平穏な休暇日

 いつもより少し早い時間に起床。

 服を着て一階へと下りる。


 リビングの壁に貼られているカレンダーを確認した。


「まだ時間はある……あと一年と数ヶ月」

「おはよ」


 ちょうどフィネたんも起きたようだ。

 ゆるめの長袖に長いスカート。いつもの休日スタイルだ。


 本日は休暇。俺達の流儀は焦らずのんびりなのである。


「コーヒーでいいわよね」

「ありがとう」


 淹れ立てのコーヒーを啜り、焼きたてのパンをかじる。

 彼女は席に座る前に暖炉へ手を向けた。


「炎よ」


 ぼっ、離れた位置にある暖炉に炎が出現した。

 さすがは魔術師と言うべきか、俺には真似できないことだ。


 パンにバターを塗っているうちに部屋の中が暖かくなる。


「で、今日はどうするの」

「先日とったツクシも食べないといけないし、キノコもマイスに見てもらわないといけないからなぁ」

「じゃあ店に行くのね」

「そうなる。それから注文していた物もできてる頃だし」

「あんたまた何か作らせてるの」


 呆れた顔で俺を見る。

 マイスと俺の共同開発は今に始まったことじゃないだろうに。

 しかし、今回の品を見れば彼女も俺達のしていることが、どれほど有意義なものか理解できるはずだ。


「話は変るけど、そろそろアイツを見つけられないのかしら」

「一応別口でも捜索はしているが、上手く隠れていてそれらしい報告はさっぱりだ。国内にいるのは確実なんだが」

「魔物解剖学の第一人者――エドワード・フランケルシュ」


 フィネたんの目が怒りに染まる。


 彼女は見た目こそ十五歳程度の少女だが、実際は二十二歳の成人した大人だ。

 これは元からではなく人為的に調整されたからである。


 かつてどこにでもいる金髪碧眼の十五歳の少女の前に、エドワード・フランケルシュは前触れもなく現れた。

 彼は村を焼き払い、両親を殺し、彼女を攫った。

 そして、彼は彼女の体をいじり改造を施す。人ならざる力を植え付けたのだ。


 フィネアは彼を殺す事を誓った。


 友人の仇、両親の仇、己の仇をとる為に。


 フィネアが暗殺者をしているのも、いつかあの男の始末依頼が来ることを期待してのことだ。彼女が今の仕事から足を洗う時、それは真の標的であるエドワードを殺した時だ。


「焦るな。エドワードは俺の標的の一人でもある。殺したいのは俺も同じなんだ。アンネばあさんにも協力してもらってるし遠くない内に確実に捕捉するさ」

「そうならいいけど」


 ざくっ、パンをかじった彼女は浮かない顔だった。

 またあの頃の悪夢にでもうなされたのだろう。


 俺とは違い彼女はまだ人の領域にいる、早く足を洗わせてやりたいものだ。



 △△△



 店のドアを開ければ店主のマイスがアイマスクをして寝ていた。

 しかも店内のど真ん中でシュラフに包まれて。


「おい、起きろ」

「ママ、そんなにハニートースト食べれないよぉ……むにゃ」

「マイス!」

「うぉっ!? 誰だ俺を呼ぶのは!??」


 芋虫のようなマイスが体を起こした。

 薄緑色のシュラフなのでますます巨大な芋虫に見える。


「イズルか。起こすならもっと優しく頼む」

「営業中に寝るな」


 シュラフから出てきた彼はカウンターへ移動。

 椅子に腰を下ろし視線を彷徨わせた。


「フィネの嬢ちゃんはどうした」

「菓子を作りたいから家にいるそうだ」

「あの子はいい嫁さんになるぞ」

「やめてくれ」


 近くにあった椅子を引き寄せ座る。


「あいつは相棒であってそういうのじゃない」

「でも一緒に暮らしてるんだろ」

「その方が都合がいいからな。俺に一般人のような感情を期待しないでくれ」


 育ちのせいか俺は感情が酷く薄い。他者に対する情に関しては特にだ。

 それでもなんとか生活できているのは、『人とはそのような生き物』として学んだからである。


 ザザ家は人であって人ではない存在だ。


「確かに嬢ちゃんもそんな感じではないよな」

「あいつは恋愛とか興味ないんだ。少なくとも復讐が終わるまでは普通の幸せはいらない、とか言ってたな」

「嬢ちゃんらしいな」


 話を適当に終え、俺は複数の袋を取り出した。

 今回のキャンプで採取した食材である。


「おっ、ツクシにナメコまであるじゃねぇか」

「そっちはいい。こっちの未判別のキノコを見てくれないか」


 カウンターにキノコが並ぶ。

 マイスは一つ一つ念入りに眺めて三つに分けた。


「こっちが食用可能、こっちが注意の必要な食用、そんでもってこっちが毒だ」

「この薄茶色のしわしわは食べられるのか」

「これはアミガサタケって言って生食厳禁のキノコだ」


 それは卵形の深い大きな編み目の傘が特徴的なキノコだ。

 柄は白色~帯黄色、傘から柄まで連続した空洞がある。

 とある地域では『モリーユ』と呼ばれ、春の訪れを知らせる味覚として親しまれているらしい。

 バターや生クリームで煮込むような料理に向いている。


「使う前はしっかり加熱しろ。一度ゆでこぼすといい。それとアルコールとの摂取は避けろ。悪心や吐き気をもよおす可能性がある。食べ過ぎでも目眩やふらつきがあるから気をつけるんだな」

「分かった」


 キノコを三つの袋に分け、毒キノコの入りの袋は懐に入れる。

 こんな職種なので毒も無駄にはならない。


 さて、そろそろ本題に入るとしよう。


「例の奴は?」

「できてるぜ」


 俺とマイスはニンマリする。


 事の発端は俺の一言。


『簡易的な屋根が欲しい』


 キャンプで困ることの一つが突然の雨。

 それが食事中に起これば大変だ。

 火は消えるし料理は水浸し。せっかくの一時が台無しとなる。

 加えて強い日差しも遮る物も欲しかった。


 そこで俺とマイスは屋根を作ることにしたのだ。


 もう名前も決めてある。

 その名も『タープ』。


 アウトドア界の期待の新星になること間違いなし。


「イズルの考えた設計図を元に俺が作った。こりゃあ優れものだぜ」

「宣伝をするからタダに――」

「半額だ」

「ですよねぇ」


 アイデアを提供したとは言え材料費と加工費はマイスが引き受けている。

 負担を考えればむしろ安いくらいだ。

 もちろん俺が考えた製品が馬鹿売れすれば、売り上げの二割ほどもらえる話にはなっている。馬鹿売れすればの話だが。


「さっそく立ててくるんだろ」

「もちろん」


 こんなこともあろうかとキャンプ道具を持ってきていたのだ。

 キャンプ好きが休日に何をするかなんて決まり切っている。キャンプだ。


 道具を受け取った俺は店を出る。


「もう用事は済んだの?」

「あ、フィネたん」

「フィネアだ!」


 店を出たところでフィネたんとばったり出会う。

 彼女は甘い臭いのする包みを持っていて、どことなく満足そうな顔だ。


「もしかしてクッキーか?」

「うん。マイスにお裾分けしようと思って」

「じゃあ待ってるから渡してこい」

「……なんでリュック背負ってるの?」

「…………」


 彼女の目がすっと細くなる。

 不思議なことに彼女の心の声が聞こえた気がした。


『おいおい、休日もアウトドアかよ』


 だが、あえて無視しよう。

 アウトドアとは休日にこそ必要な物なのだ。


 面倒なことを全て忘れ大自然に抱かれる、これこそアウトドアの本懐であり極地。普段は仕方なくついでに仕事もしているが、あれでは本当の意味でリラックスはできない。


「しょうがないわね。付き合ってあげるわよ」

「ククク、このまま沼の奥底まで引きずり込んでやる」

「邪悪な笑みを浮かべるな」


 彼女はマイスにクッキーを渡してから出てくる。

 揃って歩き始めると脇に抱えている物に視線を向けた。


「それが作ってた物?」

「名付けてタープだ。これの素晴らしさにお前は衝撃を受ける」

「新しい玩具をもらった子供みたいね」

「一緒にするな! これはすごいんだぞ!」

「子供だった」


 街を出てすぐの草原で場所を決める。

 比較的地面が柔らかく風の弱い位置を選んだ。


 袋から骨組みと屋根となる革を取り出す。あとロープとペグ。


「これだけなの? 少ないわね」

「寝る場所じゃないからな。あくまでも野外のリビングとして使う」


 まず六角形の屋根部分を広げる。

 これには八本のロープがあり、内四本をメインロープとする。

 風を考慮し、タープを張る際は風向きと平行になるようにするといいだろう。


 タープは端に設置した二本の柱をロープの張力で支える構造となっている。

 なので柱を直接支える四本のメインロープは非常に重要だ。


 俺はメインコーナーにペグを軽く打ち込み、二本のメインロープを中心からそれぞれ四十五度に広げペグで地面に固定する。

 メインコーナーに柱を差し込み柱を地面に立てる。

 左右の柱が立てば最後にサブロープを地面に固定して完成。


「ほんとに屋根だけなのね」

「これがあれば突然の雨も凌げるだろ」

「その代わり手間が増えるわね」

「え?」

「え?」


 なに言ってるんだ。このくらい労力にも入らないだろ。

 テントもタープも立てるのが楽しいじゃないか。

 それとも普通の人はつまらなく感じていると言うのか。そんな馬鹿な。


「どうして青ざめた顔をするの」

「いや、可哀想だなって……」

「哀れまれてる!?」


 とりあえず折りたたみ式のチェアを出して座る。

 ぬるい風がタープ内を通り抜けて非常に気持ちが良い。


「はい、あげる」

「俺にもくれるのか」


 クッキーの入ったつつみを受け取る。

 開けば甘い匂いが小腹を刺激した。


 さくっ、まだほんのり温かいクッキーは、食感も良く素直に美味しいと呼べる物だった。


「私ね、復讐を終えたら菓子店で働こうかと考えてるの」

「フィネたんならきっと即戦力だろ」

「フィネアね。でも、そうだと嬉しい」


 がさり、草むらから黒い犬が顔を出す。

 魔物のブラックハウンドだ。


 雑食なのでクッキーの匂いに釣られてここまで来たのだろう。


 ちなみにではあるが、魔物と通常の動物の違いは魔術を使うかどうかだ。どのような生き物にも魔力は存在しているが、それを生命補助だけではなく、攻撃にも使用するのが魔物と呼ばれる生き物である。

 これらは総じて知能が高く、中には人語を解する存在までいることはよく知られている。


 フィネたんが殺気を放つとブラックハウンドは怯えて逃げ出す。

 やはり下位の魔物、賢い奴はそれ以前に実力差に気が付き避けるものだ。


 リュックからシングルバーナーとホットサンドメーカーを取り出す。


「何か作るの?」

「アスパラガスを調理しようと思ってさ」

「ああ、おばあさんの野菜ね」


 アスパラガスを程よい長さに切ってベーコンで巻く。

 この際、爪楊枝を刺しておくとほどけなくていい。

 油を敷いたホットサンドメーカーに入れてしばらく炒める。

 ぱかりと開けば、絶妙に焦げ目が付いたアスパラベーコン巻きのできあがり。


「う~ん、いい匂い」

「クッキーのお返しだ」

「じゃあ遠慮なく」


 ぱくっと食べた彼女は笑みをこぼす。

 それからチェアに背中を預け読書を始めた。


 俺も体を倒し風を感じる。


 やっぱりアウトドアは最高だな。


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