第26話 耐え

 世界保健連盟事務総長アルテロは、世界の全人類に向けて、ただただ耐えるよう促していた。


効果的な対策、治療、ワクチンの開発が完成するまで耐え忍ぶ生活をするように。


病原菌は人との接触を最低限にすれば感染しないタイプだという事だけは確認されていた。


麻疹の様に空気感染しないという事は、この病原菌としては唯一と言って良い朗報だった。


しかし、広がってしまってからの耐え忍ぶ生活の効果は限定的。


人間は生命を維持するため、必ず食料や医薬品は必要となる。


スーパーやドラッグストアに買い物に出なければならず、そこから感染して、家族間感染が発生する状況にまで陥っていた。


医療現場では、医師、看護師が必死に耐え毎日毎日運ばれてくる感染者の対処療法に追われていた。


外出自粛が呼びかけられても必ず働かなければならない者もいた。


医療従事者の他にも、食糧を生産する人、加工する人、運ぶ人。


電気、ガス、水道を支える人。


ゴミを回収する人。


消毒作業に従事する人。


テレビ番組を作る人。


ラジオ番組を作る人。


新聞を作る人。


治安を守る人。


埋葬をする人。


様々な業種、働かねば人間が築いてきた文明を根底から壊してしまう。


その様な人達が存在しなかったら、外出自粛も出来ない。


耐え忍ぶだけでなく、感染のリスクの恐怖から耐えている人達も多く存在する。


そして新薬開発のためにプレッシャーから耐え続けなければならない科学者。


様々な人々が『耐え』ていた。


しかし、当然『耐え』が出来ない人もいる。


様々な理由を付けて観光地へ行く。


観光施設が休みだからと、山や海や人里離れた地へ。


健康のためと理由を付けては散歩、ジョギングをし、サーフィンをし、海で泳いだ。


その者達を批難する報道番組。


しかし、『価値観』が違う者を単純に批判しているだろうか?


日本と言えば、定年退職は年々伸ばされ、税金は上がり続け、住みにくい国になっている。


そんな国で生きていて、『耐え忍んで長生きしましょう』と、言って説得力があるのだろうか?


若者は老後の生活に夢や希望を一切見ていない。


むしろ、老人になりたくない。


『その前に病気で死ぬなら本望』『なるようになるだけ』『今年のさくらは今年しか見られない』様々な思想は出てくる。


それを単純に批判して良いのだろうか?


耐え忍ぶ生活を強いるなら『ご褒美』が必要だ。


しかし、そんなことをわかっていながらも、政治家は目を背けただただ言葉の矛盾を生じている『自粛』を呼びかけていた。


他の者から強制される『自粛』・・・・・・『他粛』ではないのだろうか?


言葉の揚げ足取りは良いとして・・・・・・。


外出自粛を強制すると当然観光業、飲食業を中心に次々と廃業を選ぶ者が出てきた。


強制自粛が終わったとき、今までと同じ景色は見られるのだろうか?

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