レッドリバー・バレー~こんな所にやばい石が!
江戸川ばた散歩
第1話 ど辺境、惑星アリゾナに到着
「アリゾナ砂漠に吹く風は~♪」
古い曲を口ずさんでみたりする。
口笛なんか絡めちゃったりする。
退屈。ホントに退屈。
どう転んだって、退屈。
何かなくちゃつまらないから、時々やってくるうるさいうるさい虫どもをちょっとした手品で追っ払ったりしてみてけど、退屈。
その理由も判ってるんだけどね。彼は思う。
けれど、ここに居ることしかできない。
苦笑。
本気で笑ったのなんて、もういつのことだろう?
彼は口笛も飽きて、ふう、と息をつく。
そろそろ今日のメシのタネが来る頃だ。
よ、と声を立てて立ち上がる。よく焼けた筋肉質の胸に、じゃら、と重い銀細工のペンダントが揺れた。
帽子の位置をちょっと直して。今日も日差しは強い。
ここはアリゾナ。砂漠は無いけれどアリゾナ。
惑星「アリゾナ」。
みーつけた、と彼は良く見える目で今日の獲物を捉える。
狩りは彼のお手のもの。肉食人種、なんて言葉があるとすれば、それは彼そのもの。
案の定、たった一撃で倒してしまったりして。
火をおこして、何代目かの使い込んだナイフで器用に獲物をさばいて、丸焼きにして、思い切り食いついて。
味付けなんて塩だけでいい。上等だ。
食事が終わったら昼寝。ぽつんぽつんと生えている木の下で。風が汗を乾かしていく。
そしてまた彼は思う。ああ退屈。
ここ数年は特に、退屈。
さすがに脅かしすぎたかな、と彼は思う。
かと言って、何もしなかったら、それはそれで困ったことだし。
彼は考えるのが苦手だ。
考えるのが苦手でなければ、こんな場所で、こんな長い時間、同じ日々を送ることなんてできない。
朝陽が昇ったら起きて、川で顔を洗い、腹が減ったら獲物を狩り、ほんの時たま街を降りて獲物と何かを交換して。
雨が降ったら、寝て過ごそう。
そんな日々も悪くは無いのだけど。
さすがにこのしばらくの退屈は、単純な彼を突き動かしたと見えて。
真っ赤な崖の上で、空を見ながら、こんなことを思ってしまうのだ。
誰か。
誰という訳でもないけれど、彼は空に向かってつぶやく。
誰か、ここを思いっきりぶち壊してくれよ。
「アリゾナ砂漠に吹く風は~♪」
彼はまた口ずさむ。
アリゾナ砂漠なんて、一体何処のことなんだろう。彼は思う。砂漠なんて、ここにはない。
だけど歌のその先が、思い出せない。
いや違う。
あのひとは、そこまでしか、いつも、歌わなかったからだ。逞しい、優しい腕で、彼を抱いた、そのひとは。
遠い昔の、記憶。
「アリゾナ」が焼かれる前の、記憶だ。
こんな風に、乾いた土と岩だらけの惑星になってしまう前の。
*
「遅ーいっ!!!!!」
朝の宙港ロビー中に、その声は響き渡った。
ただでさえ閑散とした、「ど」辺境の惑星の宙港である。大した広さではない。中堅の都会を持つ惑星だったら「駅」程度に過ぎない。
だから昼間でもそうそう人気が無いというのに、よりによって「朝」なのだ。
さわやかな空気が頬を通り抜ける……はずだが。彼の周囲は煙草の煙で充満していた。
既にこの日、彼は十本目の葉巻を消費していた。辺境に来ると切らした時の補給が大変だというのに。ああ全く。
暇がいけねえんだ、と彼は内心つぶやく。
そこへ、若い女がぱたぱたとやってきたりしたから、思わず。
「一体何時だと思ってるんだ、お前!」
ひっ、と怒鳴られた方は、肩をすくめた。
肩くらいの短い黒髪がしゃん、と跳ねる。眼鏡の縁を合わせながら、彼女はロビーの天井から吊された時計を見た。
「……ろ、六時十五分です」
「それは共通時じゃないだろう! あっちが共通時だ!」
「ああ」
ぽん、と女は当を得たり、とばかりに手を叩いた。意外に呑気だ。
「……何をお前、昨日の通信で聞いてた!」
確かに、ロビーの天井から釣られている時計は、六時十五分を指している。天窓からは赤に近いオレンジの、綺麗な朝日が射し込んでいる。
だがその背中合わせになっている共通時時計では、十五時五分を指しているはずだ。
つまり、それだけの時間、彼は待たされたという訳で。
「あ、あの~申し訳、ございません」
ぺこん。黒髪の女は頭を下げた。その拍子に、眼鏡がずれる。女は慌ててそれを直した。
何かいちいちタイミングのずれる奴だな、と彼は思う。そして呆れた様に、明るい色の髪をかき回した。
「……判ったならいい。ただ次からは気を付けろ」
「は、はい。……あ、あの……」
「何だ」
「私、確認し忘れてましたけれど…… ジャスティス・ストンウェルさんですよね。今度アリゾナ営業所の所長として赴任されました……」
彼は一呼吸置いて、叫んだ。
「……今更何を聞いてるーっ!!」
その声に、宙港のカウンター嬢が思わず身体まで乗り出してきたことは、彼等の知ることではない。
*
「す、すみません。……いえ、あの、ちゃんとフォートで確認はしていたのですが、一応ちゃんと本人に確認を取る、という決まりになっていますので」
「それで聞いたのか?」
はい、と女はうなづいた。
手にはハンドルが握られている。「営業所」のあるアリゾナ第一の―――唯一の都市「アリゲータ」行きの道を、車は走っていた。
道は一応舗装されているらしいが、そのやり方は雑だった。珍しい、と彼は思う。
慣らした土の上に砂利を敷き、その上にアスファルトを敷き詰める、という昔ながらの舗装方法が今でも取られている所など、彼は見たことがなかった。
いや、舗装すらしていない所だったら、彼はあちこちで見たことがある。ただこんな中途半端な舗装を見るのが初めてだったのだ。
「それでもこの道が一番いいんですよ」
女は言った。
「他の道じゃあ、私こんな上手く運転できません」
これでかあ? とジャスティスは思ったが口には出さなかった。
代わりに言ったのは。
「……お前なあ…… そういうこと言う前に、俺に何か、言うことは無いか?」
「へ?」
よそ見をするな、よそ見を。
「お前の名だ! 自己紹介してないだろ!」
「あ、そ、そうですね」
あはははは、と彼女は笑った。だからよそ見をするな、と彼は思う。
そしていきなりランドカーは止まった。がたん、と彼は勢い余って窓に額をぶつける。
「何だ何だ何だ何だ」
「申し遅れました! 私はこのアリゾナ営業所の所員のバードウィル・レインです。バーディでもレインでもお好きにお呼び下さい!」
そう言って彼女はわざわざ彼の方に向き直ってぺこん、と頭を下げた。
そのために車を止めたのかい。彼は呆れる。
呆れはするが。
律儀な奴だ、という言葉も、葉巻の下に噛みつぶされる。
「……OK、バーディだな。いいからとっとと営業所に案内しろ」
「はいっ!」
元気に返事をする彼女はアクセルとブレーキを踏み間違って、なかなか発進できなかったりするのだが。
*
「あ、バーディさんお帰りなさい。あ」
「ただいまロクオンさん。こちらが、今度の所長さんですよ」
帽子をかぶり、モップを持った男はああ、と手を止めた。
自分より二十くらい上だな、とジャスティスは人の良さそうな男を見てとる。
にこやかに笑うやや赤みの強い肌の男は、きっちりとした性格らしく、話をする時にはモップの手を止め、新所長に正面から向き直る。
「よろしくお願いします。ロクオンです」
「ロクオン…… 姓か、名か?」
「名です。と言いますか、我々は名しか無いのです」
「ああ……」
そういう所もあったな、とジャスティスは思う。辺境へ行けば行くほど、人口が少なくなればなるほど、姓はさほどに意味を持たなくなる。
「俺はジャスティス・ストンウェルだ。よろしく頼む」
彼は左手を差し出した。ありがとうございます、とロクオンはやはり左手を迷わずに差し出した。
「私はこの営業所の下働きをしております。何でもおっしゃって下さい」
「お前さんが下働きか。……じゃあお前は何だ? バーディ」
「わ、私ですか? 私は…… あの、社員です」
「それは判っとる!」
いきなりの大声に、彼女はまたひっ、と肩をすくめた。
「と、とりあえずコーヒーを淹れます」
「あ、バーディさんそれは私が」
「いえ、所長のは私がすることになってたんです。お掃除の途中だったのでしょう? そちらの方をお願いします」
ふん、と簡易キッチンの方へと身を翻す彼女と、掃除の続きを始めるロクオンを見ながら、ジャスティスは部屋の真ん中に置かれた机の上に、どすん、と腰掛けた。
営業所、と呼ぶには、そこはあまりにも小さな部屋だった。もっとも常備されているのが三人だったら、それは仕方がないことかもしれない。
もっと小さな「営業所」のこともあった。
「営業所」の建物が無い場合もあった。
「……まあそれに比べりゃマシか」
ジャスティスはつぶやく。
彼等の会社は本社を帝都本星に近い星系「フランフラン」に持つ製鋼会社「エイピイ」だった。
製鋼会社と一口に言っても、用途は様々である。
まずその「製鋼」における「鋼材」の種類にしても様々であるし、するとその「鋼材」の原料である鉱物も様々となってくる。
ただ、これだけ広い全星系となると、鉱物の数も、かつて地球にあった種類や量とは比べものにならない。
そしてその鉱物と鉱物との組成比率の違う鋼材となると…… もう分ければきりが無い。
だから、実際の所は、この産業に関しては、大企業と中小企業の規模の差がひどくはっきりしていた。中小企業は、各星系独自の鉱物のみを把握し、大企業がそれをとりまとめる。
ただ、彼の属する企業は「大企業」の部類に入るのだが、子会社や中小企業を配下に置くのではなく、あくまで自社で、全星系の鉱物全てを網羅しようとする動きがあった。
それ故、各地に「営業所」が置かれ、ジャスティスのような、フットワークが軽い人材がその役割を負うのである。
実際、この仕事についてから、実家のある星系「ランプ」に戻ったことなどほとんどない。
ストンウェル家の血筋だろうなあ、と彼は時々思わずにはいられない。
双子の弟のノブルはASLに属するプロ・ベースボールプレーヤーで遠征遠征の毎日だし、上の兄は確か、民間キープサーヴィスの様なことをやっている、と聞いていた。ただ彼も詳しいことは聞いたことはない。
腕一本で自分達を育て上げた母親は、それも父親の血かねえ、とげらげら笑っているくらいで、星系から出ることはそうそう無いが、自分たちの仕送りなどまるであてにせず、一人で楽しくばりばりと楽しく働いているらしい。
「……どうぞ、コーヒーです」
バーディの声に、はっと彼は我に戻った。
「おお」
受け取ったコーヒーは、確かに自分で淹れる、と宣言するだけあって、いい香りを立てていた。
「お前はお茶くみは平気な類か? 時々、女だからと言ってそういうことを言ってもらっては困る、という奴が居るが……」
「女だからするんじゃないですよ、私だからするんです」
それは心外、という表情が即座に返ってくる。
「でも、他の仕事に関しては、女扱いはしないで下さい。私もちゃんと、鉱物関係に関しては、学校で学んできましたし……」
「現場は学校の様にはいかねえぜ」
「がんばります! 私はがんばるんです!」
だからそういうことを両手握りしめて言うものではないと思う。
「ロクオンさんも、一区切りついたらどうぞ。ポットの中に入れておきましたからね」
「ありがとうバーディさん。あんたはいつも優しいねえ」
へへ、と彼女は笑った。
彼女に関しては、一応ジャスティスもここにたどり着く前に資料には目を通してきた。
そもそも彼女に待たされ続けた時間、暇で暇で仕方なかったのだ。資料くらい読む時間は山程あった。
バードウィル・レイン。21歳。出身星系はフランフラン。
つまりは本社採用らしい。
しかし何よりまず彼を驚かせたのは、彼女の学歴だった。
て、帝立大学?
さすがにそれは間違いか、と思った。何故なら、帝大の一般的卒業時期は、順調に行って22歳から28歳という所だ。
彼女は21歳だ。しかも既にここに居た。一年近く居るらしい。
と、なればスキップしている。
おいおい、とんでもねえ秀才ってことかい?
はああ、とジャスティスは宙港の椅子の上でため息をついた。
ところが出会ってみればこの様だ。時間は間違える、運転は下手、頭でっかちの典型だな、と彼は思った。
だけどコーヒーを淹れるのは上手らしい。ずず、と砂糖もミルクも入れないそれを口にして、彼は思った。
「……それでバーディ、現在の状況について、お前の知ってることを言ってみろ」
抽象的な問いかけだとは、彼も思っていた。
ただその抽象性に、彼女がどれだけ答えられるかを知りたかったのだ。
「ええと、どの方向から言えばいいでしょうか」
「お前の好きな方向でいい。自分の頭が考えて言ってみろ」
「はあ」
少しだけ気のない返事をしてから、彼女はジャスティスの座ったデスクの前に立つ。そして腕を組んで、数秒、首を傾げた。
……数秒なのに、何でまあ、こんな長く感じるんだ。
彼はやや苛立つ自分を感じる。
「……ええと、じゃあ、この二つの方向から言っても、いいですか?」
「二つの方向?」
「まず私達の営業所が、何を目的としているか、というのと、その目的を同じにしている他社がどれだけ居るか、ということです」
「……いいだろう、言ってみろ」
確かに、彼が聞きたいのは基本的にはそれだけだった。
「まず目的ですが、……所長、『赤い河の谷』をご存じですか?」
「例の鉱物がある、という場所だろう?」
「はい。ただ実際には河がある訳ではないのです。昔は河があったのだろう、ということでそう呼ばれているだけで」
「ふうん。それじゃ今ではその赤だけが残っている、ということか」
「はい」
彼女は明快に答えた。なるほど確かに、専門の仕事に関しては、頭の血の巡りはいいらしいな、と彼は思う。
「場所は判っていないのか?」
「いえ無論判っています」
「ならお前は行ったことがあるんだな」
いいえ、と彼女はややうつむいて首を横に振った。
「何だ、行ったことがねえのか」
「行きたいとは思っています! ただ……」
「何だ。お前の運転が下手だから行けない、とかそういうことじゃねえだろな」
「運転できなかったら、私、歩いてだって行けます! 見たいんですから!」
食い下がる。おや、と彼は思う。
「ただ、途中に危険が」
「……危険?」
「あるんです」
彼女は再び断言した。
「……で、この周辺の同業者ですが」
「おい待て、お前まだ、その『危険』について全部喋ってねえぞ」
「いえ、それにも関わってくるので、少し聞いていただけますか?」
聞こう、と彼は膝の上に腕を置いた。
「お前も立っていずに、椅子にでも座れ」
彼はデスクの横にあった椅子を引きずり出して彼女の前に置いた。
はい、と彼女は座る。
掃除が一段落ついたらしく、簡易キッチンからは、作り置きのコーヒーを手にしているらしい香りが漂ってくる。
「この『アリゲータ』には、全部で五社、同業者が居るんです。ただ、うち程の大企業の営業所、ということはなくて、だいたいこのアリゾナに昔からあった所か、そうでなければ、近隣の星系から派遣されてきた企業の営業所です」
だろうな、とコーヒーをすすりながらジャスティスは思う。まずこんな辺境に好きこのんで来る者は居ないだろう。
「アリゾナ」はそのくらい辺境だった。
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