ばれた少女は「おはようございますニャ」とお辞儀をした。


「亜人……」


「そうです、ミミは特待生なんですよ」


「驚いた。貴族学校だと聞いていたんだが」


 亜人種の貴族は存在しない。当然のようにこの学校に入学するものは純潔の人間に限られると、ダンテは思っていた。


「アイリッシュ卿さまのお陰で、特別に入れてもらったニャ」


「そうか。そうなのか……」


 理解が追いつかない。

 この教室には見渡す限り二人しかいない。一人は長机の上でだらしなく、お菓子を食べていて、もう一人は亜人だった。思い描いていた貴族学校と違う。


「他の生徒は?」


「うーん、どこかにいるんじゃないですか」


「……顔合わせの日だと聞いたんだが。どこにも見当たらないぞ。そもそもこの教室はなんなんだ」


「あれ、もしかして先生、僕たちのこと何も知らない?」


「あぁ、何も」


「そうなんだぁ」


 ふふと悪戯っぽくシオンは微笑んだ。ミミと顔を合わせて「どうしようね」と首をかしげた。


「なんなんだ。教えてくれ。いったいここはどういう場所なんだ。貴族の集うアカデミアじゃないのか?」


「合ってますよ。でも僕たちはクラス『ナッツ』。最底辺の四個目のクラスです」


「ナッツ……?」


 シオンは頷いて、言った。


「退学寸前の落ちこぼれ集団です」


 あぁ、嫌な予感はこれだったのか。

 ダンテは思わず紹介状を握りつぶした。


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