ゲラ・ウイルス

西順

第1話 その年世界は一変した

「フッ、フフフ、フヒヒッ、アッハッハッハッ」


 202X年夏、巷間ではあるウイルスが流行していた。


 その名も《ゲラ・ウイルス》。


 これに罹った者は、ちょっとした事でも笑いが堪えられなくなる恐ろしいウイルスだ。


 箸が転がっただけで笑いがこぼれ、売れない芸人の一発ギャグで大笑いを巻き起こすこのウイルスは巷で大流行し、罹っていない者は「お前まだ罹ってないの!?」と嘲笑される。


 世界中でこのゲラ・ウイルスは持てはやされ、罹っていない者は積極的に罹っている者の側へと歩みより、笑う感染者から飛沫を受けて感染を狙う。罹る為に罹患者と密になるのは当たり前となっていた。


 このゲラ・ウイルスが何故人々から求められているのか。それはこのウイルスに罹った者は、他の病気に罹りにくくなり、また他の病気に罹っていた者は、その病気が快方に向かうと言う報告が、世界各国で報告されていたからだ。


 正に笑いは世界を救う。それを実践するウイルスであった。



 このウイルスは東南アジアのある島で、ある猿から発見された。


 現地で《笑い猿》と呼ばれていたこの猿から感染したアメリカの霊長類学者が最初の感染者とされ、この学者がウイルスに感染した状態でアメリカに帰国した事で、アメリカで爆発的に感染が広まり、そこから世界中に伝染していった。


 このウイルスの感染力は脅威的であり、罹った者の中から、このウイルス以外のウイルス、病原菌、果ては癌細胞までも追い出してしまう脅威のウイルスだった。


 その全てを外に出す様から、このウイルスの事をGet Outゲラ・ウイルスと名付けられた。


 世は正にゲラ・ウイルス全盛時代となり、202X年夏の終わりには、その感染者数は世界人口の半分に達しており、このゲラ・ウイルスに感染すれば病気知らず、猫も杓子もお嬢さんもお爺ちゃんも、老若男女揺りかごから墓場まで、ゲラ・ウイルスに罹る事を求めていた。


 東に感染者ありと聞けば赤ん坊を抱いて連れていき、西に感染者ありと聞けば爺婆を背負って連れていく。


 金が必要ならばいくらでも積み、何なら土下座して拝み倒して、強請ゆすりたかりでもって意地でもゲラ・ウイルスに罹ろうとする者が続出。202X年の12月31日の時点で、世界人口の99.99%が感染したと報告が上がると、世界中が大爆笑に包まれたのだった。


 翌年の1月1日の時点で地球上から戦争紛争の類いがなくなり、2月には世界統一政府が樹立され、世界中で株価が上昇し、労働者の時給は10000円に、鬱病を始めとする精神病患者はいなくなり、その年3月の段階で地球上から笑わない者はいなくなった。


 ☆☆☆


 それを宇宙から眺める者たちがいた。


 ゲラ・ウイルスたちである。ゲラ・ウイルスは宇宙の果てから地球に辿り着いた地球外知的生命体であり、元々居た惑星が太陽の崩壊に巻き込まれた為に宇宙へと脱出し、新たな宿主を求めて地球に訪れたのだ。


 そんな事とは微塵も考えていない地球人たちは、今日も笑い続けるのだった。

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ゲラ・ウイルス 西順 @nisijun624

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