第2話 朝からとても濃い時間を過ごすのですが?
教室に到着した俺は、彩乃に脇を固められたまま席に移動する。俺のクラスは、横七×縦六の四十二人だ。
俺の席は、左の二列目最後尾。そして、彩乃は俺の右隣だ。
進級した時は教室の端と端だったのだが、四月末ということで担任が席替えをすると言い出し、席替えをした結果"偶然"こうなった。
……だと、俺は信じたい。席替えの用紙を持ってきたのが彩乃だから断言できないことが恐ろしい。
だがまぁ、この席も悪いことばかりじゃない。なぜなら、ずっと気になっていた人と隣になれたから。右は地獄だが、左は天国なのだ。
鞄を席の横にかけて、ふと左を見る。
左隣には美少女がいる。名前は白崎紗耶香ちゃん。読書が好きな大人しい女の子だ。
外国の血でも混じっているのか、背中まで伸びる絹のように美しい白銀の髪の毛を指で巻き、サファイアのように蒼く輝く瞳で文を読む姿は、まるでロシアなどにいる妖精のようだ。
嬉しいことに、俺とも仲良くしてくれるのだ。俺の登校に気がついたのか、本に栞を挟んで挨拶してくれる。
「おはよう翔馬くん。今朝も青山さんと仲がいいみたいだね」
「おはよう白崎さん。仲良く見える? 朝から苦労するんだよ」
俺のその言葉に、白崎さんがくすりと笑う。あーもう可愛いなこの子は! 一つ一つの仕草が天使顔負けなんだけど!? いや、天使なんて見たことないから分からないけどね。
白崎さんが再び本に視線を落とす。その横顔に見とれていると、不意に絶対零度の殺気を感じた。
心臓を握られたような感覚に襲われながら振り向くと、笑顔の彩乃が俺を見ていた。
「翔くんどうしたの? 白崎さんがそんなに気になるの?」
「えっ、いや、その……あっ、そうそう! 見てみろ彩乃! あそこに小鳥がいるぞ! 俺はあれを見て癒されてたんだよ!」
「……あれ、カラスだよ?」
マズイ……これはマズイ…!
どうしてこんな言い訳をしているのか自分でも分からない。ただ、あれほどの殺気に当てられた人間の正常な反応だと俺は思いたい。
バカみたいに両手を暴れさせていると、田中先生が教室に入ってきた。田中先生は、俺たちのクラスの担任だ。
「お前ら席につけー。
助かった! タイミングバッチリですよ田中先生!
彩乃はまだ何が言いたげな顔をしているが、ちゃんと前を向いて先生の話を聞いている。
朝の号令と軽い出欠確認をした後、田中先生が黒板にでかでかと文字を書く。それ、後から黒板消すの大変なんですが?
「はい、GW明けたら修学旅行だが……よくよく考えたら札幌研修の班を決めてなかったわ。アハハ!」
「「「笑ってる場合ですか!?」」」
クラス全員からの総ツッコミ。そりゃそうだ。
物語が始まってすぐなのにこんなイベントがあることは見逃してほしい。だが、GWまであと三日。その休みが終わればすぐに北海道へ行くのだ。
そんな時期に班が決まってない? 大変じゃないか。
俺たちの圧力に驚いた様子の田中先生。すぐに元の表情に戻る。
「幸い、一時間目は僕の数学Ⅱだ。そこで、授業の最初十分とこれから授業開始の時間をとる。その間に班を決めてくれ。ではスタート!」
行動の早いやつはすぐに動いた。もちろん、彩乃のことだ。
「翔くんと私は同じ班ね!」
俺の意見は無視して盛り上がる彩乃。でもこれ、班の人数とか条件とかあるんじゃないの?
田中先生を見てみると、俺の視線に気づいたのか説明を補足してくれる。
「六人で班を作れよー。あと、このクラスは男子と女子が同じ数だから三人三人で作るように」
男子だけ、女子だけで固まっていた奴らが解散していく。そんな大事なことはもっと早く言ってくださいね。
俺は、無理やり彩乃の班に入れられたから、あと男女二人ずつ必要だ。誰かいないかと探していると、俺の肩が叩かれた。
「翔馬! 同じ班とかどうよ? 彩乃が許してくれるならだけどな」
「彰くんなら問題ないよ。ウェルカム!」
「あっ、なら僕は?」
「駿太くんもいらっしゃい!」
こいつらは俺の友だちだ。去年知り合って仲良くなった。
ワックスで髪をツンツンに逆立てた男子が
国民的人気アニメに出てくるお金持ちの少年みたいに前髪を三つに分けた男子が
これで男子は揃った。後は、女子を二人集めるのみ。
誰かいないかと見渡すと、女子が一人こちらに歩いてくるところだった。彩乃が手を振っているから、どうやら呼び寄せられたらしい。
肩口で切り揃えた黒髪を揺らしながら近寄ってくるのは
というか、やっぱりこうなった。六人班って聞いたときに学校でよく行動を共にするこの五人が固まることはほぼ確実だなと思ってたんだよな。
さて、後は女子一人だけ。最後の一人を探そうと辺りを見るも、他はどこも班が決まったようだ。それぞれ固まってしゃがんでいる。
……あれ?
「一人どこいった? 今日は欠席いないよな?」
「えっ!? まさか幽霊があぁぁぁぁぁっっっ!!!」
彰うるさい! でも、本当にどこいった?
「あの……あの……」
どこかの班が七人になっていないか数えていくも、どこもきっちり六人だ。
「足りないね。でも、いいじゃん! 彰放置してあたしらでダブルデートにすれば」
「うわひっでぇ!?」
彰と天音が口論を始めてしまった。これはもう始末に負えん。
「その……翔馬くん……」
天音の言葉を聞いて彩乃が頬を赤らめていた。朝も思ったけどさ、恋人認定されて恥ずかしくないの? 俺は結構精神的にきてるんだけど。
「翔馬くん…!」
というか、さっきから聞こえるこの可愛い声は誰だ? 幻聴か?
「翔馬、後ろ後ろ。いい加減気づいてあげなよ」
「へ?」
駿太に従って後ろを見ると、まだ一人白崎さんが残っていた。あっ、これで人数揃ったわ。
「あの……よければ私も班に入れてくれない?」
「ダメ」
彩乃がきっぱりと言い放った。どうしてだよ!?
ほらぁ! 白崎さんが落ち込んじゃった! 白崎さんのこんな顔は見たくないよ!
「彩乃の言葉なんて気にしないで! ほら、一緒の班ね!」
途端に表情を明るくしてくれる。良かった、元の白崎さんに戻ってくれた。
これですべての班が完成した。修学旅行が楽しみだなぁ。それに、まさか白崎さんと同じ班になれるなんて!
あと少しの授業もこれで頑張れるぞ!
……この時俺は、彩乃の瞳に鈍い光が宿ったことに気がつかなかった。
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