エドワード・フランケルシュ

 フィネたんが針の束を取り出す。

 ここからは彼女の本領発揮の時間である。


「まずは見える敵から! 雷撃の舞い!」


 術が込められた魔針が飛ぶ。

 空を無数の針が独自の軌道を描いて地上の敵へと直撃した。


 踊るように針を投げ続ける彼女は、最後にポーズを決めてフィニッシュする。


 ざっと見ても今の攻撃で五十匹は仕留められただろう。

 さすがは俺の相棒。いつ見ても素晴らしい遠距離攻撃だ。


「うほっうほっ!」


 白銀の大猿が三体姿を見せる。

 どうやらフィネたんの攻撃では仕留めきれなかった奴ららしい。


 それらに付随してわさわさと狼や蛇や虎が建物の方から出現する。


「俺はあの猿をかたづける。フィネたんは周りの雑魚を始末してくれ」

「了解よ。それとフィネアね」


 駆け出す俺の後方から針が放たれる。

 一瞬にして雑魚共は片付けられ、残すは大猿のみ。


 改造されているが、元は魔物のブロックゴリラーだろう。


 三匹は魔術で石のブロックを創り出し強靱な腕で投げつけてくる。

 一見すると子供の遊戯のような攻撃だが、太い腕から投げられる角のある岩は一撃で人を殺す。

 強化された今の奴らなら砲撃にも相当する威力となっているだろう。


 しかもあれは魔術攻撃だ。

 俺のカウンターでははじき返せない。


「だったら躱せばいいだけのこと」


 ブロックを難なく避けて見せ、一気に大猿の懐へ入る。


 俺にとって生物の体は、毛糸で包み込んだ血と骨と臓物の塊のようなもの。

 編み込まれた毛糸の隙間へ指を差し込み、人体を支える腰の骨をずらすように引き抜く。

 それだけで相手は戦闘不能となる。


 大猿の一匹が地面に倒れた。


「うほっ!?」「うほほっ!」

「手が止まったな」


 さらに二匹の懐へ潜り込み重要な血管を切断する。

 ついでに神経も引きちぎったので、奴らは動けないまま死を迎えることだろう。


 大猿をかたづけたところでフィネたんと合流。


「もう敵はいないみたいね」

「人がいないところを見るにエドワードは人間を信用していないみたいだな」

「言ってなかったかな、あいつ魔物しか愛せない変人なのよ」


 なるほど、それは都合が良い。

 人間が相手となると面倒が増えるからな。


 死体の山を横切り建物へとまっすぐ進む。


 そして、金属製の分厚い扉の前へと至った。


「だめね、鍵がかかってる」

「鍵穴もないか……恐らく魔術対策も施されているはずだ」

「じゃあどうするの」


 決まってる。物理でやるだけだ。

 振りかぶった拳で扉を思いっきり殴りつけた。


 扉はくの字にへし折れ衝撃に耐えられなかった蝶番は弾け飛ぶ。


 がぉんん。


 轟音が響き渡る。

 扉は綺麗さっぱりなくなった。


「なんて馬鹿力」

「ほら、さっさと行くぞ」

「あんたって、毎度毎度暗殺者らしからぬことするわよね」

「俺の中のマニュアルでは標的を殺せばオールオッケーになってるんだがな」

「それ、絶対一族のマニュアルじゃないでしょ」


 建物の中はひんやりとした空気が満ち薄暗い。

 明かりと言えば思い出したように置かれている魔道具ランタンだ。


 僅かだが死臭を感じた。それと何かの薬品の臭い。


「うぷっ」

「大丈夫か」

「う、うん」


 フィネたんが口を押さえてえずく。

 臭いでかつての記憶が呼び起こされたのだろう。


「今ならまだ引き返せるぞ」

「行くわよ。行って人生をめちゃくちゃにしたあいつを殺す」


 強いまなざしで俺を見返す。

 その様子を見て問題ないと判断した。


 建物の奥へと進む。


 そこで俺達はとんでもない物を見た。


 ずらりと並んだ円筒形の水槽。

 その中には多種多様な生物が管に繋がれ漂っている。

 しかも筒の数は数百。

 エドワードはたった一人で魔物の軍を創ろうとしているのだろうか。


 中には女性の姿もあった。

 フィネたんと同じ歳ほどの少女達。


「許せない。あいつ、まだ人で研究を続けてたのね……」

「どうする破壊するか?」

「まだこのままにしておくわ。下手に触ると死んじゃうかもしれないから」


 拳を握りしめ、彼女は先を進む。

 俺は試験管の中にいる少女達をもう一度だけ見た。


 たゆたう銀髪。そのどれもが美しい少女。

 両目は閉じられているが、間違いなく紅の目をしているだろう。

 十名ほどだが俺はこれらを脅威であると認識した。


 フィネたん一人なら問題ないが、複数いるのは好ましくない。


 どこかの組織に利用される可能性が非常に高いだろう。


「ん?」


 一人の少女が僅かに口を開く。


『ころして』


 どうやら意識はあったようだ。

 こんなことにならなければ好きな人生を送れたのだろう。

 けれど、彼女達は運が悪かった。


 せめて俺の手で静かに眠らせてやろう。


 試験管に手を当ててスキルを使用する。

 すると瞬時にそれは砂となって形を失った。


 全ての少女を消し去り俺は先を急いだ。





 建物の最奥の部屋。

 そこでは一人の男がせわしなく作業を行っていた。


「あれがエドワードか」

「未来から来たくせに顔を見たことないの?」

「資料は参照したが、直接本人に会ったことはない」

「そっか、会ってれば始末してるものね」


 巨大な部屋の中央には大きな試験官があった。


 中は緑色の液で満たされ悪魔のような黒い生き物が漂っている。

 試験管と中の生物には無数の管が取り付けられ異様な光景だった。


 文字や魔法陣が表示された石版を見ながら、白衣を着たエドワードはぶつぶつ独り言を呟く。


「どうして安定しない。あと少しで完成するはずなのに」


 彼は腕を組んでウロウロし始める。

 それから頭をかきむしり石版の足下を蹴る。


「研究が上手くいってないみたいね」

「どうでもいい。早く始末して帰るぞ」


 俺は部屋の中へと足を踏み入れる。

 遅れてフィネたんも追いついた。


「エドワード・フランケルシュ」

「つまらん、このままではつまらん結果になってしまう」

「エドワード!」

「っつ!?」


 俺を見た彼はびくりと体を跳ねさせ、すぐさま石版の裏側へ隠れる。


「誰だお前ら! 人の研究所に勝手に入ってくるな!」

「知るか。俺はお前を始末する為に来たんだ」

「始末? はははっ、だとしたら暗殺者か何かか!」


 石版の裏側から顔を出すひげ面の中年男。

 身につける白衣は血に汚れ、中に着ているシャツもズボンもひどく薄汚れている。

 これが世界を終焉へと導いた者の一人なのかと思うと妙な気分だった。


 彼はフィネたんをみるなり歓喜に顔をほころばせる。


「№4! 戻ってきたのか!」

「私をその名で呼ぶな!!」


 怒る相棒など目に入っていないのか、奴は石版の裏から出てきて嬉しそうにする。

 まるで愛するペットが、飼い主の元へ戻ってきたことを称えるかのような、そんな雰囲気を醸し出していた。


「あの日、君が逃げ出して僕は酷く悲しんだ。なにせ№4は偶然できた完成品だったからね。そうか、君は僕の為に彼女を連れ戻してくれたんだな」

「違う。さっきも言ったがお前を殺しに来た」

「そうかそうか、だとしたら君は排除しよう。たまにはぶっつけ本番もいいかもしれない」


 奴は石版に触れる。

 中央の巨大な試験管が砕け散り液体が流れ出た。


「目覚めろベロウル!」

「ふしゅううう」


 荒い息を吐き、黒い巨体が動き出した。


 獣の頭蓋骨のような頭部、青く輝く両目、太い腕と脚には浮き上がった筋肉、人を丸呑みしてしまうような口には鋭い牙が並んでいた。

 ベロウルと呼ばれた魔物はどことなくアザートマンにも似ている。

 いや、似ていて当たり前なのだ。こいつはあれらを作った者の一人なのだから。


「そんな奴、相手にしなくてもあんたを殺せるわ! 風の舞い!」


 放たれた三本の針がエドワードを狙う。

 しかし、三つの影が針をたたき落とした。


「残念。僕には可愛いお人形ちゃんがいるんだ」

「あなた達!?」


 三人の紅の目をした銀髪の少女。

 彼女達はエドワードを守るようにして立ち塞がる。


 他にもいると想定するべきだったな。

 考えが浅はかだったことを反省しよう。


「俺はあのデカいのをやる。お前は三人を始末しろ」

「その方が良さそうね。引き受けたわ」


 フィネたんならやれるはずだ。

 このザザ家の次男が認めた暗殺者なのだからな。


 俺はあのでかぶつに意識を集中させ構える。


「ふしゅううう、ふしゅううう」

「あれだけの体躯だと内部攻撃は難しいな……局所破壊が妥当か」

「ぐぉおおおおおおっ!!」

「一人前に威嚇してるのか。生まれたての獣ごときが」


 ベロウルは巨体に似合わず俊敏な動きで高く跳躍。

 建物全体を揺らすような踏みつけ攻撃を放つ。


 俺は行動を予測して落下地点から素早く退避、奴が着地したところで背後から一気に距離を詰めた。


 まずは一本もらう。


 右足の蹴りで奴の左膝を粉々に破壊した。

 ガクンと片膝をつく。

 痛覚が麻痺しているのか大きな反応はない。


 けれど、気にくわなかったらしくぎろりとこちらを睨んだ。


「ぐぉおおおおっ!」

「カウンター300%」


 振り下ろされる拳へ俺はカウンタースキルを直撃させる。

 次の瞬間、奴の右腕は骨が砕け血液が噴き出した。


 俺に物理攻撃など愚の骨頂だ。


 ちなみに奴が吹き飛ばなかったのは、貫通力高めでぶちかましたからである。

 こんなところでこんな重量のある奴を壁に叩きつければ、建物が崩壊してしまう恐れがあったからだ。


 もう一本いただく。


 振られようとする左腕をギリギリで躱し、肘に強烈な一撃を食らわせる。

 関節が砕け奴の腕は使い物にならなくなった。


 残るは右足だけ。こうなると哀れだな。


 なんとか体を引きずるようにして噛みつこうとするが、鈍重な動きは俺でなくとも避けられそうだ。


 三度目の噛みつきはあえて避けず脚と腕で止めて見せた。


「どうした。早く噛みついてみろよ」

「ふしゅううう、ふしゅうううう」


 目の前にはむき出しとなった牙が並ぶ。

 けれど俺の腕と足で押さえられ、口を閉じられない状態だった。


「カウンター500%」


 カウンタースキルはなにも瞬発的な力にだけ作用するものではない。

 持続的に及ぼされる力にだって効果はあるのだ。


 奴の顎の力が五倍になって跳ね返される。


 顎に相当の自信があったのだろう、跳ね返された力は口を引き裂き、それでも止まらず上顎がぱっくり後方へと垂れ下がるような形で制止した。

 血しぶきが噴水のように噴き出す。


「こっちは片付いたが……」


 フィネたんは今もなお三人と戦い続けていた。


「邪魔しないで! そいつはあんた達の人生を壊した奴よ!」

「「「…………」」」


 三人は完全にコントロールされているのか返答はない。

 フィネたんは格闘戦で三人を相手に戦い続ける。


「№4が帰ってきて嬉しいよ僕は! また切り刻んで可愛がってあげるからね!」

「ヘドが出るわね。どうしてこんな奴に怯えてたのかしら」

「口が悪いなぁ。お外で悪い奴らに汚染されちゃったのかなぁ」

「気持ち悪い」


 三対一の防戦に追い込まれた状態だが、フィネたんは一撃ももらわずに捌いていた。

 遠距離攻撃を得意とする彼女だが、実は格闘戦もかなり腕が良い。


 当たり前の話だが、ギルドの一桁暗殺者が遠距離だけ得意だなんてあるわけがない。


 オールマイティーにこなせてこそ裏の世界で生き抜くことができるのだ。


「ごめん。恨むなら恨んで」


 呟いた彼女は、素早く針に魔術を込め、三人の首裏へ突き刺した。

 高圧電流が三人の神経を焼き切り黒焦げとなって倒れる。


「僕のお人形が……うそだ!」

「なにが、おにんぎょうだぁぁああああああああああっ!!」


 フィネたんの拳がエドワードの顔面にめり込んだ。


 ずるりと地面に倒れる。


「あが、あがが……」

「今すぐ殺す」

「待て。そいつにはまだ聞きたいことがあるんだ」


 フィネたんを止め、俺は鼻血を出したエドワードを見下ろす。


「お前達、明星の五聖人は何を目的としている」

「は、ははは、あはははははっ」

「笑ってないで答えろ」

「知りたいなら教えてあげよう。僕は依頼されただけだよ。メンバーになって指定の研究を行えば莫大な資金を提供するって話に乗っただけ。僕はあいつらの中核じゃない、ただの雇われなのさ」


 思わず舌打ちしてしまう。

 こいつはメンバーの中でも下っ端の下っ端。

 ほとんどなにも知らされていないハズレ。


 なんとなく分かってはいたが、予想通りだったらしい。


「四人の居場所は?」

「知らない。知るはずない。僕は四人にあったこともないんだ。たまに来る使いを介して情報をやりとりしてるだけさ。他のメンバーがどこの誰なのかも把握してない」


 使えない。ハズレはハズレでも大ハズレだった。

 俺はフィネたんに目配せした。


「さようなら」


 エドワードの額に針が突き立てられた。

 彼はあっけなく死んだ。


「終わった……私の復讐が」


 呆然とするフィネたん。

 彼女は天井を見上げて何かを考えているようだった。


「帰るぞ」

「そうね。もう用はないし」


 二人で研究所を後にする。


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