あいつが隣に引っ越してきました

 ギルドへ顔を出した俺は、カウンター席で眉間に皺を寄せていた。

 不機嫌の原因はもちろん獲物を横取りした兄貴。


「ほんと、イズルのお兄さんが出てくるなんて驚いたわ」

「ふぇふぇふぇ、どうだったんだい。その長男の実力ってのは」

「ヤバいとしか言えない。あんな細い糸で私達相手に互角以上に戦うなんて馬鹿げてるわ。自慢じゃないけど、それなりにできる方だって自信があったのよ。なのに傷一つ付けられないなんて」

「しょうがないさ、あの一族は化け物揃いだからね」


 フィネたんとアンネばあさんが昨夜の出来事を語っている。

 報告と言うよりはただの雑談、すでに別方面から詳細な情報が入っているのだろう、ばあさんはあれこれ深い追求はしない。


 俺はドワーフ殺しのロックを飲み干しおかわりを注文した。


「飲み過ぎじゃない?」

「別にいいだろ。体質上大して酔えないんだから」

「というかいい加減機嫌直しなさいよ。お兄さんに会いたくなかったのは分かるけど、あんたが暗いとこっちまで気分が落ち込むじゃない」


 じゃらりとフィネたんが革袋を置く。

 今回もらった報酬だ。表向き依頼は失敗しているのでこれは兄貴からと言うことになる。

 気分の悪さが顔に出そうになったが、寸前でなんとか押しとどめた。


 冷静になれ。これは正当な報酬だ。

 身内として渡された金じゃない。仕事の結果だ。


「これで気晴らしでもしてきなさいよ。せっかく高額報酬を得られたんだし、好きなだけアウトドア用品を買ってくればいいじゃない」

「それもそうだな! 前々から欲しいものとかあったんだよ!」

「はやっ、もう機嫌直ったの!?」


 何事も気持ちの切り替えが肝心。

 どうでもいいことに思考を割いている暇があるならキャンプのことを考えるべきだ。

 一にキャンプ、二にキャンプ。いざ行かん、アウトドアの新領域へ。


「元気が出たのはいいことさね。ところでイズルの坊や、あんたランクが上がってるの確認したかい?」


 ランク板に記載されている俺の順位が上昇していた。 


 五十位だったのが四十位になっている。


 ランカーが十人死んで繰り上げとなったのだろう。

 下には今まで圏外だった面々がずらりと名を連ねていた。

 中には新人なのか見覚えのない名前まである。


 ドスッ、目の前にナイフが突き立てられた。


 ぬぅううっと横から顔を出したのは気味の悪い顔の男。

 顔は青白く口の辺りでちょろちょろしている舌先は二つに分かれていた。

 おまけに目元は黒く塗られ、頭は赤いモヒカンヘアーだ。

 奇抜なファッションに眉をひそめる。


「あんた四十位のイズルだろぉ? オイラはこの度五十位になりました新人のバンって者でぇーす。よろしくぅ」

「そうなんだ、こちらこそよろしく」

「いひっ、余裕ぶっこいてるとすぐにオイラに抜かれるぜ。寄生虫のイズルパイセン」


 ナイフを抜いてバンは去った。 


 なんだったのか……変な奴だったな。

 わざわざ自己紹介してくるなんてここでは珍しい。


「あんた自分を棚に上げて変な奴とか思ってるでしょ」

「普通の暗殺者だけど?」

「どこにアウトドア用品持ち歩く暗殺者がいるか!」

「フィネたんは遅れてるな。これからはキャンピング暗殺の時代だよ」

「そんな時代嫌だ!」


 俺はフィネたんと別れマイスの店へと向かう。



 △△△



「この赤いのもいいな。しかしこっちの青いのも捨てがたい」

「まーだ悩んでんのか」


 赤と青の冬用シュラフ。

 現在使っているのはすでにボロボロで、ここしばらく新調するか悩んでいたのだ。

 時期を考えると使える期間は短い。すぐに夏用が必要となるだろう。


 いやしかし、資金がある内に購入しておくのは妥当な判断だ。


 やはり買おう。備えはいつだって必要だ。

 問題は色とデザイン。それと機能性だ。


 赤はマミー型と呼ばれる芋虫のような寝袋。

 青はレクタングラー型と呼ばれる封筒のような寝袋。


 悩む。持ち運びや保温性を考えるならマミー型がいい。けれど寝心地はレクタングラー型だろう。

 効率か快適、俺はどちらを選ぶべきなのだろうか。難問だ。

 よし、ここは一つマイスにアドバイスをもらうとしよう。


「マイスのお勧めはどっちなんだ」

「赤い方だ。そっちは防寒性に優れた魔物の素材を使用していて、雪山でも使用できる優れものだ。かなり頑丈に作ってあるから耐久面でも信頼できる」

「決まりだ。俺は赤を買う」


 とりあえず赤のシュラフをカウンターに置く。

 まだまだ欲しかった物があるんだ。この程度じゃ気晴らしにならない。


 棚に飾られている金属の箱に視線を向けた。


「さてはイズル、とうとう焚き火台を手に入れるつもりか」

「ああ、デビューするよ」


 焚き火台とは名前の通り焚き火をする為の道具だ。

 草むらで焚き火をするのは不安、地面が濡れていて燃えにくそう、調理がしにくい、火を移動させたい、そんな声に応えて作られたのが焚き火台である。


 BBQを行う台と決定的に違うのはその足の短さ。

 網を置くことで自由に調理ができ、持ち運びの為に小型化もされていて使い勝手のいい道具として調整されている。


 以前から俺はこれが欲しかった。

 アウトドアをたしなむ者として欲するのは当然の一品。

 しかし、予算面や優先度の低さからずっと後回しにしてきた。

 だって少し前まで家のローンがあったんだもん。


 だが、先月にローンは払い終えた。俺を邪魔する者はもういない。


 来い、焚き火台よ! 今こそ俺の元に!!


「まいどあり」

「ふふふ」


 ピカピカの焚き火台……カッコイイ。

 早く使いたくてうずうずしてしまうな。


 営業スマイルを貼り付けたマイスがカウンターに包みを置く。


「それは?」

「ハンモックだ」

「…………」


 欲しい。ゆらゆら揺られて眠りたい。

 しかも庭に吊り下げられそうな木が生えている。


 くそっ、さては分かっていて出したな。


「い、いくらだ」

「一万二千」

「ぐぬぬぬ」

「一万にまけておいてやるよ」


 にこっと笑みを見せるマイスに俺は金を払う。

 値引きされたことで抵抗する意思は折られてしまった。


 所詮俺はアウトドアの虜。本当の意味で逆らえはしない。


「実はな、そろそろ店をたたもうかと思っている」

「なんだと!?」


 脳天に流れ星が直撃したような衝撃を受けた。


「イズルも知ってるだろ、経営が芳しくないことは。さすがにそろそろ限界を感じてたんだ」

「画期的な新商品を出してるじゃないか! 売れてないのか!?」

「そこそこ出てはいる。この前作ったシングルバーナーだって冒険者には好評だった。けどな、赤字を埋めるほどじゃないんだよ。やっぱアウトドア人口が少なすぎた」


 苦笑するマイスに俺は拳を握りしめる。


 違う。アウトドアはこれから流行るんだよ。

 アウトドアという新しい概念を冒険者も普通の人達も理解する日が来る。

 自然を楽しみながら快適な時間を過ごす、そのニュースタイルはただ漫然と旅をしていた奴らにきっと驚きと感動を与える。俺がそうだったからだ。


「どうすればいい。どうすれば店を続けられる」

「一番早いのは大きなスポンサーを見つけることだが、ウチのような田舎の小さな店じゃなぁ」


 要は支援者がいればいいのか。

 だが俺にあてはない。最悪一族に頼み込む方法もあるが、それは最後の手段だ。

 まずはアンネばあさんに相談してみるか。あの人は顔も広いし、スポンサーを見つけられるかもしれない。


「イズルいるー?」

「フィネたん」


 店に相棒が顔を出す。

 彼女はなかなか店の中に入ってこず、こわばった表情で視線を彷徨わせた。


「どうしたんだよ」

「あのね、その、イズルに会いに来たって人がいて」


 非常に嫌な予感がする。

 自慢じゃないが俺は友達がいない。

 いてもフィネたんとマイスくらいだ。

 その俺に会いたい奴だと。


 どう考えたって一つしかない。


 きぃいいい。


 ドアが開けられフィネたんと一緒に一人の男が店に入る。

 前回は黒いスーツを身につけていたが、今は偽装の為に冒険者の格好をしていた。


 艶やかな黒の長髪が風にながれ、涼しげな端正な顔がはっきりと目に映る。


 兄貴――ザザ家長男トウヤ。


「なぜここにいるんだ!?」

「そう身構えるな。先日の続きをしに来たわけではない」


 トウヤは両手を挙げて無抵抗をアピール。

 殺気を隠している様子もないので戦いに来たのではないのは本当だろう。


 ここで話をするのは避けたい。マイスは俺がザザの者だとは知らないのだ。


「外に出るぞ」

「それは好都合だ」

「?」


 店を出れば五台の馬車がウチの前に止まっていた。

 屈強な男達が下ろした荷物を隣の家へと運び込んでいる。


 あそこは確か空き家だったはず。


「今日からこの街で暮らすことにした」

「はぁぁ!?」


 さらっと重大なことを言いやがる。

 急展開過ぎて普段は冷静な俺でも動揺を隠しきれない。


 道行く若い女性達がトウヤの美貌に目を奪われていた。

 こいつはあらゆる点においてハイスペックだ。いくら冒険者の格好をしていてもにじみ出るオーラは隠しきれない。

 いつも比べられてきた俺としては同じ空間にいるのは苦痛だ。


「ふふふふ、感情の動きが表層に出ているぞ。やはり可愛いな我が弟は」

「やめろ気持ち悪い」

「そこのペットもなかなか良い腕前をしている。しかしもう少し鍛えておかないと、うっかり死んでしまうぞ」

「話を聞けよ!」


 相変わらずだな。マイペースに話を進める無神経ぶりは。

 けど、ザザ家の者にそんなものを期待する方がそもそもの間違いだ。

 フィネたんをペット呼ばわりするのも悪気があってのことではない。


「私、いまペットって言われた?」

「ごめん、ウチの家族ってこう言う奴らばかりなんだよ」


 相棒に謝罪をする。

 兄貴にとって守るべき価値のあるものは一族だけだ。

 それ以外は全て動く肉塊としか見ていない、トウヤからすれば俺が弱い彼女を同行させているのは愛玩動物だからだとしか納得できないのだ。


「別にいいわよ。ヤバい一族だってことは十分に理解してるし」


 フィネたんはきりっとした表情で俺の背中に隠れた。

 少しだけ顔を出してトウヤに指さす。


「私はイズルの相棒なの! ペットじゃないから勘違いしないように!」

「ふっ、なかなか面白い生き物だな。我が弟と対等に振る舞おうとしているとは。なんとも微笑ましい滑稽さだ。イズルが手元に置きたがるのもうなずける」

「イズル、こいつ私の話をぜんぜん聞いてない!」

「そう言う奴なんだよ」


 荷物が運び終わったのか男達がトウヤに報告して一礼する。

 それから馬車に乗り込み風のように消えてしまった。


 一般人のように見えたが、たぶん一族の使用人共だ。

 雇われたにしては統率がとれすぎていた。

 動きも気配も型にはめたように同じだったしな。


「で、なんでわざわざこんな田舎に引っ越してきたんだ」

「決まっている。可愛い我が弟の様子を見る為だ。お前はいずれ父上より当主の座を受け継ぎ、一族を率いねばならないのだぞ。おかしな思想に染まっていないか確認しておかなくては」

「当主は兄貴が継げばいい。俺は次男だ」

「何を馬鹿なことを。お前以外にふさわしい者などいるはずがない」


 あー、くそっ! これだから兄貴は!

 なんで次男の俺が家を継がなきゃならないんだよ!


 昔からこうだ。俺に変な期待を寄せてくる。


 俺は静かにアウトドアを楽しんでいたいんだよ。望むのはそれだけだ。


「ところでそこのペット」

「フィネアよ」

「名前などどうでもいい。隣に住む以上前もって言っておく」

「何」


 兄貴は息を吸い込んで間を開けた。



「自分は男が好きだぁ!!」



 周囲がしんっと静かとなり、眺めていた若い女性達は次々に崩れるようにして膝を折る。後ろにいるフィネたんも突然の告白に真っ白となっていた。


 あの、ウチの兄貴がすいません……。


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