第3話  村入り 

「次に、一人でいる若い衆に訊ねるが、そなた達は工事が終わったら何とする。千三。目論見はあるか」


 統領の顔を見るここともまれな千三は、いきなり名を呼ばれ驚いて座り直した。

「ありません。うまく何処かの普請があればいいのですが、このところ戦も無いので。給金を貯めて何か商いをやるぐらいしか思いつきません」

「給金を貯めるのは良いことです。店ならどこで何を売りたいか望みがありますか」

「それが一番の悩みなのです。儂らのような流れ者は信用がありませんから中々土地を貸しては貰えませんので」


「ふむ。では、幸田の村が出す店を切り盛りしてみるか。但し村の行事には助力すること。戦の時には戦働いくさばたらきをするのが条件で、そのために今、戦の話をしたのだが」

「そいじゃあ村で雇って貰えるってことでしょうか? 村に入れば、村のために働くのは当然だと思っておりますが」

「村と村人のために命を掛ける覚悟があるのならば村入りを許す。所帯を持った者も分かっただろうか。幸田の村は女、子供でさえも戦働きをして、村や仲間に忠義を尽くす。幸田の娘と所帯を持った者は戦のとき、嫁と子供はお前らと別れて戦に出て行くと覚悟しておけ。それが定めなので、ある意味、村入りをせずにいたほうが、戦があったときには逃げて命を永らえるかも知れぬがな」


 先月、子が生まれた小頭がおずおずと手を挙げた。

「こっ子供も戦に使うのでしょうか。」

「私が決めた事である」

何か言いかけた吉次を小夜が制して言った。

「お前達は他藩の領地で過ごしたことがあるだろうから知っているだろうが、他所では飢饉で百姓が窮状を領主に直訴すれば、その一族は子も含みはりつけとなる」

 子供の頃、その㥛刑を見たという小頭の一人が、「知っております。そりゃあむごいものでした」と言った。

「我々百姓は、一旦事が起これば逃げて行くところが無い。生きるか死ぬかだけのことになる。子供であっても、両親を殺された敵の中でむざと生きるよりは、斬り死にを選ばせる」

 座がしずまった。


 だが、小夜の言葉には、絶対に余人に知られてはならない裏があった。


 小夜が統領に就いた翌々日。


 松と忠兵衛が小夜に同道を命じて丸山の奥地に連れて行った。

 藪の中に分け入り、岩と木の隙間をくぐり、巧妙に隠された獣道とも言えぬ路の先に現れたのは隠里かくれさとだった。


 その存在を、小夜は模擬戦の将を経て、子供達を率いる能力があると認めた少年だけに伝えてきた。

「戦になり、負けが決まったときにはお前が子等を率いてこの里に隠れよ。そして我等の仇をなすことなく、世に出て戦になった元を糾せ」という言葉を添えて。


 

 小頭の勇伍が座り直して手を着いた。

「お待ちください、統領様。村入りの大事はまず私どもの話をお聞き頂いてからご決断頂くべきかと思います」

「ふむ。なんだろう」


 指名したのではなく、決めさせたのでもない。自然に人望が集まり押し出された工人の代表格ともいう、小頭の勇伍という男が立ち上がり、山の衆を顧みて言った。

「ことによっては千三やおめえ達に、ぬか喜びをさせたかも知れねえ。だが俺はこういう統領様だからこそ隠したり誤魔化さねぇで言わなくちゃあならねえと思うんだ。許してくれ」

「わかってやす、小頭。俺もそう思ってたんで、どうぞ話してくだせえ」

 勇伍が小夜に向かって頭を下げる。

「先ず申し上げたいことは、儂らは今だって、ご統領様が望まれるなら命は惜しくないということであります」

 その言葉に全員が頷く。

「その上で申しますが、ご存じの通り儂らは流れ者です。そうなった訳というのは一様じゃありません。中には、とんでもねえ悪事を働いた者も確かにおります。そのせいで儂らに信用が無いことはよくわかっています」


「それに」と座の中程から、「他所の村では、儂等は穢れていると言って村の行事に手を出すことを禁じられていました。そんな儂らをこの村は分け隔て無く扱ってくれます。こんなに居心地いごこちの良い村に儂らは今まで出会ったことがありません」

 勇伍が後ろを振り向く。

「お許しも無く、勝手に口を出すんじゃねえ。ご統領様が混乱なさるじゃねえか」

「勇伍。私は大丈夫。皆も思うところがあれば自由に話せ」

「有り難うございます。だからこそなんであります。儂らはそんなご厚意に馴れすぎてたんじゃねえかと思います。分け隔て無く扱って下さるからこそ、儂等は自分でけじめをつけなくちゃあならねえんです」


「だがそなた達は」と小夜が言う。

「好きで流れているのではない」

「へい。それは言い訳じゃあ、ありませんが、儂らは蔑まれて、仕事や居る場所が無くなるんで、流れるより仕方がありませんでした」


「行事も、作業も手伝えなかったのだな」


「へい。この村に来てから、手を貸せと言われて、儂らはどれほど感謝してるか言い尽くせません。有り難いと思っております。それだけに恩を仇で返しちゃあならねえ。それだけをご統領様に分かって頂きたいんです。わしらにゃあそれで充分なんで」


小夜はうつむいて、

「可哀想に」

 ポツリとつぶやいた。


「そなたたちは、私が村入りを許したあとで、村の者からの反発が私に向かうことを心配してくれているのか」


「此の村は、儂らにも差別無く、よく声を掛けてくれます。色々な事も手伝えと言ってくれます。ですが、それと儂らが村に入ることとは別の話になります。こんな良い村に揉め事の種をまくことは絶対にしちゃあならねえんです」


「そうか。そなたたちの気持ちは良く解った」

 小夜は吉次と目を合わせ微かに頷く。

「確かにこの村で産まれ育った者とお前達では根底が違う。だからそれを感じているのならそれは正しい」

 小夜は、それが守るべきものを持つ者とそうでないものの違いだと知っていた。


「勇伍は先程私の為なら命は惜しくないと言った。私が死ねと言えば、まことに死ぬのであろう。そのことに疑いはない。勇気は認めよう。だがそれは命じられて死ぬ愚者の勇気だ。私はそんな命じ方はしないし、そんなことを望みはしない。では村の者はどうだ。私が彼らに死ねと命じたら『なぜ?』と問うだろう。彼らには理由が必要だ。村の為、仲間のためという理由がな」

 吉次が小さく何度も頷いて、

「村の民は、村と仲間、統領に誇りを持っている。その誇りを命を掛けて守る。統領の命によってでなく、自分が守るべきものの為に覚悟を持ってまず戦う。そこがまず違う」 

「如何なる命令にも従うことが忠誠だと思っていましたが……そこが違うと……」

「お前達には自ら闘うという覚悟がなく、命じられることをただ待っている。それは自ら守るものがないからだと言っているのだ」

小夜が怒声を上げた。

「勇伍。お前は一々面倒くさい」

「なななっ何と……何を……けっしてそのようなことは……」


「村に入って村人にならねば、守るべきものが何か。価値が何かも判るはずがあるまい」


 勇伍が慌てふためいて手を振り頭をふった。

 小夜は吉次と顔を見合わせると、目の奥に笑みを浮かべた。


「最早お前達に選択肢は与えぬ」


 小夜は立ち上がり「命ずる」と大声を放つ。全ての山の衆が平伏した。


「本日、只今を持って、山の衆と呼称された全ての者に、我が幸田村への従属を命ずる。各々よく組頭の命に従い隣人を尊び村に忠誠を尽くせ」

 否やは無い。

 手を着き「ハーッ」とこうべを垂れるのみだ。


「それでは統領としてそなた達、山の衆全ての者に村入りを命ずる。なので只今からよろしく頼む。人別、れ、その他については全て吉次が手配をせよ」

 吉次がかしこまって「委細、承知仕りました」と即答する。

 吉次の返答と同時に山の衆が戸惑いざわめいた。

 突然のことで事態が飲み込めない者も、小夜が言い直した平易な言葉でようやく理解できたが、なお、それは信じがたい内容だった。


「えっ。それは私ら全員が村の者になれるということなのでしょうか」

 おずおずと、吉次に聞きなおす。

「そうだ。幸田の全ての村は、統領幸田小夜様の命によってお前達を村人として喜んで迎える。世の何人であってもこれに反対はさせない。以後お前達の生命は村が守り統領のものとなる。お前達は村人としての義務を果たせ」

 オーッというどよめきが鳴った。

「何と言うことだ。こっ、こんな嬉しいことはありません。我等は村のため、統領のため、より一層忠誠を尽くします。なあ、みんな」

「お願い申します」

 声を揃えて言った。

 所帯持ちの小頭は、

「有り難い。なんと有り難い。これで子供らを生み、心置きなく育てられます。帰ったら嫁にそう言ってやろう」

 小夜に向かって手を合わせた。

「それから、村には番というものを置いている」

 吉次が跳び上がった。

「小夜様。それはまだ早いのではありませんか。村の者でも知らせてない者が殆どです」

「いや。やりようを変える。なので良い機会と思う」  

「お待ちください」小頭も手を上げて小夜を制する。

「吉次様がそう言われるのであれば我等が聴くには畏れ多いことかと思いますが」

「左様。それが何か存じませんが、秘事なれば我等からそれが漏れれば全員生きては居れぬ事になります」


「先ず聴け」

 今度は小夜が苦笑交じりに吉次と小頭を制する。

「新たなやりようとは、加えて設ける村の案内人である」

「な……。案内人でありますか」

 吉次と小頭が顔を見合わす。


「市などでな、他所から来た者に、のぞむ物の所在場所を案内したり、市場であがなう物が多ければ荷車や篭などを手配する。高価な物であれば野盗の出ぬ所まで送る。夜の木戸番を複数にして、これまでと逆に目立たせる。つまり武家の通行、盗賊の横行、火の警戒などを、今までは隠れて見守っていた。だが、これを今後は見せる者と、見えぬ者と組み合わせようと思う。今は村の一部の者達が交代でしているが、これを山の衆に専属でやって貰いたい。まあ給金は今よりも下がるであろうが」

 若い衆が顔を見合わせて驚きの声を上げた。


「ということは、この仕事が終わっても、番人として雇って貰えるんでしょうか」

「無理にとは言わぬ。千三の様に金を貯めて何かを成したいと思う者はそうすればよい。また、学問知識を身に付けたくば、子供に交ざってではあるが、入塾を許可するので学べば良い。学ぶ間の生活費は今のうちに貯めればよい。いずれにしても……」

 小夜は、一言も聞き漏らすまいと自分に集まる視線を見返した。


「工事が終わるまで勤め上げた者には、今の住まいをそのまま与えて褒美とする」

「ウオー」と歓喜の声が谺した。

 工人達に、根を生やす場が与えられ、若者に生きる希望が与えられたのだ。


 千三はこのとき初めて生きることが楽しいと思い、希望という言葉の意味を知ることが出来た。


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