第12話 戦いの果てに……
「木場が高校生相手にポイントとられたのって、いつ以来だ?」
「記憶にない」
「だよな、高校に入ってからは全部スコンクで勝ってるもんな。三階堂おまえ、中学の頃、相当卓球やってただろ」
(それは、イヤミか? イヤミなのか?)
オレは歯を食いしばって屈辱に震えていた。
試合結果は、3セット連続で木場先輩の勝利。
先輩をコテンパンにやっつけるはずが、逆にポイントもほとんど取れずコテンパンにやられてしまうなんて。
敗因はいくつも頭に浮かんできた。
まずは受験勉強やなんやで卓球を離れてから十ヶ月近く経っていたことだ。
微妙な感覚のズレが最後まで修正されなかった。
それにラケットがマイラケットじゃなかった。珍しい粒高ラバーがあったんで使ってみたが、クッションが強すぎて逆に使いづらかった……でも、
「そんな、ありえない……高橋英樹と当たったときも、ここまでの点差じゃなかったのに」
夢に見るほどの惨敗を喫した高橋戦でさえ、1セットあたり2,3点は返していたんだ。
すると羽根園部長は、なぜか自分のことのように鼻高々に言った。
「高橋英樹って、Y中だった高橋か? あいつオリンピック候補に選ばれたらしいけど、中学時代一度も木場に勝ったことなかったぜ」
「ウソでしょ!」
「ウソなもんか。木場は諸般の事情で大会には出ないけど、実力で言えばプロレベルだから」
バカな、そんな強い選手がこんな弱小高校の弱小部にいるなんて。
でも、信じないわけにはいかなかった。木場先輩の強さは、戦ったオレが一番よく分かっている。
「まあ、とにかく負けは負けだ。おとなしく言う事を聞いて、バンドの一員になってもらうぞ」
そうだった。この勝負にはそれが賭かってたんだ。
不本意だけど、ここまでの大差で負けた今となっては逆らう気力も残っていなかった。
「……わかりました。けどオレ、楽器なんて何にもできないですよ」
しぶしぶ答える。
すると、部長はまるでドラマに出てくるイジワル姑のようなしかめっツラになった。
「なんだよなんだよ、『オレ、楽器できません』って、早速ボーカルアピールかよ」
「別にそういうわけじゃないですけど」
「イヤだねえ、イマドキの下級生は先輩を差し置いて目立つことばかり考えやがって。ダメだダメだ。一年坊主はベースって決まってるんだよ」
「はあ、」
「んで、オレがギター兼ボーカルな」
そう言うと、ミニスカートを翻してクルリと回ってみせる。
目立つことしか考えていないのは自分のクセに。
それにもしかして、女装のまま歌う気じゃないだろうな。
念のため御注進しておいた。
「女の子にキャーキャー言われるのが目的なら、木場先輩がボーカルのほうがいいんじゃないですか?」
「なんで?」
「いや、単純にイケメンですから。一年の女子も噂してましたし」
「あー、ダメダメ。木場はドラムスだから」
「木場先輩がドラム? なんかもったいないですね、イケメンなのに」
「おいおい、その発言は穏やかじゃないだろ。まるでデブ以外はドラム叩いちゃダメみたいに聞こえるぞ。全国のドラマーに謝れ」
「いや、そんなつもりじゃ」
「それにな、木場は家庭の事情でドラムスって決まってるんだ」
「なんですか、その家庭の事情でドラムって」
オレの何気ないツッコミに、再び勉強に没頭していた木場先輩が立ち上がった。
先輩はまったくの無表情で考えていることがまったく読み取れない。さっきの試合でも、そのせいで先輩の撃ってくるコースがまったく予測できなかった。
「知りたいか? 自分の家庭の事情」
言いながら、ゆっくりと近づいてくる。
オレは朝方聞いた小笠原ひいなの言葉を思い出していた。
卓球部には、すごい不良がいるという。女装趣味の部長が不良とは思えない。ならもしかして、木場先輩が?
「い、いや、その、なんというか。誰にも人に話したくない事情というのはあるでしょうから」
「フフフ、そんな大した話じゃないさ」
「そ、そうなんスか」
「自分は家が貧乏なんだ。だから、楽器を買う金がない。だから、ギターやベースはできない。ドラムスならステックが二本あれば済むし、それも部長がくれるっていうからな」
家が貧乏で楽器が買えない。
顔が良くて、背も高くて、成績優秀で、卓球がメチャクチャ強いパーフェクト超人の木場先輩にそんな鼻の奥がツンとなるような家庭の事情があったなんて……
でもアレ? でも、ウチの高校は私立でも結構金が掛かる方だったと思うけど……
そんなオレの疑問を察知したかのように、部長が口をはさんだ。
「こいつは特待生なんで学費は百パーセント免除されてるんだ」
なるほど、それで木場先輩はこんなに熱心に勉強してるんだ。
でもじゃあ、先輩が卓球の大会に出ないっていうのも、もしかしてそれが原因?
あんなに強いのに、お金がないくらいであの才能が埋もれてしまうなんてもったいなさ過ぎる。
すると、さらにオレの心を読んだかのように部長が言った。
「ちなみに、ヤツが卓球の大会に出ないのは貧乏が理由じゃない。信念の問題だ」
「信念?」
オレが首をかしげると、木場先輩は「自分が話します」と部長を制した。
「自分には信念があるんだ。去年まで自分はその信念のためだけに卓球をしてきた。そして、その信念のために、真剣にラケットを握ることは今後二度とない」
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