第13話 もう一度、ここからはじめよう
「自分には信念があるんだ。今まで自分はその信念のためだけに卓球をしてきた。そして、その信念のために、いまはもう真剣にラケットを握ることは二度とない」
副部長は、まっすぐオレの目を見てそう言った。
「一体何なんです、その信念って?」
「自分が卓球を始めたのは、小学生の頃だ。テレビで見た卓球少女がきっかけだった。自分は一目でその卓球少女に恋をした。そして子供だった自分は、卓球が上手くなれば少女にめぐり合えるのではないか、そんな風に考えたんだ」
「卓球少女って、昔の福○愛ちゃんみたいな子ですか? でも、それって可能性あるじゃないですか。先輩の実力ならオリンピック候補にだって選ばれるかもしれない。そうしたら、会う機会もあるでしょう」
ちょっとフォローしたつもりだったんだけど、先輩はいきなりオレの襟首を掴んできた。
「ちがぁうっ!」
「うわっ、ちょ、ちょっと、なんすか」
「それから数年経って、オレはある大会でその卓球少女にであったんだ。いや、彼女は中学生になっていたから元卓球少女と呼ぶべきか」
「いや、中学生だって十分少女でしょ」
オレのツッコミが気に入らなかったのか、先輩はさらに殺し屋のような目でギロリとにらみつけてくる。
「バカを言え! 少女という可憐な花が咲く期間は短い! そこにいたのは、自分が恋したのは卓球少女ではない、無残に劣化したババアの姿だったんだ!」
中学生でババアって、……それってもしかして?
オレの疑問に、部長がキッチリ答えてくれた。
「三階堂の想像している通り、木場は完璧なロリコン。しかも、ターゲットが9歳から11歳に限るという本格派だ」
すると、それまで殺気立っていた木場先輩の頬がポッと赤く染まった。
「いやぁ、そんなに褒められると照れるなぁ」
「誰も、褒めてないですから!!」
「とにかく、いくら卓球が上手くなっても、高校生の自分が卓球少女と恋をすることはできない。卓球少女は近年どんどん量産されているのに、自分には彼女たちと試合することすら許されない。そう思ったら、もうやる気がゼロっていうか、むしろマイナス?みたいな」
そう言った木場先輩の目は虚空をみつめていた。
だめだ……この卓球部は完全にイカレてる。
女装趣味の部長に、ロリコンの副部長。ひいなの言ったすっごい不良がいるよりよっぽどタチが悪い。
どうするオレ? たとえあの動画を流出させられようとも、命までとられるわけじゃない。とっとと退部届けを出してブラバンにでも入りなおすか……
そう本気で考え始めたときだった。
木場先輩が、ボソリと言った。
「でもまあ、久しぶりに卓球やって楽しかったよ。本気のスマッシュも二回打ったし。三階堂、オマエ結構見所あるな」
えっ?
「じゃあ、来週から本気で練習だぞ」
そうだった。
たしかにオ〇マとロリコンって最低な先輩たちだけど、木場先輩はオレが今まで見た誰よりも卓球が上手い。彼が副部長なんだから、部長の羽根園先輩はもっと上手いってことなんだろう。
「あの、オレ、もっと卓球上手くなれますかね。先輩たちみたいに」
思わず、そう尋ねていた。
「おまえ、卓球はもう十分満足だったんじゃないの?」
部長が茶化すように答える。
たしかに、オレは何度もそう言った。
もう十分だ。やりつくした。他人にも、自分にもそう言った。
でも、違った。
「オレ、全然満足してないです」
中学最後の大会で同じ歳のオリンピック候補生に一方的に負けて悔しくて、でも自分の心に正直に悔しいとはいえなくて、毎日夢を見てうなされているクセに、十分だ、やりつくしたって満足したフリをしてた。
「毎日思い出すんです。散々だった中学最後の試合のこと。そしたら胸が苦しくて。満足なんて全然できてない。オレもっと卓球がしたいんです」
木場先輩との試合でもう一度コテンパンに負けて、オレはそのことに気がついたんだ。
すると、羽根園部長はニヤリと笑った。
「昨日、俺と初めて会ったときのこと覚えてるか?」
「はい」
「最初にピンポン球を投げたら、おまえ綺麗に左手でキャッチしたろ」
「あっ」
確かに、そんなことがあった気がする。
「あのキャッチする姿をみて、おまえがこれまでどのくらい卓球に打ち込んできたかすぐわかった。それに、これからどのくらい伸びるヤツかもな」
「……部長」
「俺は才能のあるやつしか部には誘わない。木場だって、単なる頭数で時給500円も払ってるわけじゃない。俺の家は別に金持ちでもなんでもないからな。俺が言いたこと、わかるか」
涙が出そうになった。
この二人に練習を見てもらえば、オレだってもっと強くなるんじゃないのか?
今度こそ、本当に心から満足できるくらいに。
「はい、頑張ります! よろしくお願いします!」
オレは深々と頭を下げた。
これからが、オレの高校卓球のはじまりだ!
門出を祝福するかのように、部長が言った。
「よし、じゃあ今日はこれでお開きにしよう。三階堂、週明けからみっちり練習するからな」
「よぉし、がんばるぞぉ!」
沸きあがる闘志につい鼻息まで荒くなる。
そんなオレの肩を、部長と木場先輩がポンポンと叩いてきた。
「おう、その調子で早くベース弾けるようになれよ」
練習ってそっちかよ!
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