第一話 ①


アイツは時折、夢の中で俺にしゃべり掛けてくる。


「調子はどうだ」って。


「みんなは元気にしているか」って。


俺は答える。


「普通だ」と。


そしたらアイツは「ありがとう」って言い残し、いつも笑顔で去っていった。







カーテンの隙間から差し込む光に嫌でも起こされる。


いつもながら最悪の目覚め。


殺風景な部屋。


水色のシーツのベッドと今はもう物置としか使っていない学習机。


それと、壁に貼ってある名も知らないヴィジュアル系ロックバンドのポスター。


床には足の踏み場のないほど服が散らかっている。


もう、どれが綺麗かどうかもわからない。


それでも殺風景に見えるのはもう見慣れてしまったからなのだろうか。


時刻は十二時を回っていた。


当たり前のことだが、高校生の妹はもう学校に行っており、一階には母の姿しか見受けられなかった。



俺、佐々木隆二の中には死体がある。


不統合同一性障害。


それは解離性同一性障害、いわゆる二重人格似た病気である。


違う点はもう一つの人格と同じ時を過ごさないこと。


そしてその病が治るとき、もう一つの人格と融合するのではなく、その人格が死んでしまうのである。


そして今なお、俺の中には元・隆二の死体が眠っている。




洗面所で顔を洗った。


キッチンに行くとそこにおいてあるのはオムライス。


朝飯か昼食、もしくは昨日の晩飯かもしれない。


オムライスに添えてあるメモには母の字で「チンしてね」と一言。


それがどれだけ俺を苛立たせるか、あいつは未だに分かっていないようだ。


母は今、一人こたつに入りテレビを見ている。


五十代も中ごろを過ぎた母は、ここ数年ずっとこんな調子だ。



俺が高校に入学し、髪を染め夜遊びを始めたころ、親父は家を出て行った。


真面目で堅苦しい性格の親父は息子のこんな姿を見てられなかったのだろう。


でも悲しくなんかなかった。


これで何にも気にせずに遊べるって思った。


翌年の夏休み。


先輩たちの喧嘩で警察沙汰になり、俺は退学処分となった。


そこから俺の生活は一変した。


今は十二月の中頃、学校に行っている奴らは今頃、進学するか就職するか悩む時期だろう。


だが俺はそんなこと考える必要がなかった。


昨日は家に朝の一時に帰ってきた。


今日も四時には来るようにと、先輩に言われている。


冷えたオムライスを食べ、食器を流しにつけた俺は無言で部屋に戻ろうとする。


「昨日はどこにいってたの?」


母に声を掛けられる。


どれだけ俺を怒らせたら気が済むのか。


「最近帰りが遅いから心配なのよ。いじめられたりしてない?」


あの、とろとろとした喋り方が大っ嫌いだった。


「最近はちょっと元気ないしね。昔はもっと明るかったのに」


「うっせえんだよ、ババア‼‼」


大声で怒鳴ると母は黙り込んだ。


そして俺が階段を登ろうとした時、


「そうよね。母さんが悪いよね。……ごめんね、隆二」



俺は聞こえないふりをし、部屋に戻った。


今から約束の時間まで何をしようか。


特にすることのない俺は、ベッドに倒れこむ。


ふと目に入った学習机。


子供っぽすぎるあれをもう使う気にもなれない。


あれは元・隆二が使っていた机。


引き出しの中に何があるのかも知らない。


しかしその上に置いてある服や雑誌は俺のものだった。




目が覚める。


いつの間にか眠っていたらしい。


だがスマホを見て跳ね起きる。


まだ四時は過ぎていないものの、急がなくてはならない。


急いで着替え、荷物をかき集める。


玄関に行き、母の財布から諭吉を一枚抜き取った。


俺は母が何か言っていたが無視しをして家を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る