祈りが世界に満ちる時

スキヤキ

第1話 異変-朝の静かすぎる空白-

朝目が覚めたら、なんだかやけに静かだった。ベッドから起きてみるが、まだ眠い。もう一眠りしようとしたが、なんだか妙な胸騒ぎがして、起きることにした。歯を磨くのが億劫で、水の入ったコップを口に近づけると、水が歯に染み、眉を潜める。なんの変哲もない日常ーーでも、なんだか変だな。

気になったので、街に出ると決め、余って乾燥した食パンだけを齧り、古い牛乳で流し込む。水分を奪うパンと、乳脂の濃い牛乳を代わる代わる食べていると、なんだか砂漠にいるのか、腐った水の中にいるのかーーといった妄想に駆られる。とにかく、まずい。でも、なんでこんなにまずいんだろう。

日付を確かめてみるが、まだ新しい筈。そうだった。しかし、まずい。どういうことだろう。胃の中を気持ちの悪い粘性の半液体が揺り動くのを、着替える時に感じながら、外に出る。そうだ、時計を忘れたっけ、と間が悪く思い、振り返った時、目に映ったものがあった。瓦礫ーー至る所にある、破壊された物質の残滓。この辺りは住宅街なのに、全くの更地になっていて、空の不思議なくらい青い空が、残酷に見下ろしてくるようで、何故か怒りと笑いが込み上げてきた。まるで、おふざけからたちの悪い悪戯をされたようで、しかし、声すら上げられない自分がいることに気がついて、愕然とする。これが、絶望。急激な怒りと場違いな笑いの先にあったそれに対面して、へなへなと崩れ落ちてしまった。

下半身が崩れて、上半身も崩れてしまって、マンションの二階の床に寝転がり、何かを思いたかった。しかし、それは出来ずに、目蓋の裏にぐるぐると回る太陽の日差しを見ながら、気を失った。ーー気がついたら、病院のベッドに寝ていた。ナースコールを押して、随分時間が掛かってからきたおばさんの看護師に聞かされた所、玄関の前で倒れているのを見かけた隣人が、救急車を呼んでくれたらしい。重度の食当たりらしく、胃の中のものを全て取り除いてもまだ腫れているらしかった。窓の外を眺めるが、なんの変哲もない、殺風景な街並みがあるだけだった。入院は一か月程に及び、職場には迷惑をかけてしまい、何だか出勤し辛くなってしまった。が、人は終わったことはすぐに忘れる。また代わり映えのなく、面白く思うことも薄い日常が続くようだ。しかし、忘れるなとあの光景が目に焼き付いてフラッシュバックすることで、嫌が応にも考えさせられる。絶対に忘れるな。……終わっては、いないのかも。

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