捻くれ男と推理女

時本

第1話 黒歴史

 俺は今、夢を見ている。

 と、夢の中の俺はなんとなく理解していた。

 自分が夢を見ていることを自覚している……これは所謂、明晰夢めいせきむって奴か。



 高校のクラスメイトからその体験談を聞いた時は「うわぁ、すごーい!」と無邪気に称賛しつつも、内心では「そんなものあるわけないだろ、証拠出せよ証拠」と軽くバカにしていたがどうやらその認識を改めなければいけないらしい。


 そんなことを考えているうちに突然、目の前で一つの映像がまるでビデオテープのように再生された。

「ねえ、出雲君……少しはみんなと仲良くしようよ!」


 映っているのは明るい笑顔を浮かべて何かしら力説している女子生徒。

  えっと……確か、中学の時のクラス委員長だ。

 名前は……うーむ、忘れた。


 対して机に突っ伏してそれを無視しているのは無気力そうなクソ中坊こと俺、出雲真いずもまこと

 この状況から察するにこの委員長、クラスで浮きに浮きまくっている俺を心配してくれているようだ。


「出雲君はどうしてそんなにみんなと仲良くできないの?……何か理由があるなら私、聞くよ。いや、聞かせてよ!私たち、クラスの仲間でしょ!」


なんて優しい女の子なんだろうか!


 俺は委員長の思いやりに感動し、身を震わせた。

 わざわざこんな協調性のない俺なんかを心配してくれるなんて優しいという言葉以外にあり得ない。

 この俺の感動に呼応するように、映像内の俺もそれまで机にうつ伏せていた顔をのっそりと上げる。


 さて、これが青春ストーリーならここからの展開は簡単だ。

 問題児、出雲真クンはクラスメイトの優しさに心を開き、みんなと仲良くなる。

 そして最終話あたりで俺がこの委員長に告白して見事、付き合ってハッピーエンド! 毒にも薬にもならぬありがちな話。けれど、めでたしめでたしである。




 ……だが何だろう、この焦燥感は。

 これ以上は見てはいけないような、そんな気がする。



 俺が顔を上げたことに希望が見えたのか、これでとどめだと言わんばかりに委員長がこちらにニコリと笑いかけ、手を差し出す。


 ついにこの青春ストーリーも山場だ。


 この後、俺は笑顔を浮かべておずおずと握手するであろう。

 そして顔を赤く染めながら、「ありがとう」と、素朴な感謝の言葉を言うのだ。


 ああ、なんて素晴らしい話なんだろうか!


 そんな感嘆もつかの間、俺はすぐに困惑することとなった。

 

 ……おい、俺よ、笑顔は笑顔でも、どうしてそんなに変な……まるで人を見下しているかのような嘲笑を浮かべているんだ?


 どうして手を差し出そうとしないんだ?


 数々の疑問点が脳内を反芻はんすうする中、映像内の俺は「ありがとう」という言葉の代わりに一つ、嫌な笑い声を漏らした。


「はっ」


 俺は全て思い出した。

 ……これは青春ストーリーなんかではない。


――忌まわしい黒歴史だ。



 俺は、なおも笑顔を浮かべ続けている委員長に憐憫れんびんの眼差しを向けると一言、こう言った。


「お前も大変だよな」


「……えっ?」


 不意を突かれたのか、委員長の顔が疑問に染まる。

 だんだんとその表情に「この人は何を言っているのか」という困惑と嫌悪が含まれた陰りが見え始め。

 そのタイミングを狙いすましたかのように俺は言ってやった。


「委員長だからっていう理不尽な理由で厄介者の俺を表面上、クラスの輪に入れる役回りを押し付けられるなんてな。

 ま、その代わり成功すれば担任との約束通り内申点が手に入るし、クラスの人間からも問題児を更生させた頼りになる委員長っていうオイシイ肩書きを手に入れられるから良いかもしれないけどな」

 

 静寂が訪れた。


 正面には、「なんでそれを……」とでも言わんばかりにギクリとした表情のまま固まっている優しい優しい委員長。

 数秒ほど経って、ようやく委員長はしどろもどろとした声で言い返した。


「な、なに言ってるのよ。そんなつもりで言っているワケないじゃない。私はクラスの仲間として……」

「はっ」


 またしても嫌な笑い声が口からまろび出た。


「急に口調が雑になったな。図星を突かれて焦ってるのか? まあ、どっちでもいいけど」


強い風がびゅうびゅうと耳障りな音を立てながら教室のカーテンを揺らしている。

映像内の俺はゆっくりと委員長の目を見据えると続く言葉を口にした。


「そういうの偽善って言うんだ。迷惑なんだよ。……失せろ」


 そう言いはなった瞬間、映像に大きな亀裂が入って――最後にはガラガラと崩れ去った。


 結局、その委員長がこの後どうしたのかは覚えていない。

 ただ、その先の中学生活、誰にも話しかけられず孤立してしまったのは確かだ。


 ……もういいだろ。


 胸に渦巻くじっとりとしたこの嫌な気分を今すぐ消したかった。

 しかし未だに夢は終わらない。夢は夢でもこれは悪夢だ。

 まだ見ろっていうのか?


 耐えきれず、俺はその場から逃げ出した。

 ところがその悪夢は、今度は球体へと変化して転がりながら俺を追い掛け回してくる。いくら逃げても永遠に追い続けてくる。


 まるで、お前のその考え自体が何もかも全て間違っているのだと指摘してくるかのように。


 ――ああ、分かっているさ。

 分かっている。だからせめて……それを他人に悟られないようにしよう。

 そして、手に入れるのだ。

 唯一無二の輝かしい青春を。


 そんな決意を改めて固める。

 すると、自分の間違いを認めたことへの救いなのか、はたまた自分がそう思いたいだけでただの偶然なのか。


 ぱあああああ。


 今まで俺のことを追いかけ回していた忌まわしい過去は突然、音もなく消滅し、ほの暗かった辺りが急に光で満ち始めた。


 そして現れたのは背中に白い羽、頭部に光り輝く輪っかを乗せた生物……所謂、天使らしきモノ。

 もはや全くもってこの夢の世界観は謎だが……まぁ夢なのだから何でもありなのだろう。


 ……さて、流れ的に考えてこの天使さんは俺に何か素晴らしいお告げでもくれるのだろうか。 


 期待した目で見る俺に対し天使は一言、

 「そろそろ起きてほしいんだけど」

 と、実に気だるげに言ってのけた。 


 ……やけに馴れ馴れしいな、この天使。

 もうちょっとそれっぽい神聖な物言いはないのか?……というかこの流れでただ単に「夢から覚めろ」とはあまりにも手厳しすぎやしないか?


 てっきりweb小説でよくある異世界に転生してモテモテになる流れだと思っていたばかりに妙に拍子抜けしたと同時にだんだん腹が立ってきた。

 なんだその自分は関係ないみたいな言い方。お前も夢の一部だろうが。


 「うるせえな。俺だって起きたいわ。お前が起こさないのが悪いだろ」

 

 そんな正論を叩きつけると、天使はこちらを見て何故かにっこりと笑顔を浮かべた。


「あ、そう。じゃあ本気で起こすけど後で文句を言ってきても知らないからね」


 意味不明だが目が覚められるのならどうでもいい。


「はいはい分かった分かった。何でもいいから早く起こしてくれ」

 ……って、ん? 

 待てよ。この理性的な声、栗色の髪、端正な顔立ち、美しい羽……いや、羽は無いが。


 ――俺はコイツを知っている。


 瞬間、まるでスイッチが切り替わったかのように急激に意識が覚醒した。


 皮肉なことに現の俺は黒歴史と同じ様に机に突っ伏していた状態だった。

 誰かの気配を感じる。ゆっくりと顔を上げ、目を開ける。

 そこにいたのは天使でも委員長でもなく……。


 美少女がこちらを覗き込んでいた。


 つまり、美少女に起こしてもらうなどとという世の中のクソザコ高校生男子からしてみればまさに夢のような体験を俺はしていることになるのか。

 いえ、なりません。


 今となってはむしろ、夢のままであってほしかった。なんなら、もしかしたら夢かもしれない。

 いえ、しれません。


 ……ん、いや、この場合、「しれません」だと夢であることを肯定していることにならないか? だとすると、「しれなくありません」のほうが正しいのか。

 とか、日本語特有の難しさに言及するぐらいに、俺は現実逃避をしていた。


 つまり、目の前には非情な現実が待ち構えていた。

 美少女は微笑みを浮かべているものの、俺には分かる。


 コイツは確実にキレているだろう、と。


 その証拠に彼女は手を背中の後ろに隠すように置いている。

 十中八九、指の力を込めているのだ。


 ……デコピンの威力を上げるために。


 悪寒がすると同時に冷や汗がだらだらと俺の額から流れ、頬を伝う。


「一度だけチャンスをあげよう。何か言いたいことはあるかい?」


 俺がようやく事態の重さに気付いたことに気付いたのか、打って変わって三人ぐらいは悠々と殺してそうな真顔で俺に問いかける。

 どうして俺はコイツが天使に見えたんだろうか。


 いや、落ち着け。冷静になれ、俺。 

 ここは俺の得意技、【シュミレーション】だ!(精一杯の異能力感)

 こういう時は似たような場面を想像するんだ。

 そしてそれに応じた行動をとればいい。

 今の場合だと……そう、朝、起床したとき俺は何をしているかを考えるんだ。

 ベッドから身を起こし、忌々しい目覚まし時計を殺意を込めてぶっ叩き、リビングへ向かう途中に家族に会うと……そうか!

 俺は爽やかな笑顔でこう答えた。


 「おはよう!」


 自分でもわかるほどに快活な返事だった。

 彼女はきょとんと一度だけ目をぱちくりと動かすと、口に手を当ててくすりと笑って言った。


 「おはよう、出雲君」


 どうやら正解したようだ。俺はホッと息を吐く。

 彼女はそんな俺を見てニコニコと笑みを浮かべて続けている。

 対する俺もさらに満面の笑顔で見返す。

 にっこり。

「…………」

「…………」


 なんか動かないので、ついでに片手でピースもしてやった。


「…………」

「…………」

 

 まだ足りないか。えっと、じゃあダブルでピース!


「…………」

「…………え」


 いつの間にやら俺の額に怖いくらいひんやりとした中指が軽く押し当てられていた。


 突然だが、ここでよく効くデコピンの手順を紹介しよう。 

 その一、中指に力を込めて、眉間に指を軽く押し当てる。

 その二、指の角度を垂直にする。

 そしてその三……憎しみを込めて力一杯はじくこと。

 そうそう。こんな風にって……え?


「ちょっ、ま」


 時すでに遅し。


「そしておやすみ、阿呆アホ


 スパンッッ!!!!


 そんなデコピンにしては軽快すぎる音を俺の耳が捉えた瞬間。

 またしても俺の意識は暗転した。

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