第43話 男子卓球部の秘密

 その時だった。


「ちょっと待ちなさいぃ!」


 ヒステリックな甲高い声が部室にこだました。


「あんたたち、そんなこと許されると思ってるの!」


 入り口で仁王立ちになっているのは、女子卓球部の式部先生だ。男子卓球部の何が気に入らないのか、女信長の顔には今日も鬼の形相が浮かんでいる。

 やれやれと、部長が肩をすくめながら応対した。


「許されるも何も、ウチの顧問はOKしてくれました。女卓とも式部先生とも関係ない話ですよね」


 すると、式部先生は眉を吊り上げて叫んだ。


「関係ないじゃないわ! そこの荒馬の件では女子卓球部もずいぶん迷惑をこうむったんですからね! 西和工に脅されて、やめちゃった部員だっているのよ!」


 思わずつぶやく。


「それは荒馬先輩じゃなくて西和工のせいじゃね?」


 次の瞬間、殺し屋のような目で睨まれた。


「あんた、今なんて言った?」

「い、いや、あの」

「か弱い女子部員がヤンキーどもに取り囲まれたのよ。あんたも、同じ目に合わせてやろうか?」


 すると荒馬元部長がオレと式部先生の間に割り込んで、深々と頭を下げた。


「その節は、たいへんご迷惑をかけしました。申し訳ありません。女子卓球部のみなさんには謝っても謝りきれません」


 大男が身体を折りたたんでの謝罪に、オレたち三人は思わず顔を見合わせる。

 式部先生も一瞬呆気に取られたように固まって、それから振り上げた拳の下ろしどころを探すかのようにオロオロと続けた。


「だ、だいたいねえ、男卓なんて廃部でいいのよ。どうせ真面目に練習するわけでも、大会に出るわけでもないんだから」


 すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに部長が言った。


「大会には出ます! 俺たち来月の市の大会に出場することにしたんです! お願いします! その大会に優勝できたら、先輩の正式な入部を認めてください!」

「なんですって?」


 視線が火花を散らすとはこのことだろう。

 羽根園部長と式部部先生は激しく睨み合った。残った三人は、オロオロしながら二人の様子を見守っていた。


「来月って市民体育大会よね。もし優勝できなかったらどうするつもり?」


 女教師の挑発に、部長は力強く答える。


「そのときは、廃部で結構です」


 それを聞いて、彼女はニヤリとほくそ笑んだ。


「フン、その言葉、覚えておきなさいよ!」


 *          *          *


 式部先生がいなくなった後の部室は、さながら台風が過ぎ去った朝のようだった。みな一気に緊張がほぐれて、どすんと椅子に座り込む。

 オレは心配になって尋ねた。


「部長、あんな約束して大丈夫なんですか? もし優勝できなかったら廃部だなんて」    

「三階堂おまえビビってんのか? 大丈夫だって。来月二十三日の大会は、式部バアの言ったとおり市民体育大会だからな」


 部長は、フフンと鼻を鳴らして解説してくれた。

 市民体育大会というのはもともと市のスポーツ振興行事で、卓球大会はその一環で行われるごく小さなものだ。参加校は市内にある四校だけ。つまり、リーグ戦で三勝すれば優勝だし、高橋秀樹のいる丸富高校のような有名校は参加しない。


「じゃあ、木場先輩もいるし、なんとかなりますね」


 ホッとしてうなずく。すると、隣で荒馬元部長が素っ頓狂な声を上げた。


「ちょっと待てよ。大会って、二十三日なのか……俺、その日はちょっと無理だ」

「何言ってるんですか、先輩のために皆で頑張ろうっていうのに」


 オレが非難すると、元部長は気まずそうに頭を掻いた。


「いやな、同じ日に、大会があるんだよ」

「大会って、なんの大会です?」

「……いやあ、その、遊〇王……」

「はあ?」

「俺さ、メチャクチャ好きなんだよ。これに人生かけてるんだ」


 なんだか目の前がクラクラしてきた。

 ここで、なんで遊〇王が出てくるんだ?

 わけがわからず戸惑うオレに、部長と木場先輩が耳打ちしてくれた。


「荒馬先輩って、根っからの遊〇王バカなんだ。遊〇王の大会で不正をした西和工の番長に切れて殴りかかったくらいだからな。それで西和工に殴りこんで一対一のデュエルに勝ったはいいが、そのあと全員から袋にされて一カ月入院してたんだと」

「ちなみに、今現在の卓球部員が少ないのは西和工とのトラブルとはなんの関係もない。荒馬先輩が部長時代に遊〇王をやりたいヤツだけを集めて部員にしたからだ。そいつらは先輩が退部すると、みんなあっさり部をやめてしまったんだ。まあ、もともと卓球をしたい連中じゃなかったからな」

「ええーっ!?」

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