それゆけ!コロナ滅茶苦茶コロスマン!

そーた

第1話 その男の名は……

突如、この地球上に現れたコロナウィルス。

人間の身体に入り込み、内部から身体を蝕んでいくそのウィルスは、いまや世界中で猛威を振るっていた。


コロナウィルスは基本的に、人間が生活をする上で頻繁に触り得るような場所に潜み、虎視眈々と待ち伏せているのだ。


例えば、机の上、ドアノブ、パソコンのキーボード、そしてウンコ。


そして今もまた――


彼らの毒牙に掛かろうとしている人間がそこにいた……



『もしもし、カカル君。今週の日曜日何時にこっちくるの?』


カカル君と呼ばれたその若者は携帯電話を片手に、誰かと話しているようだ。


「昼ぐらいに行くよ。今のこの時期、緊急事態宣言も出されているし、道もあんまり混まないしね。」


そう言って笑った彼は、ペットボトルの飲み物を取り出し、電話を肩に挟みながら器用にキャップを開けた。


閑散とした町は、空一面に暗雲が立ち込めており、その様はまるで世界の終末を表しているようだった。


『でもさ~。外出自粛って言われてるのに、私たちこんなに堂々と会って大丈夫な訳~?』


電話越しに聞こえる若い女のその声は、言葉の内容とは裏腹に、とても深刻そうには感じられない口調だ。


「大丈夫大丈夫。俺、マスクしてるしさ。」


一方カカルの口調もまた、同じようなものである。


『え~やだ~。そのマスクにコロナウィルス付いてそう』


「らん子!お前そりゃねえだろ!彼氏の事をそんな風に言うか普通⁉」


彼女に対してそう言い放つと、彼はマスクをアゴの下へとずらす。


そして、ペットボトルのジュースを一口飲んだ――


その時。


「へっへっへっ。人間め、俺達がすぐ近くに潜んでいるにも関わらず、悠長なものだ……」


――誰かがカカルに囁いたのだ。


「ん?今誰かしゃべった?」


彼は怪訝に思い、すぐに辺りを見回すも――


外出自粛のおかげで外は相変わらず閑散としており、もちろん


――周りには誰も居ない。


『ええ?別に誰もしゃべってないよ?』


彼の恋人――らん子が呑気な口調でそう言った。


「え?いや、そうじゃなくって……」


彼は先ほど聞こえた声に不審な気持ちを抱くも……


「……ま、気のせいか。」


しかしすぐに気を取り直したのだった。


「ま、とりあえずらん子、お前も一応気をつけろよ」


そして彼は特に気にする様子も無く、取ってつけたかのような言葉を彼女に送るが……


しかし、そんな彼と同じく、彼女も全く気にもしていないかのような口調だ。


『大丈夫よ!私、日本拳法やってたから。

これでも強いんだよ?

もしコロナウィルスにかかっても受け身取れるから大丈夫よ。』


「おう、じゃあコロナにかかった時は受け身取って自力で治せ。」


そんなやり取りに、やれやれと言った表情でカカルはアゴ下にずらしたマスクに手を掛ける。


そして。


彼がそのままマスクを口元に戻そうとした時……


「馬鹿めが!愚かな人間め!今からお前の体内に侵入してやる!」


彼の目の前に――


そいつは現れたのだ。


「な、なんだッ……⁉」


カカルは思わず上擦った声を上げてしまう。


目の前のそいつは、何やら恐ろしい姿をしており……


そしてその声はまさしく、彼が先ほど聞いた謎の声のその主だったのだ。


「お、お前は……コロナウィルス⁉」


その物体の正体が分かったカカルは、突如目の前に現れたその恐るべきウィルスに只々たじろぐ事しか出来ない。


「ハッハッハッ……バカな人間だな。俺の姿にも気づかずに油断しおって」


「な、なぜだ!俺はちゃんとマスクをしていたし、コロナが付着していそうな所には触ってなかったはず……

お前はいったいどこに隠れていたんだ⁉」


カカルの動揺した姿を見て、気を良くしたのか、コロナウィルスは腰に手を当て、「クックックッ……」と不気味な笑みを浮かべた後――


カカルにある事を問いかけた。


「灯台下暗し――という言葉を知っているか?」


「知らん!」


即答したカカルに対し、コロナウィルスは尚も不気味な笑みを浮かべながらカカルに問いかける。


「いや、こういう場合は、敵は本能寺にあり――と言うべきかな?」


「どういう意味だ⁉」


そう、問い返すカカル。


するとコロナウィルスは、その問いの答えだと言わんばかりに彼のアゴ部分を指さした。


「……?」


彼のその仕草の意味が分からず、疑問符を浮かべるカカル。


すると、彼の勘の鈍さを見てか、コロナウィルスは嘲るように彼を笑った後――


短く、こう告げた。


「君の顎下に隠れていたのだよ。」


「なん……だと……?」


コロナウィルスの言葉に、カカルは目を見開く。


「さっき、君はマスクをアゴへとずらしただろ?」


コロナウィルスは、そんなカカルに対して尚も言葉を続けた。


「俺はその時にすかさずマスクの裏側へと移動をしたのさ。

そしてお前が何も知らずにノコノコとマスクを口元へ戻した後に――

――お前の体内へと侵入する計画だったのだ。」


絶句するカカルの姿を見て、コロナウィルスは高らかに笑い声を上げる。


「て、てめえ……」


カカルは目の前で勝ち誇るコロナウィルスに対し、怒りを隠せないでいた。


しかし当のコロナウィルスは彼のそんな様子を見ても、怯むどころか、逆に挑発するような態度を見せつける。


「どうした?

お前が『どういう意味だ?』なんて聞くもんだから、わざわざ種明かしをしてやったのだよ。

もっとも――かえってお前を絶望させちまったみたいだがな!」


言い終わると、コロナウィルスは心底おかしそうに、再び笑い出したのだ。


しかし――


「てめえ……コロナウィルス!」


カカルは尚もその顔に怒りを灯す。


「なんだ?まだ何か言いたいことでもあるのか?

せめてお前がコロナにかかっちまう前に聞いといてやる。」


カカルは、そんな余裕の表情を浮かべるコロナウィルスに――


「俺が……俺が聞きてえのは――」


すさまじい剣幕で、怒鳴りつけた。


「――『敵は本能寺にあり』ってどういう意味かって聞いてんだよォ!」


鬼気迫る、彼のその言葉を前にして、コロナウィルスはしばしの間呆気に取られる……


「……なんだ。要するにお前が上げるべきなのは免疫力の前に語彙力ってわけか。」


そして短く一度、ため息を吐くと――


途端にコロナウィルスのその表情は冷酷な色を帯び始めたのだ。


「いいだろう。お前の体内への土産として教えといてやる。

その言葉の意味はな――」


コロナウィルスは腰をズンと深く落とす。


それは、獲物に襲い掛かる肉食獣の様に――


「俺達が大河ドラマを収録中止に追い込んでやったって意味だよォ‼」


コロナウィルスはそう叫ぶと――


ついにカカルに襲い掛かった。


「ひっ――」


ただの一般人に過ぎないカカルは、迫りくるコロナウィルスに成す術も無く……


「だ、誰かぁ!た、助けてくれぇ‼」


惨めに声を上げる事しか出来ない。


しかし、その叫び声は空しくその場に響くばかりで――


「ハッハッハッ!無駄だよ!誰も俺達のパンデミックを止めることは出来ねえ!」


カカルが何もかもを諦めかけた――



その時。



「待てぇいッ‼」



「――ッ⁉」


どこからともなく放たれた声。


その声に、コロナウィルスは思わず動きを止める。


「な、何者だ⁉」


コロナウィルスはその、正体不明の声の主を探るため一心不乱に視線を巡らせる。


彼が必死に声の正体を探っていると……


「――ッ⁉」


ある方向から気配を感じ――


「そこかぁッ!」


叫ぶと同時、その方向へと顔を振り向けた。


刹那


彼の目の前に現れたのは――



一握りの拳。



その拳は彼の驚愕に満ちた顔を覆い隠し……



「ッ――‼」


気づけばその拳は――


  ぐにゃり


と、コロナウィルスの顔面にめり込んでいたのだった。


遅れて――


その拳を中心に、一陣の波紋が広がった。



衝撃波



の後から轟く衝撃音


――と、同時に


コロナウィルスは、さながら鉄砲玉のようにその場から、


消えた。


その先にあったゴミ置き場。


そこでは大量のゴミ袋達が、盛大に宙を舞っている――


それはまるで何かが爆発でもしたかのように。


しかし


宙を舞うそのゴミ袋達が、ドサドサボトボトと元通りに落ちて行ったその先には――


目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされたコロナウィルスが、そのゴミ置き場に、埋まるようにして突っ込んでいたのだった。



この目の前の光景を前に、カカルは只々腰を抜かし、その場で尻餅を付くしかなく……


ふと彼の見上げた先には、果てしなく続く青い空が広がっていた。


それまでこの町を覆い尽くしていた暗雲は、謎の人物の――先ほどの一撃による衝撃波で綺麗さっぱり吹き飛ばされたようだ。


そんな――


清々しいほどに透き通った青空


そんな風景をバックに、人影が一つ、ポツンとそこに佇んでいた。


今しがたコロナウィルスを吹き飛ばしたその人物は、太陽の光に照らされて――


次第にその姿が明らかになっていく……


口元に掛けたマスク。


大きなゴーグルは光に反射して男の素顔が読み取れず。


そして、全身を覆い尽くす様に着こなした雨ガッパは――


この晴天の空のもと、その人物を異様なオーラで覆い尽くしていた。


そんな、不審者にしか見えないその人物は、先ほどコロナウィルスを殴り飛ばしたその拳を胸の前に掲げて――


たった一言言い放つ。


「コロナ消毒奥義……亜瑠甲瑠(あるこうる)パンチ。」


静かで――


落ち着いた雰囲気のその声には、なぜだか得も言えぬような絶対的な『強さ』が感じられた。


カカルは震える膝に鞭を打ち、何とか立ち上がろうとする。


「あ、あんたは……いったい……」


なんとか声を振り絞り、彼がその男に声を掛けようとしたその時――


その向こうに見えるゴミ置き場が、わずかに動いた。


「危ねえッ!」


彼が反射的に叫ぶ。


「――ッ?」


男はとっさに振り返った。


その先には――


「ハッハッ!油断したな⁉俺がこれくらいで死ぬと思ったのか!」


先ほどのコロナウィルスが男目掛けて迫り来ていたのだ。


「ふんッ……」


しかし男は動じる様子も無い。


コロナウィルスが男の目と鼻の先まで迫った時――


彼が素早く体を捻った。


「なに⁉」


コロナウィルスの身体が空を切り――


その脇を華麗にすり抜ける男。


その様はまるで闘牛士の様に……


そしてコロナウィルスの背後に回り込んだ男は、何やら霧吹きの様なもので自らの拳に再度液体を噴射する。そして――


「コロナ消毒第二の奥義……」


まるで呪文の様にそう唱えると、

アルコール消毒液をまぶした拳を――


「亜瑠甲瑠(あるこうる)殴り!」


敵の背中に叩き込んだ。


「うぐぁッ‼」


下卑た悲鳴をまき散らしながら――


ドウッ――とうつ伏せに倒れ込むコロナウィルス。


奴は何とか起き上がろうとするものの……


さすがにダメージが大きすぎたのか、動けず、ジタバタともがくばかりだった。


しかし……


「き、貴様!何者だ⁉」


まだ奴は死んではいない。


奴のそんな姿に、男は黙って自らの懐をゴソゴソとまさぐりだす。


やがて取り出したのは、何やら得体の知れない一つのペットボトル。


「な、なんだそれは……⁉」


コロナウィルスはその液体の入ったペットボトルを見て、何か嫌な汗が流れだすのを感じた。


「これは自作の次亜塩素酸ナトリウム消毒液だ。」


「な、なに⁉」


「家庭用の塩素系漂白剤を少々と1リットルの水を加えて簡単に作る事が出来る代物だ。

皮膚に付着したりしないように注意を払わなければならないが、アルコール消毒液が不足している今、代替品として効果がある。

詳しい作成方法や取扱方法などについては……


……ググれッ!」


「ひっ⁉」


コロナウィルスは明らかに怯えた様子を見せる。


その様は、この液体がコロナウィルスに対して効果があるという事を十分すぎるほどに証明していた。


そして、そんなコロナウィルスのもとへ、男は一歩踏み出した。


「や、やめろ!その液体を俺にかけるんじゃない!」


ゆっくりと歩み寄っていく男。


「待て!話せば分かる!

もう悪さなんてしねえからよ!」


しかし、彼の必死の命乞いもその男の歩みを止めることは出来なかった。


ゴーグルの向こうで光るその殺意。


じわじわと迫りくるその姿は、さながら彼らにとっての――



死神



そのものだった。


とうとうコロナウィルスのもとまで辿りつくと、男は静かに呟いた。


「俺……聞いていたんだよ。」


その一言を受け、コロナウィルスは恐怖によってその目を見開かせる。


「い、いったい……何の事だよ?」


誤魔化すような卑しい笑みを浮かべるコロナウィルス。


「……何の事かって?」


しかし奴のそのような態度は、余計に男の神経を逆撫でさせたのだった。


「さっきお前が得意げに『大河ドラマを収録中止に追いこんだったwww』

って言ってたのをなぁ!」


「うわ……うわーッ!」


爆発させた男の怒りに、まるでそれを掻き消すように彼は絶叫した。


「明智光秀の無念――

――ここで晴らしてやる!」


男はペットボトルのキャップを開ける。


「や、やめろーーッ‼」


いまだ地に伏しながら、泣き叫ぶコロナウィルス。


「コロナ消毒奥義、明智光秀の悲しみ――本当は12日間天下取ったのに三日天下とか言われている件について!」


そして男はコロナウィルスの身体に、次亜塩素酸ナトリウム消毒液をぶちまけたのだった。


「それは関係ねえだろ~‼」


次亜塩素酸ナトリウム消毒液はコロナウィルスを濡らすと、まるで何かを焼くような音を立てながら奴の身体を溶かしていく。


「ああッ!俺の!俺の身体を守るエンベロープがぁッ‼」


耳障りな悲鳴を上げながらジタバタともがくコロナウィルスは――


「貴様のような外道には……アルコール消毒液すら勿体ない。」


徐々に動きを緩慢とさせ……


「ハ……あぁ……み、光秀は……ハ、ゲ。」


その言葉を残し、やがて動かなくなったのだった。


「お、終わった……のか?」


カカルはその光景を最後まで見届けていた。


コロナウィルスの死骸のそばには――


何も言わずにただ立ち尽くす男。


「あ、ありがとうございます!」


カカルがその男に駆け寄り、礼を言う。


男はそんなカカルの感謝の言葉に気づいたのか――


カカルの方をゆっくりと振り返り……


「ひっ⁉」


しかし、ゴーグルから覗かせる男の目は、怒りの炎をたぎらせていた。


「貴様……マスクを顎にかけていたな?」


「え、いや……これは、ただ飲み物が飲みたかっただけで。」


言い訳するカカルに対し、男は大声を張り上げる。


「何かを飲むときはちゃんとマスクを外せッ!

ヒモ部分以外には触らずにだッ!」


男のあまりの剣幕に、カカルは思わず息を呑んでしまった。


「それだけじゃない。そのマスク、何日も使っているだろ。」


「し、仕方ないじゃないですか⁉

今はマスクも不足してる状況ですし……」


彼はそう言い返すも、男は問答無用とばかりの鬼の形相で彼に向き直った。


男から立ち込めるオーラは、先ほどコロナウィルスを屠った時のものと同じだった。


「や、やめてくれよ……

あんた、何をする気だ。」


たまらず怯えた表情を浮かべるカカル。


しかしそんな彼に対し、男は容赦が無く……


「コロナ対策究極奥義……」


男は勢いよくその両手を広げる。


「ひっ、ひいぃ~ッ‼」


彼の脳裏をよぎる、先ほどのコロナウィルスの末路。


そして――


「必殺!新しいマスクに取り換えるそれだけ拳!」


彼の顔面に、男の両手がブンブンっと交互に振り回された。


・・・・。


痛みは感じなかった。


「うわ~~ッ……ってあれ?」


不思議に思い、カカルは閉じていた目を恐る恐る開く。


するとそこには――


「新しい清潔なマスクだ。

口に当たる所には触るんじゃないぞ。」


なんと――


目にも止まらぬ速さで、彼のマスクは新しいものに取り換えられていたのだ。


その信じられない光景に、彼は思わず目の前のその男に再度目を向けた。


大きなゴーグルから覗く鋭い眼光。


マスク越しにも分かるその精悍な面構え。


晴れにも関わらず着用しているその雨ガッパは、


何が何でもあの恐るべきウィルスに抵抗しようとするその意思の表れにも感じられた。


「あ、あの……」


カカルは思わず、男に尋ねる。


「名前を聞かせてもらってもいいですか?」


男は、しばしの沈黙の後。


「俺の名は……」


その渋く、静かな声で答えたのだった。


「コロナ滅茶苦茶コロスマン、だ。」


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