第2話 鳥の名を持つ女はべらべらと
帝都本星を中心としてどれだけの実質距離が離れているか、が「辺境」と言う場合の基本ではある。
ただ、超空間飛行がたやすくできる星域とそうでない星域があり、できない星域は自然、帝都本星の文化からは乗り遅れて行くことになる。
また、距離的には「辺境」ではなくとも、その気候や地形と言った事情から、人が寄りつかなくて「辺境」となってしまった地も存在する。
彼の弟が居るレーゲンボーゲン星系もかなりの「辺境」だが、割合、帝都本星とは交通の面では悪くないので、生活レベルが極端に落ちるということではない。
そしてこの「アリゾナ」の場合は、紛れもない「辺境」だった。
ジャスティスはここ数年、こんなタイプの星系ばかりを回ってきた。
まあ理由は判らなくもない。
一応本社営業部に居たこともあったのだが、見通しを立てると、あまりにも上司を無視した独断で行動してしまうことが多すぎた。
結果として仕事の成果が上がったとしても、それは出世につながらない。
だいたい彼自身、そんなものには全く興味は無かった。出世すればそれだけ収入が増えて、楽な暮らしができてどうの、と同期の者達は口々に言うが、収入など、生活ができればいいのだ。彼は仕事そのものを楽しんでいた。
だから端から見れば、彼が飛ばされる地というのは、「左遷」の場所であるのだが、本人にしてみれば、うってつけの場所だったと言える。
何せ、飛ばされるのはまず極小規模の営業所である。しかも辺境である。外見をあれこれ問われることもない。どちらかと言うと、そんな細かいことをがたがた言っていれば、馬鹿にされる類の地方である。
そんな場所の営業所長というのは、地元の作業員をとりまとめる、現場監督の様な使われ方もする。
…彼には合いすぎていた。
シニア・ハイの頃まではベースボールの四番バッターとして鳴らした運動神経、タフな身体、それに加えて、彼には、現場の人間とウマの合う何か、が存在していた。
例えば仕事の後の食事。例えば雨がひどすぎる日に、真っ先に飛んできて、状況の判断と指示を行い、時には身を張って作業に加わる意気。
そんなものが、彼にはあったのだ。
「フロンティア社、ホライゾン社、青光社、ラオコーン・カンパニー、イリエ製作所の五社です」
「そいつらは、そのレッドリバー・バレーにはもう手を出したのか?」
「いえ」
彼女は首を横に振る。
「彼等も同様です。…と言うか」
「変に気を引くな、どんどん言え」
「わ、私気なんて…」
いきなり彼女の頬が染まる。何だ何だ、とジャスティスは目をむいた。
「…す、すみません。実は所長の前任の所長… コゼ所長、という方だったんですが、行こうとなされたのです。単身」
「単身、か。お前はどうした」
「…だから女だから危険だから、と…」
なるほどな、と彼は思った。
「それでも私が行こうと準備してしまったものだから、前所長、来られる前に、と一台しかないランドカーに乗ってってしまわれたんです。悔しかったんですが…」
「ほぉ」
「…だけど戻られた時、さすがに私もぞっとしました」
ジャスティスはず、とコーヒーをすすった。
「…傷だらけだったんです」
「傷だらけ?」
「それに加えて、少し、気持ちが動転してらして…」
「平たく言えば、おかしくなっていた、ということか」
「ひ、ひらたすぎです」
「どう言っても同じだろう。なるほどお前は行かなくて正解だったな」
「でも!」
彼女は食いついてくる。
「その傷は、明らかにおかしかったんです」
「おかしい?」
「全身を、細かい刃物で傷つけられた様な跡と、同時に火傷したような跡がついてました」
「誰かが、前の奴を狙った、ということか?」
「としか考えられません」
「バーディ、お前には心当たりがあるのか?」
彼女はいいえ、と言いながら首を横に振った。
「同業者が俺達の会社の邪魔をして、専門の奴を雇った、ということは考えられないか?」
「それは考えてみました」
彼女は両手を握りしめる。
「で、まず探りを入れてみたんです。通信を取って、最近レッドリバー・バレーの方で竜巻やかまいたちが起きるような気象条件のことは無かったか、とか…」
「おいおい、そういうことを同業者が喋るのか?」
「所長クラスの方はともかく、事務員の女の子とかは、結構喋ってくれますよ。それに、同業者って言ったからって、全て敵って訳ではないですし」
そう言えば、こいつも見た目は「事務員の女の子」と大して変わらないな、と彼は思う。
「こんな小さい街ですから、ちょっとお茶でも飲みに行こうと思ったら、そういう同業の子を誘うことだってありますし」
「おい」
「だって」
だってじゃねえよ、と彼は内心毒づく。
「大きなマーケットもそんなにないし。だからどうしても顔見知りになってしまうんですよ。特産物の情報とか交換したり、お野菜や果物をたくさん買いすぎたら分けっこしたり。結構楽しいですよ」
「お前が人当たりのいい性格ってことはよーく判ったから、早く続きを言え。何で前の奴はケガと火傷をしたんだ?」
「何故、が判らないんです。結局竜巻もかまいたちも雷もなかったです。雨も滅多に降らない場所なんですから」
「それじゃあ何の解決にもならねえだろう」
「それに、同じことが、同業者達にもある、ということは判りました。だから同業他社の妨害、もなしです」
「何?」
えーと、と言いながらバーディは大きな地図冊子を持ち出す。それはもう何度も何十度も開かれ閉じられしたようで、折られてかすれている所もある。
「これがアリゲータです。緑の色の範囲」
彼女はジャスティスの座っている横にその地図を広げた。そしてペンでつ、と一つの道をたどって行く。
「で、ここが、レッドリバー・バレーです」
「そう遠くはないな」
「ええ、直線距離的には」
なるほど、等高線が結構狭くなっている。
「だからこのルートは実際的には使えない、と前所長はおっしゃってました」
「実際的には使えない?」
「と言うか、この地図が古いんです」
「何で新しいものにしないんだ」
「古いものしか、無いんです。これでもこの地では一番新しいんです」
よく見ると、その地図の発行年月日は、四十年も昔のものだった。
「何でこれで間に合うんだ」
「だって別に、変わらないでも、何とかなるじゃないですか」
「何とかなってないじゃねえか。前所長はそれでケガをしたんじゃないのか?」
ジャスティスは大きく腕を広げた。すると彼女の声が急に小さくなる。
「…判りません」
そしてぐ、と唇を噛みしめる。
「同業者の方々も、とにかく、ある地点まで行くことはできたそうなんです。それが、ここなんですが」
彼女はぐい、と太いペンで×印をつけた。
「ここまで行くと、ケガだの火傷だのをするんです」
「するのか」
「はい。必ず」
「必ず、なのか」
「はい」
彼女はきっぱりと言う。
「だから私も一度、行ってみたいんですが、そのたびに前所長に止められて」
ふう、とジャスティスは煙を吐き出した。そりゃ止めるはずだ。
何となく彼は、自分がここに派遣されてきた訳が判った様な気がした。
彼は自分が企業において、一種困った存在であることは知っていた。
よほど上手く使うことができる上司が居ない限り、勝手にやらせておくことしかできない。だが飼っておけば、手を汚したくない領域で使えるだろう、と思われていることを。
こいつもたぶんその類だろう。
帝大をスキップしているならエリート。
単純に考えればそうなるが、それが女で、この性格だったら、確かに扱いづらいだろう。
だから体のいい厄介払いをしているのだ。辺境で揉まれれば、こんな仕事は嫌だと自分で見切りをつけてくれるのではないか、と期待しているのではないか、と。
吹き溜まりだな、と彼は天井を見上げた。さすがに新しくもないビルだけあって、天井は汚い。だが吊されている照明のかさ笠にはほこりはそう積もっていなかった。
「…お前、何でここの営業所に来たんだ?」
「え? あ、はい、新人研修の後、ここに行くようにと指示を受けましたので、それから一年ほど、ずっとここです」
「つまらなくはないか?」
「何でですか?」
如何にも不思議そうな声がしたので、彼はバーディの方に向き直った。
「辺境だ、って聞いて喜びましたが」
「…珍しい奴だな」
「だって、辺境の方が、珍しい鉱物が多いですから」
それはそうだが。
「だけどお前、帝大をスキップしてるんだろ?」
「ええはい、正確に言えば、シニア・ハイを一年と、大学を二年です。院にも一年行きましたし…」
大学院まで行ってやがるのか、と再び彼は天井を見上げた。どうしましたか? と彼女は不思議そうな顔で彼を見た。
「だからそんなエリート組が、何でこんなとこに来て嬉しいのかね」
「所長はこういうとこ、はお嫌いですか?」
「や、俺は好きだが」
「私も好きです。私達気が合いますね」
「そういうことを言ってるんじゃ…」
怒鳴りかけて、止めた。先ほどからテンポを崩されてばかりいる。
「私、全星系の鉱物をこの目で把握するのが夢なんです」
「全星系の?」
「はい」
事も無げに彼女はうなづいた。その顔には笑みすら浮かんでいる。
「小さな頃から、母の宝石も好きでしたが、父が飾り棚に置いていた化石とかも見るのが好きだったんです」
前者は判るが、後者はなかなか彼の予想外だった。
「で、ジュニア・ハイ卒業した後に、考古学に進もうと思ったんですが」
「ちょっと待て、ジュニア・ハイの後にもう専門か?」
「フランフランではそうでした。…所長の所は違ってましたか?」
「…俺は勉強なんかより、ベースボールばっかりやってたから、知らん」
あ! とその途端、彼女は手を叩いた。
「ロクオンさん! 思い出しました!」
な、何だ、といきなり声を張り上げた彼女にジャスティスは驚く。
「でしょう!」
「そうですよそうですよ」
思わず立ち上がり、ぽん、と二人は両手を叩き合う。
「何のことだ?」
ジャスティスは睨みをきかす。だがそれがどうもこの女には効きそうにはないことに、彼は次第に気付き始めていた。
妙に嬉しそうなバーディに変わって、今度は雑巾を手にしたロクオンが頭をかく。
「…いや、新所長のお名前をお聞きした時に、何処かで耳にしたことがあるなあ、と思ったんですよ」
「そんなに俺の名は有名か?」
「いえ、ベースボールの選手に、そんな名前のひとが居たな、と思いまして。所長はベースボールはお好きですか?」
「だからロクオンさん、所長はシニア・ハイの時ベースボールやってらしたんですから、お好きなのは当然じゃないですか!」
「ああそうでしたね」
あははははは、とまた二人は笑い合う。何となく彼は疎外感のようなものを覚えた。
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