第7話

 やるべきことはシンプルだ。

 恭平が伝えたのは、建物正面のシャッターをぶち破って中にいるであろう者たちと対峙。

 戦闘が始まったら両側面から別動隊も適宜侵入する。

 正面の部隊が救出作戦の本隊。立ちふさがる敵を排除しながらさらわれた者たちの捜索と救助。

 おそらくは上の階か、もしくは地下か。閉じ込める場所はそうそう分かりやすいところに設けないだろうとは木ノ葉の弁。

 恭平も同意見だ。もしも恭平が誘拐組織の立場だったら、簡単に分かるところには閉じ込めないし、そういう設備がない建物はそもそも使わない。

 両側面の別動隊の役割は陽動。救出は考えずに目の前の敵を次々と戦闘不能にしていくことが目的である。仮に閉じ込められている者を発見したなら本隊に報告。状況次第で救助も行う。

 建物は三階建ての工場。

 長方形の建物はかなりの床面積があるので、四方向で騒ぎが起こし敵の手を飽和させるのが目的である。

 工場の窓からは光が漏れているので、人がいるということだ。

「本隊は三人か。まあ、動きやすくていいの」

 配置は別動隊が4人ずつ。別動隊の役割は、最初は本隊を支援する陽動。後に内部の掃討だ。

「それと、この方が巧磨が暴れやすいからな。いつも通り俺が合わせるから好きに暴れてやれ」

「おう、良く分かってるじゃねぇか。気ぃ遣って戦うのは性に合わねぇ」

 本隊の方は、恭平、巧磨、そして木ノ葉である。

 巧磨の戦いは、戦闘と呼べるものではない。

 嵐が何もかも薙ぎ払うような、暴力の化身。

 なので、その嵐に対処できる者を連れていくのが正解となる。

「儂はこちらで良かったのかの?」

 腕を組んだ木ノ葉が恭平に問いかける。

「あなたはこっちで大丈夫さ」

「そうか。そちらの鬼の兄さんも同じ意見かの?」

「ああ」

 巧磨は短くうなずいた。

「二人がいいならいいかの。せいぜい邪魔せんよう気を付けるとするよ」

「じゅうぶん期待させてもらうさ」

 謙遜するような木ノ葉に恭平はそう返す。

 つかの間の静寂。

「……陽動隊は監視カメラはどうするって?」

「ああ、心配要らねぇ。その辺は心得てるやつらばかりさ」

「そうか。こっちは……」

「対処が必要なものは儂が潰す。気にせんと先に進め」

「分かった。任せる」

 彼女は軽くモノクルに触れ、くいと動かした。

 恭平はちらりと腕時計を見た。時刻は1時50分。

 突入の時間だ。

 巧磨が連れてきた8人と別れてから既に10分弱経過している。既に配置につき、準備もできているだろう。

 今か今かと出番を待っているはずだ。

「よし、巧磨」

「おう」

 恭平に声をかけられた巧磨はひとつ頷くと、敷地内にあったバンタイプの2トントラックを担ぎ上げる。

 かなり重いはずだが、巧磨は担いだまま普通に歩いて建物に近づいた。

 目の前には搬入経路でもあるだろう高さ3メートルほどのシャッター。

「だらしゃあ!」

 担いだ小型トラックをそのまま前方に叩きつける。そう、シャッターごとだ。

 地面がわずかに揺れるほどの衝撃。

 ただ落ちただけではなく、相当な力が加わったのが分かる。

 当然シャッターは無事では済まず、完全に壊れてしまっていた。

 中からは蛍光灯や白熱球の光が漏れる。

 そして、シャッターを車がぶち破ったことで驚いて動きを止めている黒いスーツの男たち3名。

 ひとまずここから見えるのはその人数。

「マト役ご苦労さんだぜ!」

 巧磨は小型トラックから腕力だけでバンの壁一面を引きちぎり、目についた男に向けてぶん投げた。

 それは地面と水平に移動し、男に直撃。

「もぺ」

 妙な声と共に男は鉄板によって上下真っ二つになった。

 鉄板はそのまま背後のコンクリートの壁に突き刺さる。

 まったく桁違いな腕力だ。

 ド派手なことこの上ない。

 だが、この作戦ではそれが重要だ。

「さすがだ巧磨!」

 期待以上に派手にやらかした巧磨の横をすり抜ける。

 そのまま一番近くにいた男の元にたどり着くと、抜刀。

 首を一閃した。

 切断とまではいかなかったが、無事に頸動脈を斬ることができたようだ。

 男は首から大量の血を流し、倒れた。

「な、なんだきさ……!?」

 シャッターを壊され2人が死んだ。

 そこでようやく事態に認識が追い付いたのか、一人がそんな声を上げる。

 懐に手を突っ込む。

 が、それは途中で不自然に止まった。

 その動きごと。

「おいたはいかんぞ」

 入り口でトラックのドアを引きちぎり鈍器にした巧磨と、建物内に踏み込んで刀を一閃した恭平。

 その後方に控えていた木ノ葉。

 彼女はどこからか取り出した鉄扇を広げ、男に向けていた。

「あ、ぐ……うおお……」

 不自然に止まった動き。男は脂汗をにじませているがびくともしない。

「いい子じゃ。そこに立っておれ」

 おそらくは何らかの妖術の類なのだろう。

 何をしたのかは分からない。

 恭平も巧磨も並みの知識は持っているが、その中に答えはなかった。

 だが、別に構わない。

 敵が一人行動不能になったという明確な結果がある。

 後方支援としては十二分だ。

「おし、次いくぜぇ!」

 巧磨はトラックのドアを振り回しながら走る。

 迫力満点。

 先日の猫又など比較対象にものぼらない。妖怪の格としても、猫又と半分とはいえ鬼の血を引く巧磨でははっきりいって桁が違う。妖怪最強の肉体を誇る種族の名は伊達ではないのだ。

 一瞬そんなことを考えながらも、恭平は既に次の標的の懐に潜り込んでいた。

「てっ、敵襲ー! てきs」

 二度目は言わせない。

 刀で男の喉を切り裂いた。

 それと同じくして、工場の左右も騒がしくなった。

 どうやら別動隊が巧磨が起こした轟音を合図に暴れ始めたようだ。

「今度はなんだ!? うぎゃあ!」

「知るかっ! こっちに聞くな! おげぇ!」

 外から見えたのは3人。

 中に踏み込んで、更に2人がいた。

 最初に巧磨が仕留め、続いて恭平が斬った。今恭平が斬ったのが4人目。

 振り返れば、巧磨が5人目と6人目をドアで激しく殴り、吹き飛ばしていた。

 これで近場にいる男たちは全員沈黙した。

 1人は木ノ葉が何らかの術で動きを封じている。

 木ノ葉に抵抗できなさそうだったので後回しにしたため、当然ながら肉体的にはまだ五体満足だ。

「よし、ひとまずここは確保できたか」

 恭平は血振りし、刀についた汚れを払った。

「へ、あっけねぇ」

「油断するなよ巧磨」

「わぁってるよ。おかんかお前は」

 うるさそうにする巧磨に肩を竦める。

「さて……」

 女の声に振り返ると、からんころんと音を鳴らしながら、木ノ葉が動きを封じた男に近づいていた。

「小僧。儂らの目的、既に察しておろう?」

 懐に手を突っ込んだまま立ち尽くす男にそう語りかける。

 パチリ、と指をはじいた。

「話せるようにした。ほれ、きりきりと吐くがよい」

「喋るワケないだろう!」

 男は声を張り上げる。

 無駄な抵抗だと分からないのか。

 分かってやっているのなら、蛮勇ではあるが見上げた根性だ。

 恭平はもちろん、巧磨もまた、木ノ葉を見守るようだ。

 木ノ葉に任せて問題ないだろうと直感で分かっていた、というのもあるが、彼女の力の一端を見たい、という思いもあった。

「そうか。ならばもう用はないの」

 パチン、と音がして鉄扇が閉じられる。

 木ノ葉が閉じた鉄扇の先を男の額に当てた。

 すると男の体が動き出す。

 懐からけん銃を取り出し……そして、自身のこめかみへ銃口をごり、と押し付けた。

「な、ぁ、なんで」

 当然ながら男に自殺するつもりなどない。

 つまり、男の身体を操っているのは木ノ葉ということだ。

「脳みそから情報を抜き取るとしよう」

 引き金に力がこもるのが分かったのだろう。

 男はわめきながら命乞いを始めた。

「わ、分かった! 話す! だからやめ」

 パシュ。

 サイレンサーがついた銃が火を噴き、男の頭を貫いた。

 即死である。

 身体から力が抜け、ぐらりと傾き……しかし倒れない。

「ほう……なるほどの」

 額には相変わらず鉄扇が触れている。

「囚われの者たちは地下におるぞ」

「分かった」

「おう」

 頭から情報を抜き出したらしい木ノ葉が鉄扇を男の額から離して恭平と巧磨の元に歩いてくる。

 下駄の音が響く。

 隠密には完全に向かない下履きだ。

 だがどうせ木ノ葉のこと。この音も遠くまでは届かないように何らかの術でも使っているに違いない。

 何をしたのか見当もつかない出来事を前にしてしまえば、そう思えてしまうのも当然というものだ。

 力の一端でも見られるかもしれない、と彼女のやることに異を唱えなかった恭平。

 蓋を開けてみれば、予想通りというか予想以上というか。

 木ノ葉の扇子の支えを無くした黒服の男の亡骸が、どしゃりと仰向けに倒れた。

「地下への階段は向こうじゃ」

 木ノ葉は右手を指した。

 なるほど。当たりを引いたようだ。

 まあ、たかだか30人から50人だ。

 ある程度の人間は情報を共有されていたのだろう。

 有事があった際に、こうして動けるように。

 つまり。

「時間との勝負じゃ。行くぞ」

 吹き抜けの向こう、上階から聞こえる音が騒々しい。さすがにこれだけ派手に攻撃を仕掛ければそうなるだろう。

 作戦立案時点で隠れて忍び込むことも一瞬だけ考えたのだが、協力を求めた巧磨はそういったことがすこぶる苦手な妖怪である。

 それならば、派手に暴れる作戦の方が巧磨の本領が発揮されて頼もしい。

 木ノ葉がからんころんと歩き始める。

 その背中を追いながら、巧磨がつぶやいた。

「底が見えねぇと思っていたが、とんでもねぇな……」

 己とはまるきり正反対。

 あくまでもパワーとタフネス、自身の肉体を頼りにする巧磨とは正反対。

 様々な術を駆使し、搦手で相手を倒すその鮮やかな手腕。

「俺たちが図りかねてるのを分かってて、あえて披露してくれたんだろうな」

「そこまで目端がきくかよ。オレの苦手なタイプだ。くわばらくわばら」

「味方だから頼もしいけどな」

「ちげぇねぇ」

 おそらくはこういった会話がされていると気づいているだろう。

 聞こえていなくても、内容くらいは容易に想像できているに違いない。

 しばらく歩くと、木ノ葉がふと立ち止まった。

 そこはT字路。まっすぐ伸びる廊下と、右に入る通路がある場所だ。

 木ノ葉が立ち止まった意味を、恭平と巧磨も即座に理解した。

「さて、地下へは直進じゃが、ここを曲がった先には上階に続く階段があるの」

「……ああ、来てるな」

 巧磨が鬼の感覚で探ってみて、歯をむき出しに笑う。

 つまり、2階より上にいた敵がやって来たということだ。

 恭平も常人としては感覚に優れる方だが、やはり妖怪にはどう逆立ちしても敵わない。

 木ノ葉や巧磨に言われてから少しして、ようやく誰かがいると分かった。

 恭平は刀の柄に手をかける。

「ほう、やるかの?」

 そう尋ねてくる木ノ葉はどちらでもよい、という顔である。

 逆に恭平が腰を落としたことで、巧磨は楽しそうだった。

「やり過ごして背中を気にするのは鬱陶しいからな。脱出で立ちふさがる相手も減ることだし、倒せる相手は倒しておこう」

 一刻も早く助けたいのはやまやまだ。

 時間をかければかけるほど、救出対象が連れ出されてしまうリスクもある。

 しかしいざ助けた後、逃がすまいとする敵の数が多ければ多いほど、救出作戦の成功率は下がる。

 守る対象が多い状態での戦闘は難易度が格段に上がってしまう。

 何をおいても救出最優先。

 排除できる敵は排除して脱出のことも考慮する。

 どちらも正解になることがあり、どちらも不正解になることもある。

 なお、当然ながら、声を殺して会話をしている。

 もう敵はT字路に向かってきているのだ。

「二人はそれでいいか?」

 恭平は逆に巧磨と木ノ葉に尋ねた。

「俺はいいぜ。お前に任せてるからな」

「そなたが言うことも一理ある。儂は異論無い」

「よし」

 まとまった。

 ならばここで敵を叩き潰す。

 背後からも、そして向かって奥の方からも破壊音や銃声が散発的にひびいている。それぞれ、発生する音はかなり遠い。

 侵入した陽動部隊も相変わらず活躍中のようだ。

「姿を見せたやつから叩く」

「おう」

「うむ」

 まず一人目の姿が見えたところで、恭平は刀を抜いて襲い掛かった。

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