イズルの正体

 またあの夢だ。

 今回ははっきりと自覚できた。


 暗雲たれ込む荒野に爆発が起きる。響き渡る怒声と悲鳴、轟音。

 降り注ぐ無数の青い閃光、漆黒のボディスーツを身につけた俺は、砲撃を掻い潜りながら足を速める。


 敵は数十万もの黒い人型だった。


 青い目をぼんやりと光らせ、意思のない人形として地平線を覆い尽くす。


 全てが絶望的。圧倒的破壊の権化としてそれらは存在していた。


 俺は乱れる呼吸も気にせず敵の胸にある核だけを潰す。

 針で糸を縫うように移動しながら、ひたすらに手刀で貫き続けた。

 体中に青い血が付着、指先は酷使し続けたせいで血がにじむ。


 もうこの攻撃は使えない。次だ。


 黒い人型へ手を向け砂へと変える。

 それでもせいぜい数百を消した程度、敵の総数を考えれば微々たるものだ。

 焼け石に水、そう考えてもこの状況ではやるしかない。


 ぴぃいん。無数の糸が敵を細切れにする。


「ここはもういい! お前はやるべきことをしろ!」

「けど兄貴!」

「一族の切り札として役目を全うするのだ!」

「っつ」


 スーツを着た兄貴が行けと叫んだ。

 彼の顔は青い血に濡れ長く美しい髪もぼさぼさ。

 疲労が蓄積して疲れを感じさせていた。


 俺は後方へと下がる。


 走り続ける大地には無数の死体があった。


 それら全てはともに戦った仲間だ。


 いや、およそ友と呼べるような者はいなかっただろう。

 俺の中には友情や親愛などと呼べる感情は今のところ存在しない。


 だがしかし、それでも戦友と呼ぶにふさわしい者達なのは確かだ。


 目指すのは堅牢な城塞。

 あそこにさえ行けば。


 閃光が俺のすぐ近くで着弾する。


 衝撃で吹き飛ばされ激しく地面に叩きつけられる。


 あと少しで……。


 ぼやける視界で城塞を見つめながら意識は遠のく。




 ――俺は意識を取り戻し起き上がった。


 どれほど気を失っていたのだろうか。数分か。数秒か。

 近くにはクレーターができていて、未だ白い煙を漂わせていた。

 それほど時間は経過していないようだ。


 立ち上がろうとしてずきりと痛みが走る。


 右の大腿部が出血していた。おまけに骨が折れている。

 こんな時にこのようなダメージを負うなんて。

 だが、引き返すことはできない。それにいくら傷を負ってもこれから向かう場所には関係ない。必要なのは意識だけだ。


 足を引きずりつつ要塞へと進む。


 耳に届くのは爆音と怒声。

 そして、津波となって押し寄せる敵のうなり声だ。


 がこんっ。要塞の扉を開き内部へと進む。


 最奥の一際大きな部屋では、三人の年寄りが巨大な魔法陣を囲んで念じ続けていた。


「戻ってきたか。すでに準備は完了しておる」


 坊主頭のミイラのような祖父が語りかけた。


「お前は我が一族の切り札、必ずこの状況を打破しひっくり返すのじゃよ。全てはお前の力にかかっている」


 祖母がそう述べた。


「イズル君、未来を変えてくれ。間もなくこの世界は終焉を迎える。人は消え、大地は荒廃し、動く物はアレらだけとなるだろう。けれど、まだ間に合う。この状況を引き起こした明星の五聖人を殺せれば」

「承知している」


 オーラス博士が最後に念を押す。


 時間跳躍は恐らくこれっきりとなる。

 最初で最後のチャンスと捉えるべきだ。

 失敗は許されない。


 俺は魔法陣の中心に座る。


 これより過去へと精神だけを飛ばす、複合型超魔術が発動されるのだ。


 イズル・ザザはこの時の為に作られた切り札。これこそが俺の生まれた理由。


 世界を終焉へと導くあの五人を殺す刃だ。


「いくぞ、イズル!」

「この任務を見事成し遂げよ!」

「頼んだぞイズル君!」


 魔法陣が輝き、俺の意識は肉体を離れ飛び上がった。


 向かうは今より十年前。


 俺がまだ二十歳の頃――。





 意識が覚醒し目が覚める。

 窓の外では小鳥が鳴いていた。


 普段と変らない朝。


 だが、決定的に違う物もある。

 標的の一人エドワード・フランケルシュを捕捉したのだ。

 ようやくここまでこぎ着けた。


 部屋を出て一階へと下りる。


「起きてたのか」

「うん」


 リビングにはフィネたんがいた。

 けれどいつもとは雰囲気が違い思い詰めた様子。


 目の下にクマがあることに気が付き溜め息を吐いた。


「寝てないんだな」

「緊張して……だってやっと仇がとれるんだよ」


 彼女はぽろぽろ涙をこぼす。

 話をした昨日も泣いていたが、これじゃあ今日もハンカチは手放せないようだな。


 俺は台所に向かい二人分のお茶を淹れる。


「そういうのは始末してからだろ。まだ会えるとは限らない」

「うん。分かってるけど、あいつのことを考えると……今まで我慢してたことがどばっとあふれ出して……」

「怖いのか?」

「それもある。ううん、違うね。すごく臆病風に吹かれてる。怖くて怖くてしょうがないの。友達やお父さんやお母さんの最後の姿が何度も何度も頭をよぎる」


 彼女の体は僅かに震えていた。

 親しい者達を目の前で殺され己すらも失いかけた。それは彼女にとって恐怖そのものであり、今もなお毒が回るようにむしばみ続けている。


 俺は席を立つとフィネたんを抱きしめた。


「……イズル?」

「大丈夫、無理はするな。全部俺が引き受けてやるよ。怖くて殺せないって言うのなら俺が始末する。元々そのつもりだったしな。元に戻ったところで何も変らない」


 艶ややかな銀の頭を撫でてやる。


 フィネたんは良い奴だ。

 俺にはない人らしい感情を持っている。

 アウトドアが楽しいのもきっと彼女がいつも傍にいてくれるからだ。

 これからも一緒にキャンプをしてもらいたいと思っている。


 だから無理はしてもらいたくない。


「がらにもないことしないでよ」

「じゃあ止めておくか」

「も、もう少しだけ撫でてください」

「よしよし」


 彼女は俺の腰に腕を回し顔を押しつけた。

 するとぴたりと震えが止まる。


「私、やるわ」

「でも怖いんだろ」

「怖くてもやるの。それにイズルがいれば怖い物なしよ。なんてったってあの殺し屋一族の天才次男だもの。失敗してもフォローしてくれるでしょ」

「そりゃあまぁ、俺の標的でもあるしな」

「おい、そこは相棒だからとか言えないのか」


 フィネたんはいつもの調子を取り戻していた。

 腕の中から解放してやると、なぜか鼻をすんすんと鳴らす。


「あんた歯を磨いてないでしょ。口が臭いわ」

「忘れてた」


 慌てて裏の井戸へと向かった。



 △△△



 リュックを背負って森を移動する。

 目的地はすでに目前。

 今日も快晴で空を小鳥が飛んでいた。


「でもよくエドワードの秘密研究所の位置が分かったわね」

「前々から一族には捜索を頼んでいたんだ。アンネばあさんやギルドを頼りにしていないわけじゃないが、少しでも手は多い方が良いと思ってな」

「その割にお兄さんのことは嫌ってたわね」

「嫌ってるわけじゃない、ただ単に苦手なだけだ。それと兄貴のことと今回の件は別だからな。ちゃんと感謝はしている」


 道なき道を進みつつ森の奥へと侵入する。


 エドワードは外界との接触を断ち、森の奥に籠もっているそうだ。

 そりゃあ見つからないわけだ。いくら一族でも全く出歩かない奴のことは掴みようがない。


「フィネたん、アレ」

「気づいてる」


 大木の上部に白銀のカラスがいる。

 紅い目でじっとこちらを見つめ様子を窺っているようだった。


 フィネたんが針を取り出し瞬時に仕留める。


「偵察用だと思う?」

「いや、エドワードはそういうのは得意じゃなかったはずだ。たぶんこの近辺の警備用、あるいは待機している戦力を引っ張ってくる役目を担ってるんじゃないか」

「あいつにはばれてないってことね」


 魔術師の使う術の中には視覚を共有するものも存在する。

 エドワードの場合それらは苦手分野だ。故にこの時点での発覚はないと判断できる。


 さらに奥へと進み崖へとたどり着いた。


 眼下には森が広がり、木々に隠れるようにして建物が存在していた。


 俺達は身を伏せ建物を観察する。


「窓はない、他にも入り口はない、出入りできるのは正面の扉だけか」

「周りに改造された魔物がうろついてるわ。元が強い魔物なだけに、全部を相手するのは骨が折れそうね」

「お前なら片付けられるだろ」


 彼女の魔術とスキルなら相手にならない。

 心配することと言えば針の数くらいだ。


 俺達は深夜を突入と定め、ここでしばらく時間を潰すことにする。





 夜も更け森にフクロウの鳴き声が木霊する。

 明かりらしい明かりはランタンのみ。

 焚き火はできないので調理はバーナーで行う。


 小麦粉、卵、パン粉を付けた豚肉をホットサンドメーカーにおいて、多めの油でじっくり火を通す。

 蓋を開けばこんがりきつね色のトンカツので来上がり。

 あとはパンにキャベツと一緒にサンドする。


「ん~、こんな時でもトンカツって美味しいわよね」

「いい肉を買っておいて正解だった」


 ざくっ、小気味よい音がかむ度に伝わる。

 フィネたんもご満悦だ。


「あんたと出会ってもう一年になるわね」

「そう言えば去年の今くらいか」


 十年の時を超えた俺はこの時間軸の自身の肉体へと乗り移った。

 そこからあれこれ手を回し、最終的にティアズの街へと移り住んだのである。


 出会った頃のフィネたんは殺伐としていた。


 最初はお互いに情報交換をする相手としか見ていなくて、手を組むなんてのは考えもしなかったのだ。

 でも、ちょっとしたきっかけで俺の正体がばれ、フィネたんの事情も知り、一気に接する機会が増えた。それからは早かった。もう手を組んだ方がどっちも都合が良いよなって感じで、相棒となって同居するようになったのだ。


「聞いたことなかったけど、どうしてイズルはエドワードを狙うの?」


 核心を突く質問にしばし考える。


 時間跳躍については特に秘密にしているわけではない。

 あれこれ聞かれるのが面倒だからとか、説明が難しいとか、彼女に気を遣っていたとかその程度のものだ。

 この機会に教えておくべきか。


「俺は十年後の未来からやってきたイズルだ」

「は?」

「正確には今より九年後の未来。とある魔術で精神だけを飛ばし、現在の俺へと乗り移った」

「な、なにいってるの」


 突然の話に彼女はあわあわ混乱状態となる。

 いきなり受け止めろと言っても無理なのは分かっていた。

 とりあえず話を続ける。


「十年後の未来では五人の研究者が恐ろしい魔術を完成させ、人類は絶滅の危機に瀕していた。生き残った人々は戦力をかき集め、必死で抵抗を続けたんだ。その中にはザザの一族もいた」

「その恐ろしい魔術って……」

「感染型変異召喚魔術『アザート』。人を凶暴な魔物へと変化させ、噛みついた相手も次々に変異させる、一度始まったら止まらない増殖の連鎖を創り出す最悪の魔術だ」


 アザートに感染した者を俺達は『アザートマン』と呼んでいた。

 基礎能力は人の比ではない。奴らは大地を荒廃させ、生き物を殺しつくし、世界に住まう全ての人を無感情な殺人兵器へと変える。


 俺のいた未来ではすでに手遅れだった。


 ある日、明星の五聖人と呼ばれる者達が現れ術をばらまいたのだ。


 祖父は前々から警告していた。

 あれらが何かをする前に始末しなければならないと。

 だが、結局一人として見つけられなかった。


「じゃあ世界を滅亡させた一人が……エドワードなの?」

「そうだ。奴らが術をばらまいたのは七年前。今から一年と数ヶ月後の出来事だ」

「頭が痛くなってきた」


 頭を抱える彼女に少し同情する。

 なんとか飲み込もうとしているが、情報量が多すぎて詰まりかけているような状態だ。

 カップにコーヒーを淹れて差し出す。


「ふぅ、その話が本当だとして、イズルは大きな使命を背負ってこの時間に飛んできたってことになるのよね」

「いやいや、そこまで思い詰めるような話じゃない。のびのびとキャンプをするついでに世界の終焉も防いでやろうって話だ」

「重い空気がいきなり軽くなったんだけど」


 冗談じゃない。俺にとっては世界の終わりも明星の五聖人もどうでもいいことだ。

 ただ、世界が終焉に導かれるとアウトドアができなくなるので、ひどく面倒だが事情が事情だし仕方なく任務を達成しようってだけだ。


 全ては気持ちよくキャンプをするため。


 それ以外に一体何があると言うんだ。


「あんたってほんとぶれないわね」

「たかが五人始末するだけだろ。前の世界では見つけられなかったからしくじっただけで、捕捉さえすればどうにでもなる」


 そもそも俺は奴らを殺すために作られた切り札だ。

 俺で始末できなければ誰にもできないだろう。


 コーヒーを飲み干しカップを置く。


 さて、仕事の時間だ。


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