第2話 記者会見
202x年11月29日
国立帝都大講堂
「え~本日はお忙しい中お集まりくださいましてありがとうございます。本日は帝都大附属病院生物遺伝子学教授、那珂湊比呂志(なかみなとひろし)から大変重大な発表があります。今、しばらくお待ちください」
と、マスコミ、取材記者が大学の講堂に集まるなか、スーツ姿の30歳くらいの眼鏡をかけた、いかにも事務員的な青年が挨拶をしていた。
マイクや、写り具合などのテストを兼ねながら。
すると、集まっていた記者から
「内容を聞かされていないのですが?」
「勿体ぶらないで概要だけでも発表してくださいよ」
と、内容を知らされず大変重大な医学的進歩の記者発表があることだけを知らされ集められた記者達が苛立ち、質問をしていた。
「申し訳ありません。内容が重大なため教授本人からの発表になります。どうか御容赦下さい」
そう、青年は謝罪を繰り返していた。
青年は、那珂湊比呂志の一番弟子、発表の詳細は聞かされていたと言ううか、詳しく知っている当事者の一人だったが、それを口にする事はなかった。
会見場には30人程のマスコミ関係者が集り、那珂湊比呂志の現れるのを待っていた。
大変広い講堂で500人のキャパシティはあったが、内容が発表されていなかったので、集まったのはその数だった。
内容が発表されていたなら、このキャパシティでも足りないほどだっただろう。
那珂湊比呂志教授は、遺伝子学会でもそれなりに名の通った人物で、遺伝子治療推進派であった。
ノーベル賞も近いのでは?と、噂されるような人物。
その教授の記者会見となれば、内容がわからなくても、それなりには人は集まった。
新発見や新薬の発表、革新的な治療技術の発見などが予想される。
その為、詳しい内容が発表されなくても。
指定した時間になると、講堂の扉が開くと一礼して入ってきたのは、那珂湊比呂志教授だ。
紺のスーツに白衣を着た50代半ばの背は高く痩せ、髪は銀色に近いくらいに白髪が多いそんな人物が那珂湊比呂志。
カメラのフラッシュが光るなか、一番前の中央に設けられた席に一礼して腰を下ろした。
「本日は御忙しい中、皆様に集まりいただきまして、ありがとうございます。本日の会見はあまりにも重大なため、隠蔽や印象操作をされないよう、複数のSNSを通して動画配信を生でさせていただきますことを御容赦下さい」
最初の発表は記者会見方法の謝罪から始まった。
「マスコミを馬鹿にしてるのか!」
一人のやさぐれた記者が声を高々にあげた。
それはそうなる。
マスコミを集めておきながら、SNSなどでライブ配信をすると言うのだから記事にするがわにしてみれば、翌日に出す新聞の記事など遅れた情報になるのだから。
新聞や雑誌は今では遅れた情報源となっていたため、危機感が記者達を殺気立たせいらだたせていたのかもしれない。
SNSニュースの誕生で新聞や雑誌は大きく売上を下げていた。
テレビも、地上波を見ない人は多くなっており、インターネットテレビなどの視聴率が上がっていた。
21世紀は20世紀までの報道ありかたから、変わる分岐点となっていた。
「申し訳ありません。マスコミの皆様を信用していないわけではありません。事が重大なために揉み消されないよう、無かったことにされないよう真実を国民の皆様、いや、全世界の皆様に知っていただくための措置だと思っていただきたく、謝罪いたします。そして、ご理解していただければと思います」
と、那珂湊比呂志教授は言葉を続けた。
「誰が揉み消すとお考えか?」
と、新聞記者が質問をしていた。
まだ、本題すら発表がされていないのに。
「はい、厚生労働省、いや、国が揉み消すと思いますので」
その言葉で一時、会場は静まり返った。
とある記者のゴクリと唾を飲み込む音が会場に響くくらいだった。
「何をふざけているのですか?あなたは遺伝子研究者、クローン人間でも作ったのですか?」
と、雑誌記者が質問をする。
「では、皆様も聞きたいと思いでしょうから発表いたします。久慈川君、ネット配信のほうは大丈夫だね?」
と、先程司会をしていた青年に指示を出す那珂湊教授に対して久慈川助手は、手元の5台程のパソコンのモニターを見て、大きく両手で頭の上で丸をジェスチャーをした。
そのジェスチャーで那珂湊教授は大きく深呼吸をしてひと言、言葉を出した。
「遺伝子改造治療を実行しました」
「それは動物実験をしたと言う話の類いですか?」
と、大したことない発表だなと落胆の表情を見せる記者が質問をしていた。
まだ、話の途中だというのに。
「とりあえず話を聞いて下さい。
遺伝子治療をしたのは人間です。
我が子三人と、他数名に対して実施しました。
我が子三人は、先天性遺伝子異常による病気でした。
根本的治療手段はなく、薬での対処療法しかありませんでした。
治療ではなく、延命措置です。妻はその病気で命を落としました。
その対処療法にも限界で、予断の許されない状況に陥っておりました。
そこで私が下した決断は、私が研究をしていた正常遺伝子細胞移植術による治療です。
遺伝子の書き換えと言った方がわかりやすいかもしれませんね。
動物実験においては成功を重ねてきましたが、人間への治験の許可はおりませんでした。
私は厚生労働省に何度も何度も頼みました。
今にも死にそうな子供に治験をさせてくれと。
治療手段がなく、放っておいたら死ぬ子供達なんです。死ぬ病気なんです。
しかし、出された答えはNOでした。
そこで私は、無断で自己の判断で正常遺伝子細胞移植術を実行しました。
もちろん、子供達に実行する前に自らに移植し安全性を確認した上でです。
子供達には三ヶ月前に、この治療を実行しました。
結果、子供達は学校に通えるまでに健康になりました。
先天的難病の根治成功です。
今回、この発表をするにあたって子供達には、とあるルートを使いまして海外に移住させておりますので取材は子供達にはしないようしていただきますようお願いいたします」
と、発表したあとテーブルに置いてあったコップの水を飲み干した。
那珂湊比呂志教授の全ての動き表情を捕らえようとカメラのフラッシュは止まらなかった。
「那珂湊教授、それは本当なんですか?」
「はい、嘘偽りはありません」
「遺伝子操作じゃないですか?」
「はい、遺伝子操作と言うより、書き換えと言ったほうが正確かも知れませんね」
「あなたは神の領域を侵したのか?」
「言われると思ってました。あなたは神を信じる人ですか?私は科学者でありますが、神仏を信じ祈ってはきました。どうか子供達を助けてくれと、しかし、奇跡は起きなかった。ですが、神は私に正常遺伝子細胞移植術による治療へ導いて下さった。だったら、なぜ、それが神の領域を侵した事になるのか教えて下さい」
「そんなこと、詭弁だ!神をも恐れぬ者の詭弁だ」
そう、一人の記者が顔を真っ赤にして言っていた。
その後ろに座っていた記者が今にも飛びかかりそうな怒鳴っている記者の肩を上から押さえつけて、立てないようにした上で、那珂湊教授に質問をしていた。
「その正常遺伝子細胞移植術は、あなたの子だけに対応しているのですか?」
「いえ、今回、私の子に行ったのは患者の遺伝子細胞を培養して正常な遺伝子だけを取りだし、それを培養した上で移植する治療手段です。遺伝子異常による病気であるなら全患者に対応出来ます。ですので、先天性遺伝子異常だけでなく癌にも治療は可能です。アルツハイマーや後天性免疫不全にも効果があります。さらに老化で傷付いた細胞も若返らすことで老化を止めるどころか若返ることも可能です。また、今、確認されているウイルス、菌に対しても抗体遺伝子を組み込むことで感染しなくなる事も自身の体を使って確認済みです。遺伝子治療法は複数のパターンが完成しております」
「貴様は神を愚弄するのか」
と、吠える記者に対して押さえつけて立てないようにしている記者は涙を流していた。
「教授、どうか私の妻も治してください。お願いいたします」
「もちろんです。私はこの治療手段を世に広めたい、その為に今日の会見を開いたのです。無かったことにされないようにするためにネット配信をしたのです。全世界の人々が苦しむ難病から助けたくて。遺伝子治療こそがこれからの医学です」
と、言ったところで小銃を手にし、武装した10人程の全身黒色の戦闘服に身を包んだ者が入ってきた。
「警視庁所属特務部隊だ、全員その場に伏せろ!」
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