異世界で楽々無双する物語は嫌いだった。

てすたねっと

日常

 俺の名前は宇治 水沙 (うじ みなざ)。多少コミュ力やトーク力が高いという点以外、いたって普通の高校二年。中学時代の知り合いもおらず、自宅から電車で三十分という新たな環境での生活ももう一年が経った。

 流石に見慣れた校舎をくぐり、昇降口で靴を履き替え二年一組の教室へ入る。

「よお宇治、お前昨日の無双戦記見たか!?」

宇治が荷物を床に置いて席に着くと、前の席のクラスメイトが声をかけてくる。常日頃から宇治とよく絡んでいる生徒だ。 

 無双戦記というのは、今流行っている深夜アニメのタイトルだ。異世界に転生した主人公が序盤から最強なチート能力でこれといった苦労もせずにモンスターを蹂躙し、魔王討伐を目指すという物語。近頃では定番のジャンルでありながら、その深い内容で多くの人を惹きつけている。

「ああ、一応見たが…。」

「面白かっただろ!サナダ(無双戦記の主人公)が魔王軍幹部を倒したところなんて見どころ抜群で最高だっただろ!」

作品への愛が強いからか、興奮した様子で語りだす友人に慣れた様子で返す。

「いやぁ、まあ面白いし女の子たちもかわいいし、何よりバトルシーンが迫力もあるんだが…」

「そうだろそうだろ!」

「でも俺的には単体チートで楽々無双っていうよりも、日々修行や努力を重ねてやっと手に入れて力で仲間と一緒に戦っていくのが好きなんだよ。最初から強すぎても面白くないだろ?」

宇治に言われたことに刺さるところがあったのか、苦い顔をする。

「で、でもお前だって転生したらチートで無双して女の子に囲まれたいんだろ?」

「うーん…どちらかというと俺はゴブリンかオークになりたいな。」

「…は?なんでだよ?」

「いや、決まってるだろ? オークやゴブリンって言ったら、女冒険者を性的に襲うモンスターの代表格じゃん。」

「お前…その発言はなかなかにやばいぞ。」

「い、いや冗談だけど!本当に冗談だけど!!! ……まあさっきのはふざけとして、自分が異世界に行くとしても最初から強くて楽勝って感じより困難とか過程があったほうが自分としても面白いだろ?」

「ま、まあわからんでもない…。」

ゴブリンの話をしたところから、周りにいた女子勢の冷ややかな視線が向けられていることに気づき周りに聞こえるよう慌てて訂正する。話をしていた友人も宇治の勢いと必死さに押され、無難な言葉で返した。

「お前らそろそろ座れー。授業はじめんぞーー。」

無駄話をしているうちに一時間目の授業の時間となり、教室の扉を開けて教壇へと立つ教師。いつもなら不快でしかないその声も、今回ばかりは異様な空気を晴らしてくれたことに感謝した。



「はぁ…なんか俺が本気でハマれるようなラノベないかなぁ…。最初は弱い主人公が、苦しみながらも成長して前に進むような物語。」

一日の授業が終わり、宇治は家と最寄り駅をつないだ道を歩きながら就いた空を見上げ一人息をこぼしていた。

 二本の長い歩道の間に大きな車道があり、銀杏の木がきれいに並んでいるのが美しい道。秋になると人通りが少ない時間帯にその風景を写真にとらえようとする人も出て一定数いる。

 宇治はそんな景色には目もくれずただ地面を見ながら歩き続けていた。するとふと、道端で毛繕いをしている一匹の猫が視界に映る。その猫は首輪もなく、しかし野良とは思えないほどの純白で整った短い毛並み。

 結局、その猫を横切るまで目を離せずに歩き続ける。いいものを見た、程度の認識ではあるが少量の幸福感が心を濡らした。

通り過ぎた猫から目を離し、一つ手前の信号を確認するため前を向く。これまた幸いにも、信号表示は青だった。

「学校では散々だったけど、その分今はついてるな。」

 信号が変わらないうちに渡りきるため、小走りをしようとカバンを肩に深くかけ準備をする。前から自転車でスマホ片手にふらふらしながら走って来る高校生らしき人がいた。

(危ないなぁ…。だれか前にいたらどうすんだよ。)

 後ろを振り返ると、歩行者はみんな自転車を警戒してその直線上には近寄っていない。歩行者は。

空けられた道には、先の猫が未だ夢中で毛繕いをしている。人の気配が前になければ、あの自転車はそのまま直進するだろう。

もし猫にあの高校生が気付かなければ、もし猫があの自転車に気づかず轢かれてしまったら。最悪、当たりどころが悪ければ死んでしまうだろうか。

 宇治は自転車がこちらへ来る前に猫を移動させるため、急いで踵を返す。

「あっやべっっ!!」

急いで進行方法を変えたため、脚がもつれて宇治の身体は勢いよく飛び出した。

いい年をしてコケることなんて早々ないため、慌てて次の脚を出すも勢いはただ増すばかり。先には道を照らすための小型街灯があるが、あまりの勢いに進路を変えることも難しい。

そして街灯にぶつかる直前、宇治にはその瞬間が何フレームにも見えた。自分に驚きどこかへ走り去る猫、徐々に近づく鉄塊。


ーーーゴンっーーー


とても鈍い音が宇治の身体に響く。頭の奥を強い鉄の味が染め、もう手足は動かない。

(なんで…なんで…こんな目に…。)

周囲の雑音が段々と小さくなり、暖かな感覚が自分を包みこんだ。


ーーーふぇ~、君、なかなか悲しい死に方だったね。ーーー


 静寂な世界に吹き渡る声がひとつ。だが声をかけられようが、宇治はもう薄い意識の中返答することはできない。


ーーー可哀そうにねえ。猫を助けるために行動したのに、その結果自分が死んでしまうなんてね。---


………………………………………。


ーーー可哀そうな君には、君たちで言うところの異世界転生? っていうやつをしてあげるよ。ーーー


………………………………。


ーーーまあチート能力は定番だけど、僕も君と同じ考えでさ。簡単にうまくいってもつまらないもんねえ。ーーー


………………………。


ーーーその世界のパワーバランスもあるし、魔物達もポッとでのチートに楽々滅ぼされてもかわいそうだもんね。---


………………。


ーーーみんなの前で死ぬのはあんまりよくないけど…。個人的には好感の持てる死に方だし、君には異世界を満喫してほしいんだ。---


………。


ーーーまあとりあえず、異世界生活楽しんでね! 君のことをずっと見てるカラさ。ーーー


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