12歳の春

夏戸ユキ

12歳の春




 猪木彫いちご


 とても可愛らしい名前で印象に残る名前の主は、この私。


 そんな私は12歳。年頃の女の子だ。


 毎朝、鏡を見るたびに嫌になる。


 ニキビがいっぱいで、日に焼けた黒い顔。お医者さんにもらった薬をニキビにぬっているので、顔は全体的にてかてか光っており、肌も黒い為「ゴキブリ」と言われた事もある。子供ってひどい。


 鏡を見てはため息をつく毎日だった。


 顔が可愛くないと、毎日がつまらない。


 そう思って居たけれど、最近は・・・・少し変わりつつある。


 今までは親に言われるのが嫌で髪型も服装も親の言う通りにしていたけれど、初めて前髪を自分で切ってみた。ユーチューブでちゃんと「前髪の切り方」を何度もみて、想像して、髪の量も計算して、切った。女の子の前髪は、眉毛と目の間で切ったらいいというのを記事で読んで実践してみた。


 そうやって、朝。


 きちんと髪を整えてみて、そろえた前髪を何度も整えて整えて、小学校の制服を着ると、いつもより・・・・なんというか・・・可愛く?。いやそこまでではないけど、きちんとして見えた。顔が明るくなったせいだろうか?。


 そして、前髪を下ろしただけで変わった、自分の姿に驚いていた。


 私だって女の子のように、なれるんだ・・・!。


 当時、あれ以上の、驚きは無いかもしれない。





 どうして、可愛くなりたいと思ったのかは、一週間くらい前にさかのぼる。


 クラス替えが始まった新学期。


 仲良しのえみちゃんと一緒のクラスになれてほっとしつつクラスの名簿を見てから、出席番号一番後ろの、「若野居くん」という苗字を見てから私はとてもその人の事が気になっていた。


私の名前は「猪木彫」というとても珍しい苗字だった。


 それが、とても嫌で嫌で仕方なかったのだが、私と同じくらい変わった苗字の人に初めて出会ってしまい、私はドキドキしていた。


 若野居くんと呼ばれて返事をしたその男子は。


 私よりも背が高かった。


 (12歳の私の当時の身長は155センチあった。自分より背の高い男子は小学生女子にとってはとってもポイントが高いのだ!!!)


 他の男子は、私と目があうと、「ブス!」「おでこ見せるな!!」と暴言を吐いたり、露骨にけむたそうな顔をしたが。


 その人だけは、私と目があっても嫌な顔をしなかったのだ。


 それだけで。


 なんだか、胸がとても暖かくなって、温かいココアを飲んだときみたいに、広がっていく感覚がした。


 この感覚を。


 忘れたくない気がした。


 胸に手を当て、なるべく胸から手を離さないようにして、家に帰って、まっすぐ部屋に入った。この胸の感触を忘れたくなくて。


手を離したらそれが消えてしまうような気がした。


でも、部屋に入ってそっと手を離しても。


 この胸の感覚は消えなかった。


 それが、恋だと言う事に、最近、私は気づき始めていた。


 若野居くん。


 彼がすれ違うたび。私はわざと大きな声で話してしまった。そんな自分が恥ずかしくなった。


 若野居くんの顔をもう少し見たい。


 若野居くんと、話をしてみたい。

 

 そう思うようになっていた。


 この若野居くんへの気持ちは誰にも言うつもりはなかったが。


 杉本さんにだけは打ち明けた。


 彼女はそんなに好きな友達じゃなかったけれど、杉本さんが好きな人を教えてくれたので、私も教えたのだった。


「告白するの?。」


そう聞かれて、私は首を傾げた。告白したら、どうなるんだろう・・・?。 


 「杉本さんはしないの?。」


逆に聞いてみた。


「絶対告白しない!。」


だよね~。


私達は、告白しないと決めた。バレたら男子たちに噂がたちまち広まってとても最悪な事になる気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 若野居タカシ


 僕の名前だった。


 この名前はとても不便だ。画数が多くてとても書きにくい。


 小学校一年生の弟も書いていて苦戦しているようだった。


 ある日学校にきて僕は驚いた。


 僕の机に、


「若野居タカシは、猪木彫いちごが好き。」


などと、うすーく鉛筆で書かれていたのだ。


僕は慌てて、前に座っている、猪木彫を見た。


榎木彫の後ろ姿しか印象にないが、猪木彫はまるでシャンプーのCMみたいにさらさらな髪をしていた。


 そういった印象しかなかったが。


いや・・・。俺・・・猪木彫の事好きだったのか・・・?。


 でも、それは少し納得がいった気がした。


 髪が綺麗だな・・。と人に思ったのは初めてだった。


お前好きな奴おる?。


石川のやつがにやにやして聞いてくる。こいつは誰にでもそういって聞いてくる。飽きないのか。しょっちゅう聞いてくるって事は、俺の事が好きなのだろうか?。


いないよ、という所だが、今回は僕は「お前にはいわねーよ!。」とだけ答えておいた。


石川が離れてから、もう一度この机を見る。誰が、これを書いたのか?。という事だ。


僕は誰もこちらを見ていないのを確認して、僕は、それを誰にも見られないように注意しながら、消した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「とりあえず意識を向ける作戦、大成功だね。」


そうだね。


私達は言う。この作戦は誰にもばれてはいけない。秘密大作戦だ。


「あ…!若野居くん、また猪木彫さんの事みた!これで・・・・。」


「5回目くらいかな。」



杉本ちかと、櫻井みきの二人組。こと、私達はすごい計画を結成している。「キューピット・プロジェクト」ってやつだ。


移動時間の時に、男子まはた女子の好きな人を聞きだして、その女の子にも気持ちを聞きだして、両想いに持っていくという作戦である。


 今回のターゲットは、猪木彫いちごさんと、若野居タカシくん。


さて。どういう展開になるのだろうか。


 猪木彫さんも、可愛くなってきたし、若野居くんもまんざらでもなさそうだし、なかなか可能性は高いのではないか?と私達は思っている。


 私達は、猪木彫さんの恋に前向きなのだ!!。


 また追って報告する事とする。



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