アラーム(起動)

上村栗八

アラーム(起動)

空を裂くサイレン、断末魔、怒号。

腹を揺らす銃声と爆発音が止んでから、私が立ち上がる心を取り戻すまでにはかなりの時間が経過していた。

歪んだドアをなんとか蹴破ると、案の定、命の気配は感じられない。廊下を曲がると白衣に深紅の花を咲かせた同僚だったものが転がっていた。その手には血濡れのスパナが堅く握られている。白衣、警備員、白、黒、赤。研究エリアにはそれしかなかった。


稼働から一年近く経つこのシェルターで、最初に限界を迎えたのは警備の連中だった。

ノア計画の完成が近づくとそれは顕著になった。先週、Bチームの研究主任が行方不明になった頃には誰もが噂していた。

 

心血を注いで作り上げた培養装置たちも大半が原型を留めていない。大階段を上り、湿った研究エリアを後にして生活エリアに出る。目に入るのは黒々とした煙がドームに空いた穴に吸い込まれていく様子、そして無数の赤い斑点。気が狂った一部の警備連中とそれ以外の警備員、研究者、インフラ従業員達が相打ちになったのだろう。

見慣れた液晶の空は紫に乱れ、痛々しく穿たれた穴からは昼の宇宙が覗いていた。

  

 右の頬に風を感じ振り向くと、壁にも大穴が開いていたことに気づく。風を感じたのはいつ以来だろう。あの巨大な口から吹き付ける放射性物資のことなど、もうどうでもよかった。役割を失った私に、一人になった人間に、生きる必要などあるのだろうか。

 

 


 数メートルあるシェルターの外殻を抜けたところで、トボトボ足はふと止んだ。

 目に映ったこの星の姿は、死に向かう私の時間を止めた。






















灰色の心に色が灯る。

鼓動が停止するその前に、私は走り始めた。


 研究エリアに戻り、準備中だった長期培養ユニットの電子ロックを開ける。ダメもとだったが、予備電源はちゃんと生きているようだ。培養装置も無事だ。栓をあけ、いかにもな緑の液体を装置に満たすと、CPUを起動。消毒もしない注射器で乱雑に血液の採取に取り掛かる。

 限界が迫っている。

 今の私には、腕に走るこの痛みさえ愛おしい。血液を小さなチャンバーに数滴を垂らす。培養期間はマックスに設定する。

 丹精込めて作りあげたこの培養装置「クレードル」が大変賢いことを、私は知っている。とは言え、こんな雑なやり方で成功するとは思えない。しかし、それを咎める人間はもういないだろう。

 循環器に電源を入れ、電力系を再チェックすれば仕事は終わりだ。床にへたり込み、一息つくとあまりの馬鹿馬鹿しさに笑えてきた。勢いで床に血がこぼれた。

 

 そうだ、愚行ついでに手紙も添えておこう。可笑しなことに立つことができない。装置に貼られていたメモ用紙を引っぺがし、裏面に胸ポケットのボールペンを走らせる。

宛名を悩んだが、そもそも今の私とキミに名前など必要なかった。


「おはよう。キミがこの手紙を読めるとは思えないが、気まぐれを書き残しておくよ。

迷惑な話だと思うが、どうかこの愚行を許してほしい。

キミには、いやボクには見てほしいものがあるのだ。

今日でボクは終わってしまう。

もし奇跡が起こるなら、

届いてほしい。

キミの始まりの日へ」

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アラーム(起動) 上村栗八 @TKaho

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