貴方のいない世界は私もいない世界だと思います
七夕ねむり
第1話
梓君。
どろどろの感情で目の前の彼の名前を呼んだ。
「マチコさん?」
振り向いてくれたと思ったら、すぐに体温の無い両腕が背に回った。
ああ私はあなたの優しさを、恋情を、食い潰す。
「好きですよ、マチコさん」
私のどろどろを受け止めて、柔らかく落とされた言葉に水分が垂れる。
「知ってるよ」
「勿論存じ上げています。俺は刷り込んでるんですよ、何度も何度も」
「私は刷り込まなくていいの?」
ふとした疑問が転がりだした。
「俺は幸か不幸かアンドロイドなので」
初めてマチコさんが言ってくださった好きをまざまざと今日のことのように思い出せるんですよ。
だから、と梓君がふわりと笑った。まるで人間みたいに。
「いつだって今日のことのようにマチコさんが思い出せるよう、俺は刷り込んでいるんです」
私たちは危うい幸福の中にいた。確かに私は幸福だ。けれど正しいのかはわからない。それでも、梓君が居ない世界には意味がない。成る程、梓君は私という存在の中に刷り込まれて、混ざり込んでしまっているらしい。切り離したくてもこの身体のどこに彼の居ないところがあるのだろうかと思う。
「マチコさんは俺の中に居るので、余計な事は考えないことにしませんか」
ああ、狡い。これじゃあ私はただの駄々っ子に過ぎない。
「マチコさんが好きです。貴方が居ないのなら、俺は喜んでスクラップされましょう」
冗談みたいな言葉を綺麗な横顔で、真面目に真っ直ぐ彼が言うものだから、痛くてまた涙が落ちた。
私がしんだらどうするの。
とうとう聞けなかった問いは、とうに答えを知っている気がした。
きっと私たちは同じ場所で塵になる。
灰と鉄屑の塵に。
柔らかな腕に囲われて、涙は流すままにした。錆びない彼は、別段困ることも無いのだった。
貴方のいない世界は私もいない世界だと思います 七夕ねむり @yuki_kotatu1
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