第4話  希望

 千三が昨日までの日々やっていたことと言えば、仕事の後に酒を飲み、休みにはゴロゴロ寝るか女郎屋に通うぐらいのことだった。

 それでも寝る所があり、腹一杯に飯が食えるし酒が飲めることは今までにない贅沢で、それだけで充分満足だった。

やがて、小金が貯まり、何ができるか考えた時、女郎の梅吉が頭に浮かんだ。

「あいつといつも一緒に居たい」

 仲間二人に打ち明けた。

「所帯を持とうと思うんだ」

  

    

「あいつだって幾人も客を取ったり客が無かったり、そんな生活よりは俺と一緒になった方が楽じゃねぇか。二人とも食う心配だけは無くなるぜ」


「それに毎日ただでやれるってわけだ」

「おうさ。今から女に話を付ける。そしたらあいつは俺の女だ。てめえらは今後一切あいつに手を出すんじゃねえぞ」


 三人で所帯の算段をしながら歩いた。

「とりあえず鍋釜茶碗を揃えなきゃならねえ」

「いや、それより金を渡して女に買わせた方が間違いねえ。女ってのは買い物が好きなんだよ」

「釜を手に入れたら俺がくどを作ってやるぜ。ちきしょー。千もとうとう所帯持ちか。 俺も金を貯めなきゃいけねぇなあ」


 何かをするためにまとまった金を貯める。

 いち早くそれに気付いて金を貯め、所帯を持とうとする千三は仲間内の目標で希望になった。

 

 だが、女の言葉に若者達は愕然とした。


「嫌だ。流れ者とは所帯はもたない」


「何故だ。俺の稼いだ金でのんびり過ごした方がおめえだって楽じゃねえか」

「そりゃあ今はね。あんたには仕事がある。だけどあんたらは工人だ。今の仕事が終わったらどうすんのさ」

「仕事が終わるのは何年も先だ。明日あさっての話じゃねえ。そのうちにゃあどこかで工事が始まらあ」

「一緒に居れば子供が出来る。その頃にゃあんたは仕事が無くなって、居る場所もなくなってるんだ。あたしゃもう借金も返しちまった。あとは気楽に茶屋で働くのさ。男なんかいないほうがどれだけましか」

 

 女に言われて『先の、その先のこと』など考えもしなかったことに気付かされた。

 だが確かにあと何年かすれば工事は終わる。それからどうする。どうやって生きていく。 何かを思いつくまで。何かの道が開けるまでは、工事が終わらなければいい。

 そう思うと、自然に力が萎えて、作業の手が遅れていた。


 だが、何時この仕事が完成しても良くなった。

 村で番人として生きていけるのだ。

 諦めていた所帯が持てる。子供も持てるかも知れない。店だって持てるかも知れないのだ。


 千三が手を上げ発言を求めた。

「あと一つお訊ねします。手が空いたり休みの折、市場で客の案内や使い走りなどに使っては頂けねえでしょうか。四年後の仕事を少しでも早く覚えておきてえし読み書きもできるようになりてえんです」

 吉次が、「わたくしが」と言って立ち上がる。「統領が話されると村の戦のやりようが丸裸になります」

「あれしきのことで何を言う」小夜が戯れに小石を拾って吉次の頭上に投げた。

 小石は風を切り、遙か彼方に見えなくなった。

笑いかけた小頭がそれをみて、顔を引きつらせて声を飲み込む。

「相変わらず、よく飛びますな」という吉次に「い、今の礫、当たりましたら死にますぞ」そう言って汗を拭った。


「給金は出ぬぞ。それに山の仕事に差し障るほど働くこともならん」

「仕事を教えて頂くのですから、給金はこちらが払ってもいいぐらいです。それに村休みになっても、行きたいところもなくなりました」

「なーに。八日も、もつものか」

千三の仲間が、顔を見合わせて笑った。

「梅吉の態度も変わるに決まってらあ」


 小頭が

「他には無いな」

 そう言って立ち上がる。

「者どもッ励もうぞッ」

「おおさっ」

 山に活気が戻ってきた。

 小夜が山を降りた後、神妙に控えていた三人の石工が吉次に呼ばれて山の衆の前に立った。

「山の衆はこれから石を割る術を習い覚えよ」

 小頭を集めて吉次が指示する。

「一人も残さず石割を学ばせよ。それが済んだら今日は山から降りよとのご指示だ」

「まだ日は高うございますが」

「若い者の放つ気が変わった。勢いが出ると、ものの弾みが生じる。それが予期せぬ怪我を生じさせるとのことだ」

「まことに。深いご洞察、感服仕りました」


 翌日、山は以前にも増して活気を取り戻し、笑い声が山間に谺する程であったと、吉次が小夜に報告をした。

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