ミストレイクキャンプ場
大木の連なる日の差し込む森。
地面には落ち葉が敷き詰められ、樹の根元には苔が生えている。
事前に聞いていたとおり野草は少ない。
この森に住む動物がほとんど食べてしまっているのだろう。
その代わりだが朽ち木に生えたキノコをよく見かける。
「うわっ、真っ赤なキノコ。いかにもって感じね」
「派手なキノコが毒だとはかぎらないからな。食用可能な場合もある。ま、危険だと感じたら触らないのが一番だ」
「あのぬめぬめしたのはどうなの」
「たぶんアレはナメコだ」
「なんだか気持ち悪いわね」
ナメコはブナの倒木に重なるようにして密集して生える。
傘はねっとりとした粘液に覆われており、スープに入れるとつるんとした食感が楽しむことができる。
ちなみにナメコを食べるのは人間とナメクジとスライムだけだそうだ。
ナメクジはナメコの粘液が苦手らしく、傘の上は避け裏側から入って食べるらしい。
俺は袋を取り出しナメコを採取する。
さすがに他のキノコと一緒にはできないのでこれはナメコ専用だ。
キノコを探しつつ薪探しもする。
「これとか美味しそうじゃない」
「ワライタケだぞ」
「?」
「毒キノコだ」
「うへぇ!?」
鐘形の淡灰色~淡褐色の傘。柄は細く長い。
麻薬成分が含まれている為、名前の通り食べると幻覚を見ることがある。
他にも神経系の中毒に下痢や呼吸困難などが引き起こされるそうだ。
キノコを投げ捨てた彼女は、急いで右手を服に擦り付けた。
「いくつか採取したしそろそろ行くか」
「ようやく目的地ね」
道に戻りミストレイクへと向かう。
時折、冒険者らしき集団とすれ違ったりする。
これから行く場所は観光スポットでもあり狩り場でもあるのだ。
ミストレイク周辺には弱い魔物が多数生息しており、デビューしたての冒険者達はまずここに訪れ実力を磨くそうだ。
さらにここに来る利点がもう一つある。それは腕の立つ管理人の存在だ。
お金を払うことで野営の補助をしてもらえ、さらにお金を払えば、助言や戦闘の指導までしてもらえる。初心者に優しい育成スポットとなっているのだ。
森を抜け視界が開ける。
陽光によってきらめく湖が目に飛び込んだ。
遠方には山が見え、青空がより一層映えて見える。
心なしか吸い込む空気まですがすがしく感じた。
畔にはログハウスがあり、広い敷地にはテントがいくつかあった。
だが、ほとんどの冒険者は狩りが終わり撤収作業を行っている。この雰囲気だと今夜キャンプを行うのは俺達だけのようだ。
とりあえずログハウスへ顔を出しに行く。
「いらっしゃい。ようこそミストレイクへ」
ログハウスの受付では熊のような体格の男性がいた。
口元には髭を蓄え人の良さそうな笑顔で出迎えてくれる。
恐らく彼がここの管理人なのだろう、その証拠に腰には使い込まれた大きな鉈を帯びており、太い腕などには無数の傷があった。
獣に引っかかれたような痕から以前は冒険者をしていたのだろうか。
「一泊したい」
「ウチの土地を使うなら一人千ジルもらうよ」
俺は二千ジルを彼に払う。
「薪が欲しければ有料で渡す。その他にも道具を貸しだしているから遠慮なく言ってくれ。それと俺はここの管理人のビルだ。よろしく」
「イズルだ。こっちは連れのフィネたん」
「フィネア! フィネたんって呼ぶな!」
「ははははっ、賑やかだな。今夜は楽しめそうだ」
ログハウスの中は落ち着いた雰囲気だった。
窓際には木製のベンチが置かれ、薪ストーブがポカポカとした暖かい熱を発している。
受付には『お茶・コーヒーあります』と書かれた板が置かれている。
どうやら喫茶的なものもやっているらしい。
ひとまずログハウスを出て場所決めをする。
キャンプの基本中の基本、それはどこにテントを立てるか決めることである。
風向きや持ち合わせの道具などを加味して位置や範囲を計画する。
幸い他に泊まる人もいないので、今夜は敷地のど真ん中にテントを張ることにしよう。
「たまには私にテント張りをやらせてよ」
「構わないけどできるのか」
「イズルの指導があれば」
「なるほど」
と言うわけでさっさとテントの組み立て開始。
――の前に、地面の石とりから始める。
テントは一度立ててしまうと容易に移動ができない(やろうと思えばできるが)
後で床の下に大きな石がある分かっても取り除けないのだ。
石取が終わるとシートを広げて端をペグで止める。
その上で本体を広げ骨組みを組み立てる。
注意点としてはテントの出入り口は風下にすること。風上に作ってしまうと砂や埃が舞い込み、天気や季節によっては開け閉めする度に雨や雪が吹き込んでしまう。
「イズル、どこに向かえばいいのか分からない! 私はテントの中で遭難してる!」
「穴があるだろ。そこにポールを刺せばいいんだ」
「見えないわよ! どこなの!?」
しぼんだテントの中で小さな塊がもそもそ移動する。
右に行ったと思えば左に移動。少し上に移動してからごそごそする。
「あった! 穴ってこれね!」
彼女はポールを立ててテントを起き上がらせた。
本当はもっと簡単な方法があったのだが、この際細かいことは止めにしておこう。
結果が良ければオールオッケーなのだ。
ポールは一度立てると張りと重みで自立する。
その間に外に出てテントをロープとペグで固定し完成。
「簡単ね。一人でもできたわ」
「まぁ、一人でもできるテントだからな」
「もっと褒めて! 私がこのテントを立てたのよ!」
「さすがフィネたん! 見直したぞ!」
「立てる前の評価が気になる」
今回はフィネたんが火をおこし、俺が調理をする。
まずはタンポポから。
花は天ぷら、葉はサラダにする予定だ。
花と葉を分け、ボウルに葉を入れて水にさらす。
花は軽く水で汚れを落としておく。
葉は苦みがあるので数時間あく抜きをすればいい。できれば一晩おくといいだろう。
ちなみに灰を使ってのあく抜きもあるが今回はしない。
タンポポは時期や場所によって苦みも違うので、日当たりのいい場所にあるものを採取した方がいい。
根っこは乾燥させるとタンポポコーヒーにできるのでとっておく。
次に菜の花。
今回はおひたしを作る。
まず水で洗い汚れを落とし、そろえた菜の花を食べやすい大きさに切る。
蕾と茎とでは火の通りが違うので注意が必要だ。
沸騰したお湯にティースプーン山盛り一杯の塩を加え、先に茎を入れる。
一分ほど茹でた後に蕾を加えてさらに三十秒ほど茹でる。
ゆで汁は出汁の代わりになるのでとっておく。
菜の花を鍋からあげて冷水に浸す。
冷めたところで絞って器の中へ入れる。
後は冷めたゆで汁、醤油、みりんを加えて十五分ほど置けばできあがり。
「そろそろお腹空いたんだけど」
「昼食がまだだったな」
タンポポは夕食に出すので今は食べられない。
かといって菜の花のおひたしだけでは腹も膨れないだろう。
もう一品作るか。
シングルバーナーとホットサンドメーカーを取り出す。
中へ厚めのベーコンにチーズを加え火にかける。
「いい匂いね。食欲をそそるわ」
「朝に買ったバゲットを出してくれるか」
パンをスライス、焼き上がったチーズベーコンを切って載せれば完成。
見ているだけで涎が出てしまう。
「んふぅ、おいひい!」
「ベーコンとチーズの相性はいつだって最高だな」
菜の花のおひたしも食べてみる。
ほんのり苦みがあるがそれがいいアクセントになっていて、なおかつ歯触りがいい。
どこからか美しい鳴き声が聞こえる。
こげ茶色の小鳥が近くの枝に止まりこちらを見ていた。
ミソサザイだ。スズメよりも小さい鳥で、どんな楽器よりも澄んだ音色を奏でる。
普段は山の渓流沿いの林に暮らしていてなかなかお目にかかれないのだが、冬の間は麓の沢などに下りてくるそうだ。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
フィネたんが淹れてくれたコーヒーを片手に湖を眺める。
湖面は鏡のように光を反射し、空を映し出していた。
……泳ぐにはまだ早いか。
ずずっ、と啜りながらそんなことを考える。
△△△
空がオレンジ色に染まる頃。
俺達は夕食の準備を始めていた。
焚き火の上にトライポッドと呼ばれる金属製の三脚を立てる。
真ん中の垂れ下がる鎖にダッチオーブンを吊し、焚き火に炭を投げ込んで熱する。
「フィネア隊員、準備はいいか」
「万全でありまする」
「よろしい。では開戦だ」
まずベーコンを一センチほどに切ってダッチオーブンに放り込む。
脂が出てきたら水を加え、沸騰するまでの間にキャベツを包丁で真っ二つにして芯とヘタを取っておく。
味がしみやすいように切り込みを入れておくといい。
水が沸騰したら、キャベツを入れてその周囲にトマトを入れる……のだが、あいにく今の時期は売っていないので代用品としてタマネギを入れる。後は蓋をして四十分ほどじっくり煮込む。
ダッチオーブンは蓋の上にも炭を置くことができるので、効率よく熱することができる。
と言うわけで火ばさみで豪快に炭を盛る。
一方、フィネたんはシングルバーナーで天ぷら作りの真っ最中だ。
タンポポの花を溶いた天ぷら粉につけて油の中へ。
できるだけ花の形を崩さないように揚げるのがコツだ。
お皿に葉っぱと揚げたての花を盛り付ければ完成。
「どうせだしタマネギの天ぷらも作ろうか?」
「いいなそれ。頼む」
日が暮れ辺りが暗くなる。
煌々と焚き火の明かりが照らす。
ダッチオーブンの蓋を開ければ程よくキャベツに火が通っていた。
仕上げに塩とコショウで味をととのえる。味見をしてみたが悪くない出来だ。
さっそく二人でディナーをする。
「タンポポの葉っぱって意外にいけるのね」
「苦みはあるけど逆にそれがいい」
「花の天ぷらは普通かな」
「見栄えはいいけどな」
タマネギの天ぷらも食べる。
ざくっ、噛むと良い音が響き優しい甘味が脳みそを蕩けさせる。
春タマネギ恐るべし。あのおばあさんに感謝だな。
お次は春キャベツのスープだ。
ほろほろに柔らかくなったキャベツをスープと一緒に口に入れる。
ベーコンの旨味とキャベツとタマネギの甘味が融合し、程よい塩気がそれらを引き立ててくれている。
「美味そうなものを食べているじゃないか」
管理人のビルが酒のボトルを持って現れる。
ご同伴にあずかろうって魂胆らしい。
俺は器を彼に差し出した。
「素材を生かしたいい料理だ。どうだ、一杯やるだろ?」
「それじゃあ遠慮なく」
カップに酒を注いでもらい飲み干す。なかなか度数の高い辛口の酒のようだ。
フィネたんは好みではなかったらしく遠慮する。
「ところで君達はどうしてここに?」
「仕事だよ」
「ほぅ、どのような仕事――なのかな!」
「!?」
ビルは鉈を抜いて一閃、反射的に躱し後方へと跳躍した。
「お前達が暗殺者だってことはすぐに分かった。俺くらいになると視線や動きでどんな奴か見えるんだよ」
静かに立ち上がった彼は鉈をぎらりと光らせる。
優しそうな顔は醜悪に歪み、黄ばんだ歯をむき出しにして笑った。
「依頼があったんだ。駆け出し冒険者を殺している快楽殺人者がいるってな」
「ははっ、どうせ依頼したのは冒険者ギルドだろう。駆け出し共に勧めていた場所が、実は殺人者の懐だったなんて隠したいものなぁ」
「依頼主のことは知らない。俺達は報酬と標的さえ決まっていればやるだけだからな」
ビルは瞬時に距離を詰め、鉈を振るう。
やはり元冒険者だけあって一撃一撃が鋭い。
現役はさぞ名のある熟練者だったのだろう。
腕を掴み奴を投げる。
空中でくるりと回転して難なく着地して見せた。
「いいことを教えてやる。先ほどの酒には遅効性の毒をたっぷり入れておいたんだ。そろそろ効いて来る頃じゃないのか」
「だろうな。ピリッとしたからそんな気がしたんだ」
「まさか……分かってて飲んだのか」
「毒を飲まされて育ったから耐性があるんだよ。味からして麻痺系の毒だったんだろ。もうちょいきつめだったら安酒ももっと美味く感じたんだろうがなぁ」
「お前、本当に人か?」
おっと、殺人鬼に『頭がおかしい』みたいな目で見られてる。
しょうがないだろ。そう言う家庭だったんだよ。どこの家でも毒を飲んでるって思ってたし、家族だって美味しそうに飲んでたんだ。
やめろって、そんな目で見るな。
「まぁいい。だったら俺のスキルで仕留めてやる」
「よし、来い」
「目覚めよ我が力【
ビルの瞳孔が縦長になり、体中の太い血管が浮き出る。
どうやら身体強化のスキルのようだ。
名前から察するに、生き物を殺すほどに成長する特性があるのだろう。
ただ、成長型強化はそこまで珍しくないし、成長率も微々たるものなのであまり強いスキルとは言えない。
一人一つは持っているスキルだが、彼の場合ハズレを引いた口のようだ。
「しねぇぇえええ!」
強化された脚は強く体を前に押し出し肉薄する。
斜め下から振られようとする鉈、俺はタイミングを合わせてすでに引き絞っていた拳を鉈へと直撃させた。
スキル【
出力200%で反撃。
拳は鉈を粉砕し、ビルの鳩尾へと直撃。
轟音の後、遙か先の大木に彼はめり込んでいた。
「心音は?」
「聞こえない、死んだと思うわよ」
「というかお前、何食べてんだ」
「クッキー」
近くに来たフィネたんがぽりぽりクッキーをかじっている。
そう言えば昨日の夜、一人でごそごそしてたな。あれはクッキーを焼いてたのか。
「一つよこせ」
「タンポポを引き抜いたあんたにはやらないわ!」
「なにを!」
互いに鶴の構えと虎の構えで火花を散らす。
見よ、我が鶴の舞い。
あっ! クッキーを全部食べるな!
ちくしょう!!
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