第6話 取り調べ1
厚生労働省キャリア官僚、宇都宮秀男と珂湊比呂志(なかみなとひろし)は、警察署の取調室で二人っきりとなっていた。
本来警察官がするべき取調だったが、上からのお達しで内密に厚生労働省が取調を行うこととなった。
警察官もまた、『人間』、人の子、家族を持ち、恋人を持ち、友人を持ち、大切な人が必ずいる。
そうなれば、一人や二人、難病にかかっている者はいるだろう。
高齢化社会が進んだ現在、祖父母や両親が老化で不自由な生活をしていることだって極々一般的だろう。
その様なときに、遺伝子治療と言う一筋の光が見えれば、喉から手が出るのは人間としての当たり前の感情だ。
そうなってしまえば、那珂湊教授は無罪放免にされかねない。
身辺調査が済んだ者であり、また科学に精通し、遺伝子改造治療に嫌悪感を持つ者が取調をするのは当然だった。
そして、既得権益を守り、今まで人類が叫んでいた道徳を守り抜こうとする者だけが、この那珂湊比呂志教授に対峙できた。
「お子様は今どちらに?」
遺伝子改造治療を行った那珂湊教授の子供は行方不明になっている。
「宇都宮君、答えられると思うか?答えると思うか?マスコミのおもちゃにされるだけ。子供達には極々当たり前な静かな環境で成長して欲しい。その為に手は打ってある」
「答えないなら、あなたが殺してしまったことにすれば良いだけのこと。そうなれば気の狂ったマッドサイエンティストが、ありもしない技術を発表した。と、大々的に言えますからね」
「はははっ、とある信用できるところに預けてあると発表したではないですか?嘘だと思いますか?」
那珂湊教授が言うと、沈黙がしばらく続いた。
「そうですか、シナリオは、もう出来ているのですね?そのシナリオ通りに事は進んでいる?」
「私は、この技術を一般的なものにすると決めたのだよ。どんな手を使ってもね。その為に協力者も得ている」
「日本国政府が作ったシナリオを発表した場合、あなたが預けた先が子供達や他の治験者を使って技術の証明をする。そう言うシナリオを教授あなたは既に書いた?」
「そう言うことだ」
「くっ、出国したのが確認できているというのが厄介ですよ」
と、宇都宮秀男は苦虫を噛みつぶしたような苦々しい表情で那珂湊教授を睨み付けていたが、那珂湊教授は目を閉じ沈黙した。
那珂湊比呂志教授の子供達は出国は確実にしている。
その為、そう簡単に父親が殺したとはできなかった。
その様に発表してしまい、後から『私達は元気です』と、何らかの信用できるような動画を投稿されれば、日本国政府発表の信頼性は完全に否定されてしまう。
子供達を確保した上で、那珂湊比呂志教授が殺してしまったと発表するのが理想的なシナリオだった。
子供達を本当に殺す必要はない。
日本国政府が協力を得られたような場所に幽閉してしまえば良いのだから。
その為、必死に探しているが途中から完全に足取りがわからなくなっていた。
まるで国レベルのスパイが関与しているかのように。
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