逃亡騎士の始末

 ギルドへ顔を出した俺達は、妙な雰囲気を感じ取った。

 いつもは楽しそうに話をしている連中が黙り込んで考えに耽っている。


 俺とフィネたんはカウンター席に行き、ギルドマスターのアンネばあさんに声をかけた。


「どうしたんだ」

「どうしたこうしたも依頼を受けた奴らがみんなやられちまったのさ」

「もしかして逃走中の騎士か?」

「そうだよ。よほど腕が立つんだろうね、昨日はランク二十三があっけなく始末された。二週間で十人だよ。こうなりゃ一桁の仕事さね」


 俺もギルドの連中が手こずっている依頼のことは知っていた。

 なんでも騎士の一人が騎士団長を殺して逃げ出したと言う事らしい。

 当初、この依頼は簡単な物として扱われた。

 騎士は強い、しかしそれは戦場においての話だ。あらゆる手段を使って始末する暗殺者にかかれば相手にならないはずだった。


 だが、騎士は降りかかる火の粉を全て払って見せたのだ。


 よほど腕の立つ人物と思われる。

 少なくとも一流クラスの暗殺者でなければ相手にできないような。


「たまにはあんたの力も借りたいさね。天才の実力をさ」

「しかし報酬がな……」

「今なら三倍だよ。破格の値段さね」


 フィネたんに目配せする。

 彼女は『好きにすれば』と無言で返す。


「その騎士は良い奴なのか悪い奴なのか?」

「少なくともこちらの知る限りでは悪人さね。けど、本当のところは本人に聞かなきゃ分からんだろうがね」

「本人ね……分かった。引き受ける」

「頼んだよ」


 俺とフィネたんは席を立った。

 すると体格のいい男が行く手を塞ぐ。


「おい、寄生虫。またフィネたんにくっついて甘い汁を吸おうとしてんのか」

「甘い汁って……そもそも相棒だし?」

「気にくわねぇ。どうせ自分は戦わずに彼女にだけ手を汚させているんだろ。クズ中のクズだな。どうしてこんなクソを連れて行くのか俺には理解できねぇぜ」

「そう言われても」


 周囲の男達が「マイケル、ぶっ飛ばしてやれ!」とはやし立てていた。

 彼らはフィネたんを応援する会のメンバーである。

 月に一度はこうして絡んでくるので今に始まったことではない。


「ばあさん、こいつら止めてくれよ」

「いつものじゃれあいじゃないか、あたしがしゃしゃり出るほどじゃないよ」

「またそれだ」


 こう毎度毎度絡まれるのはうんざりなのだが。

 だからといって正体を明かせば余計に面倒事が増えるし、フィネたんも相棒として優秀なので別れるのは非常に困る。


 で、肝心のフィネたんは腕を組んで頷いていた。


「溢れるこの魅力が悪いのよ。なんて罪な女」

「止めて……くれないみたいですね」


 ダメだ。全く役に立たない。

 俺がやられるなんて心配一ミリもしてないからだろう。


 そうこうしている間に男の拳が顔面にめり込む。


「あげっ」


 俺は勢いを付けて派手に吹っ飛んだ。

 ギルドの壁を壊すくらい背中から体当たりしたので、殴った男はさぞ気持ちが良かっただろう。


「ふん、雑魚め。これに懲りたら荷物をまとめてさっさと街を出て行け」


 男達はギルドを出て行く。

 はぁ、また壁の修理費をとられるな。


「後日、壁の修理費用をもらうさね」

「やっぱりか」


 早く暗殺業から足を洗いたい。



 △△△



 例の騎士はティアズの街のすぐ近くにいた。

 王都から辺境へ移動していることから目的は国外へ出ることなのだろう。

 だとすれば国内で始末できるタイミングはこれが最後となる。


「どうすんのあれ」

「うーん、問題だな」


 標的の騎士は見晴らしの良い草原のど真ん中で野営をしていた。

 俺には遠距離攻撃はないし、フィネたんに頼むにも確実とは言えない距離だ。


 それに彼女は悪人しか殺さないというルールを設けている。

 相手が良い奴か悪い奴か判断が付かない場合、協力はしてくれない。

 あくまで今回の依頼はただの同行者だ。


「面倒だし直接行くか」

「え」


 潜んでいた森から出て、俺は騎士の方へと歩みを進める。

 フィネたんは慌てて追いかけてきた。


「ちょっと、まさか真正面から暗殺者ですって言うつもり!?」

「そうだけど?」

「馬鹿なの!? ド級の馬鹿なの!??」

「でもこんな時間に接触してくる奴らなんてそれ以外ないだろ」


 足音に気が付いた騎士は顔を向けず剣を掴む。

 焚き火に照らされる顔にはクマできており疲れた印象を受ける。


「何者」

「暗殺者だ」

「…………」


 騎士は初めて俺の顔を見た。

 驚愕した顔はすぐに笑みに変る。


「己の正体をいきなり明かすか」

「どっちにしろやりあうんだから先も後も変らないだろ」

「面白い。裏の世界には貴様のような男もいるのだな」

「となりいいか?」

「好きにしろ」


 俺達は男の近くに座る。

 リュックを下ろして中からフライパンをとりだした。


「おい、まさかここで飯を食うつもりか」

「そうだけど?」

「暗殺者ならもっとこう、スマートに殺しにかかるだろ!? 生活感丸出し過ぎるぞ!??」

「でしょ! 私も常々そう思ってるの! この人頭おかしいのよ!」


 なんで標的とフィネたんが同調してるんだよ。

 焚き火があって空腹なら飯を食うだろ? 何かおかしいのか?

 だいたい夜の草原って火を焚いてるだけでアウトドアっぽいんだよなぁ。

 雰囲気いいし、ここで食べる食事はさぞ美味いに違いない。


 油を垂らしたフライパンに作っておいたハンバーグを置く。


 じゅぅうう、肉の焼ける音と匂いが胃袋を刺激した。

 やはりミスリル製のフライパンはいい。火の通りが早い。

 ハンバーグを器に入れてフィネたんと食べる。


「本当に食事を始めた……」


 いちいち五月蠅い奴だな。

 暗殺者が飯を食っちゃいけないのか。


「それであんたはどうして騎士団長を殺したんだ」

「ふむ、そこまで知っているか」

「一応軽い事情は聞かされるからな」


 騎士はしばし沈黙した後、静かに語り始める。


「騎士団長は我らの知らぬ場所で罪なき民を甚振り殺していた。それは正義を掲げる騎士道精神に背く行為だ。故に私は陛下に直談判し団長の解任を嘆願した」

「断られたか」

「その通りだ。陛下は『そのようなはずはない』の一点張り。その時、私は何を信じて忠誠を誓っていたのか分からなくなり、気が付けば団長を斬り捨て逃げ出していた」


 困ったなぁ。こいつ普通に良い奴……だよな?

 このまま殺してもいいけど、次の日からフィネたんの機嫌がすこぶる悪くなるんだよなぁ。

 俺からすれば悪い奴も良い奴も殺せば皆同じだと思うけど。


 ちらりと相棒の顔を見る。


 すでに眉間に深い皺ができていた。

 よく分からんが、彼女にとって善人を殺すのはひどく嫌なことらしい。

 かといってこのまま逃すのも何か違う。俺は依頼を引き受けた暗殺者だ。


「あんたは良い奴みたいだが、こっちも仕事だ。しっかり始末させてもらう」

「それでいい。私も生かして帰そうとは思っていないのでな」


 俺は食べかけのハンバーグを差し出した。

 騎士はきょとんとする。


「最後の晩餐だろ。食えよ」

「ふ、ふはははっ! 暗殺者に食事を恵まれるとはな!」


 器を受け取った彼はハンバーグを食べる。

 肉をかみしめつつ頬を滴が伝った。


「私の信じた騎士道とは何だったのか……」

「いい大人が泣くなって」

「泣いてなどいない! これは汗だ!」

「え!? 普通の人って目から汗が出るのか!?」


 フィネたんを見ると眉を八の字にし、馬鹿にしたような表情をしていた。


 そ、そっか、やっぱり今のは汗じゃないんだな。

 ほら、俺って特殊な環境で育って普通の人のことってよく知らないし……もしかしたら本当に汗が出るかと思ったんだよ。

 なぁ、そろそろその顔止めてくれないか。


「これ以上は情が湧いてしまう。そろそろ始めようでは――」


 騎士が剣を握った瞬間、彼の首に細い糸が巻き付くのが見えた。


「あがっ!? ごげば!?」

「しまった!」


 糸は一瞬で騎士を闇の中へと引きずり込んだ。

 俺達は立ち上がり戦闘態勢に移る。


「獲物の横取りはルール違反だ。君達」


 闇の中から黒い長髪の青年が現れる。

 その身には密着した漆黒のスーツが纏われていた。


 指先で輝くのは細い糸。蜘蛛の糸のように細く視認が難しい。


「それはこちらの台詞だ。俺達はギルドを介して依頼を受けていた」

「だとすれば別口で依頼が重なったと言うことか。まぁいい、ならば早い者勝ちだ。あの男は自分がもらう」

「待てよ。こっちは相手の至近距離にいたんだぞ、どう考えたって優先順位はこちらにあるだろうが」

「そんなことは知らん。距離などいちいち測っていないからな」


 俺と奴の間の空気が張り詰める。

 面倒事を嫌う俺だが、これでも殺し屋一族としてのプライドは持っている。

 あっさり横取りを許してはザザ家の次男として名折れだ。


「ほ、ほんとうにやるつもりなの?」

「正当性はこちらにある。意地でも騎士を引き渡してもらうさ」

「でも」

「嫌なら下がってろ」

「相棒なんだからやるわよ。あんただけだと心配だし」


 フィネたんが隣で針を抜く。

 彼女は優れた魔術師だが唯一欠点がある。

 それは遠距離攻撃が苦手なことだ。


 通常の魔術は込める魔力量によって飛距離が伸びる。

 しかし、彼女の使う魔術は少し変っていて、通常よりも威力がある分飛距離が短いのだ。

 元からある性質なのか、人体改造によって起こった弊害なのかは不明、どんなに魔力を込めようが一定の距離に達すると急速に威力が減退する。


 その欠点を補うために身につけたのが『魔針』である。


 この針は特殊な文字が刻まれており、魔術を一度だけ込めることができる。

 あらかじめ発動時間を決める制限はあるものの、これにより彼女は見事弱点を克服したのだ。


 そして、この武器は彼女のスキルとも相性が抜群だった。


「雷撃の舞い!」


 四本の魔針が見当外れの方向へと投げられた。

 だが、針は軌道を変えて男へと向かう。


 スキル【定められた命中ラブリーヒット


 目視できる箇所へ投擲物を百発百中させる能力だ。

 たとえ避けてもどこまでも追いかけてくる。ただし、投擲物が破壊されたり防がれた場合は効果を失う。


 男は針を躱すが、軌道を変えて再び狙う。


「追尾能力を備えているか。厄介だな」


 そう漏らしつつ糸で針を切断、奴の意識が一瞬だけ俺から外れた。

 瞬時に距離を詰め、がら空きの腹部へと拳をめり込ませる。


「ふっ!」

「ちっ」


 奴はわざと大きく後方へ飛ぶことでダメージを逃した。

 着地と同時に振るわれた糸は、先ほどまで俺がいた場所を吹き飛ばす。


 即座に離れて正解だった。あのままだったらミンチになっていた。

 しかしでたらめな糸だ。あの細さであの威力。

 まともに受けるのはやはり危険。


「風の舞い!」

「邪魔だ」


 針を飛ばそうとしたフィネたんへ男が糸を振るう。

 俺は咄嗟に間に入り、引き絞っていた拳を解き放った。


 スキル【高慢なる反撃ディープカウンター


 出力200%。

 拳が糸を倍加して弾き返す。


 男は瞬間的に糸を手から切り離し、真横へと躱した。

 返された糸は地面を爆発するように切断、土煙をもうもうと上げて大地に一本の深い溝を作った。


「全ての物理攻撃を倍加して返すカウンタースキル。やはり恐ろしい能力だ」

「だったら獲物を返せ。次はこの程度じゃ済まないぞ」

「ふふ、ふふふふ、では妥協案を提示しよう。男は自分がもらい受ける、その代わりもらうはずだった報酬はこっちで払おう」

「…………」


 その辺りが妥当か。

 こちらも無理をしてまで戦いたいわけじゃない。あくまでも無礼な横取り行為に抗議しているだけであって、きちんと対応するなら渡しても構わないと考えている。

 標的は一人、二つに裂いて持っていくわけには行かないだろうしな。


 それにこれ以上フィネたんを巻き込むのは危険だ。


「受ける」

「成立だ。では金はギルドを通じて支払っておく」


 男は背中を見せて去ろうとした。

 が、すぐに立ち止まって振り返る。


「たまには家に帰ってこい。母上とおばあさまが寂しがっているぞ」

「気が向いたら戻るさ」

「それと技を鈍らせるなよ」

「五月蠅いな。分かったからもう行けよ」


 彼は微笑みを浮かべて闇へと消えた。


「ね、ねぇ……もしかしてあの人……」

「俺の兄貴だよ」

「あのザザ家の……長男?」


 今頃怖くなったのかフィネたんはぺたんと尻餅をついた。


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プロローグを追加しました。


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